自殺ダメ


 [霊界通信 新樹の通信](浅野和三郎著)より

 (自殺ダメ管理人よりの注意 この文章はまるきり古い文体及び現代では使用しないような漢字が使われている箇所が多数あり、また振り仮名もないので、私としても、こうして文章入力に悪戦苦闘しておる次第です。それ故、あまりにも難しい部分は現代風に変えております。[例 涙がホロホロ零る→涙がホロホロ落ちる]しかし、文章全体の雰囲気はなるべく壊さないようにしています。その点、ご了承ください。また、言葉の意味の変換ミスがあるかもしれませんが、その点もどうかご了承ください)

 新樹は若くして大連に客死しましたが、その事は前の通信にも掲げられてあります。常時彼の父は、告別式を執り行うべく大連に赴いたその留守中、私は中西霊媒を通じて、彼に死の通告をしたのでした。この事も『新樹の通信』に書いてあります。
 以来新樹を招霊して、彼と通信を試みることは、勿論彼の父の担任するところで、私が直接関係すべきものでもありませんから、十年近くも彼と会話を交える機会なしに過ごしました。然るに昨年彼の父も又世を辞しましたので、故に再び彼との通信を試みるべき巡り合わせとなりました。十年前に彼は、自身の死を私より通告され、十年後の彼は、父の死を私に語る立場となったのです。私は彼等父子の死に、何か因縁あるような気がせぬでもない。
 それは兎に角、この通信は、昭和十三人三月二十四日、彼の母を通じてなされたものです。
 (浅野正恭)

 新樹は生前そっくりの、朗らかな調子で出て参りました。
 「新樹です!伯父さん暫くお目にかかりませんでした。皆さんお丈夫ですか。伯父さんも大分お年を取られたでしょう・・・・。あれからもう十年近くになるということですから・・・」
 「私もどうかこうか丈夫ではいるが、お前の親父が私より早く亡くなってしまったので、私も実は弱った。一身一家の事情ならどうともするし、又成る様に成っても行くだろうが、そうではないのだから・・・」
 「父が亡くなる前に、母の守護霊から通信を受けましたので、僕は父が病気であることを承知して、びっくりしました。びっくりはしましたが、猶予している場合ではないので、神様にお願いもし、又母の守護霊とも一種に、こちらで出来るだけの手段を尽くしました。が、定まる命数とでも申すのでしょうか、どうすることも出来ませんでした。
 で、僕としては、泣く泣くこちらへ来られる際の安らかならんことを、神様にお願いするより他に術がありませんでした。神様もそれは御承知下され、心配せずとも宜しいと申されましたので、その方は安心することが出来ました。
 僕は今父の死に直面せざるを得なくなりまして、新たに死という問題を考えさせられました。自分の事などは兎に角、父はこれ迄心霊研究に尽くして来て、その功績も又特筆に値するものあると信じます。僕は母の守護霊から、父のこれ迄の事業について聞かされ、それが未だ完成の域に達しておらぬ事も、承知しております。即ち事業半ばにして、父はこちらの世界へ来られるのでありますから、ただ残念に思っていることだろうと察して、僕は深く悲しんだのであります。
 父はこの心霊事業の為に、艱難辛苦を重ねましたが、それでもまだ完成に至らなかったということは、この事業がいかに困難であるかを語るものでしょう。困難であるというのは、世の中から認められないということですが、それでも父は、ここまで持って参ったので、堅い堅い、不動の決心がなければ、到底出来る事ではないでしょう。僕それを思うと感慨無量、涙自ら下るのであります」
 こう言い終わると、彼の憑依した母の首は自然にうなだれ、両眼からは涙がホロホロ落ちるのでした。私は感傷的になっては困ると思い、
 「ここで私の考えていることを言うことにするが、お前の父は、二十年の長い間、心霊事業に全身全霊を打ち込み、悪戦苦闘を続けて通して来た。しかし人間の生身には、およそ限りというものがあって、どこまでもそれを続けて行くことは出来ない。そしてこの事業が、右から左へと簡単に行ける性質のものでないことは、二十年苦闘の末に、漸く基礎が出来たという程であるに見ても分かる。基礎が出来たからには、後は順調にトントン進んで行くかといえば、そう平易な道を辿り得るものとは考えられない。そう考えることが出来れば甚だ結構なのだが・・・。
 そんな訳で、生きている限り、今後ともやはり悪戦苦闘を続けて行かねばならぬと見るのがひいき眼を離れての見方であると思う。そしてお前の父は、死の直前まで働き続けて来たので、人生の役目は十分果たしている。事業の完成に至らなかったことは、いかにも残念だが、それでも基礎工事だけは出来た。それからは後の人がやるべきで、いつまでも生き残って、悪戦苦闘を続けるようにと望む事は、私には何だか残酷なような気がせぬでもない。
 それは兎に角、親父はそちらの世界の人となったからには、今後はそちらの世界の研究を進めることになるだろう。そちらの世界には衣食住の心配がなく、いかに勉強しようとも、魂を磨く手段となりこそすれ、悪戦苦闘などということが無くなるから、永遠の生命という方面から見れば、或いは現世を離脱することが、一つの幸せであるのかも知れぬ。人は遅かれ早かれ、どうせ現世を見捨てねばならぬのだから・・・。
 こんな一片の空理、-仏教の悟りめいたことを言うてみたところで致し方がない。心霊研究事業は、人生現質の問題として、重要喫緊な一大事である。それが未だ完成を見るに至らずして逝ったということは、いかにも惜しい。が、いつかはこの問題が、世を風靡するに至るであろう。日本だって、いつ迄もこれに無関心ではあり得ないことも明らかだ。そしてこの基礎を築いた浅野和三郎の名は、永久に残ることになるだろう。逝った者も、後に残る者も、それをせめてもの慰めとすべきであろう。
 それはそうと、まだ父に会うことは許されまいと思うが・・・・」
 「ここ当分は、親子肉親の関係から、会わしてくれません。しかしそれも当分の内だと思います。その時は、僕自身の経験に基づいて、なにかと先導の役を務めるつもりでおります」
 「たとえ面と向かって会わないにしても、よそながら父の様子は見ているのだろう、母の守護霊などと一緒に・・・。それはそうとして、父の臨終の模様を見たことと思うが、今日はその様子を話してもらいたいのだが・・・」
 「僕は近頃幸いに、霊視が利くようになりまして、父の臨終の模様を、神様にお願いして見せてもらいました。僕は自分の臨終を見ることが出来なかったから、一度は他の臨終を見たいと、日常思っていましたが、それが図らずも父の臨終を見ることになりましたのです・・・。
 先に申しました通り、僕は神様に、父がもう一度本復するようにとお願いしました。が、それは駄目でした。僕も仕方なく諦めて、この上はただ臨終の安らかなるよう祈りました。そして父の容態がどうなっているかを、神様にお願いして見せてもらいました。見たところ、さして苦痛もなさそうで、こんな事で、こちらの世界へ来るのかしらと、実は不審に思った位です。ひょっとしたら、或いは神様のお見込み違いではないか-それなら甚だ結構なのだが・・・。それとも神様が僕を試していられるのではないかなど、それからそれと疑念が起こって参ります。で、もう一度神様にお伺いしたのですが、神様はそうではない、こちらで守護しているから、そう見えるだけだ。これは最大の幸福であると仰られるのでした。
 親子の情と申しましょうか、そう神様から申されましても、僕には父が死ぬとは、どうしても思われませんでした。で、何遍も何遍もお伺いしましたが、同じ答えしか得られなかったのです。致し方なく、僕も暫く静観する外ありませんでした。そうする内に、脈が段々細く弱くなり行くよう感じて参りました。
 僕は生前父から聞かされていましたので、早速父の守護霊と談じました。「父はこれ程も心霊を研究し、日本における心霊の開拓者であるから、何かひとつ現世に偉大な置き土産を残すことにしてはどうでしょうか」
と申しますと、父の守護霊は、
 「承知致した。それには幽体が肉体から離脱して行く状況を、本人に見せるのが、一番宜しいと思う」
との事でありました。そしてその方面に取りかかられたのでした。ですから、父も幽体の離脱する状況を、立派に見ている筈です」
 「この前既に招霊して、幽体離脱の状況を聴取し、雑誌に掲載することにしてある」
 「そうですか?もう通信があったのですか。中々抜け目がありませんね・・・・僕なんか青二才は全く駄目です。ではこれから僕の見た幽体離脱の状況をお話致しましょう。
 僕としては、残念ながら、自分の幽体の離れる状況を見ることが出来ませんでした。これは結局心霊知識に乏しかった為で、父の幽体離脱だけは見たいと思い、前にも申す通り、神様にお願い致しました。幽体離脱という事については、生前父から聞かされた事はありましたが、詳しい事など勿論存じません。それで父の場合には、亡くなる時間が一寸あったようでしたね。父はそれまで下に寝ていましたが、起き上がりました。起き上がってから、幽体が離脱し始めたのです」
 「その時かどうかは知らぬが、しきりに起き上がろうとするので、私は勝良(新樹の兄)に抱き起こさせた」
 「父が起き上がると、幽体は足の方から上の方へと離れ始めました。幽体と肉体とは、無数の紐で繋がっていますが、へその紐が一番太く、足にも紐があります。脱け出たところを見ると、父は白っぽいような着物を着ておりました。
 僕は足の方から幽体が脱げかけ、頭の方へと申しましたが、それは殆ど同時と言ってもよい位です。そして無数の紐で繋がれながら、肉体から離れた幽体は、暫く自分の肉体の上に、同じような姿で浮いているのです。そして間もなくそれ等の紐がプツプツと裁断されていきました。これが人生の死、所謂玉の緒が切れるのです」
 「どの紐から切れ始めたか」
 「へそのが一番先で、次が足、頭部の紐が最後でした。紐の色は白ですが、少し灰色がかっております。そして抜け出た幽体は、薄い紫がかった色です。
 何!紐が切れる時に音でもしたかと言うのですか。それは音なんか致しません。その切れる状況は実に鮮やかで、何か鋭利な刃物ででも切られたのではないかと思われる程でした。
 僕は目の当たり父の幽体の離れ行く様を見て、実に何とも言えぬ感慨に満たされました。この離れた幽体は、暫くこのままでおりましたが、やがて一つの白い塊となって、いずこへか行ってしまいました。それから後の事は、僕には何も分かりませんでした。
 僕は父などと違い、大変な執着を持っていました。第一に肉親に対する執着-この執着からまず離れねばならぬと、神様から申されましたが、それは忘れようとして、容易に忘れられるものではありません。この為に、どれだけ神様から叱られたか分かりません。そのお蔭で、今日これ迄仕上げられたのです。父もあれだけの事業を残されたので、執着も必ずあることだろうと思います。
 父はかねがね両親の事を心配しておられたから、神様からお許しが出たなら、まず第一に面会されるだろうと思います。その時は僕もお供をしますし、又通信もするでしょうが、何を申すにも、今はまだ帰幽後間もない事で、僕はよそながら幽体の離れて行く状況を見て、それを伯父さんにお話する程度に過ぎません。伯父さんの方に、何か問題がお有りでしたら、僕神様に伺ってお答えしましょう」
 この幽体離脱の状況は、本人の見るところとも、又他の霊視能力者の見るところとも大体一致しております。で、人間の死んで行く状態は、多少異なるところがあるとしても、大体こういったものと思えば大差なしでしょう。