自殺ダメ



 『これが心霊(スピリチュアリズム)の世界だ』M・バーバネル著 近藤千雄訳より


 様々な心霊現象の話を読まれて、「それはいいとして、一体霊媒は自分に霊能があることをどうやって発見するのか。何か共通したパターンがあるのか」という疑問をもたれる方も多かろうと思う。事実それがあるのである。それを三人を例にしてみたい。

 エステル・ロバーツ

 まずエステルであるが、最初心霊体験をしたのは八歳の時であった。そしてそれは八歳の少女にとってはあまり楽しい体験とはならなかったようだ。というのは、父親から〝嘘を言った〟と、ひどく叱られたからである。
 ある日の朝、三階の部屋でお姉さんと一緒に学校へ行く支度をしていた時、窓を三度叩く音がしたので二人はびっくりした。と同時に部屋が急に暗くなった。まるで大きな雲に被われたようだった。
 エステルがどうしたのだろうと驚きながら見上げた。その時彼女が見た光景に姉が仰天するといけないと思い「上を見ては駄目よ、姉さん!」と叫んだ。が、見るなと言われると見たくなるものだ。姉もとっさに見上げた。そして、あまりの異様さにキャッと叫んだまま気を失ってしまった。
 二人が見たものは光り輝く鎧を纏った騎士の姿だった。エステルはそれをじっと見据えた。窓の外の宙に浮いているように見える。伸ばし切った腕の先にはギラギラと輝く剣が握られている。その鋭い眼光がうら若き少女の両眼とかち合った。その時、騎士が何やら頷いた。次の瞬間、その姿はもうなかった。半世紀以上経った今でもエステルはその騎士の顔つきを鮮明に覚えている。
 さて姉の異様な叫び声を聞いて駆け上がってきた父親にエステルは今見たものを正直に語った。すると父親はそのあまりの突っ飛な話に「嘘をつくんじゃない。お前の見たものはただのコウモリだ!」と叩きつけるような言い方で否定した。しかしエステルはその後ずっと、この異常体験を自分の人生の使命の始まりであったと見ている。その時見た騎士が再び姿を見せたのはエステルが中年になってからのことであった。
 学校ではエステルは一見ごく普通の女の子だった。が、一つだけ違ったところがあった。それは何かというと〝声〟が聞こえるとか〝姿〟が見えると言うのである。それで友達はみんなエステルのことを〝夢見屋さん〟と呼んだ。そうした声にエステルがどの程度心を奪われていたかは知る由もない。両親に話して聞かせても、信心深い善人ではあったが、少し空想の度が過ぎると言って相手にしてくれなかった。
 エステルが最初にした仕事は子守で、十五歳の時だった。その時考えたことは、子守の仕事に忙しくしていたら変な現象も起きなくなるのではないかということだったが、乳母車を押して歩いていると、相変わらず何人かの姿が後から付いて来るし、その話し声も聞こえる。その話の内容は自分の知らないことや想像もつかないことばかりだった。
 それでもエステルは自分が霊能者であることが理解出来ずに、相変わらずそうした現象を押さえつけようとしていたが、その内自分は他の女の子とは違うのだという自覚を迫られているような気がし始めた。訳が分からないエステルは気狂いになるのではないかと心配になってきた。
 二年後の十七歳の時に結婚し、とても愛情深い人だったので何もかも打ち明けた。ご主人はエステルの気持はよく理解してくれたが、スピリチュアリズムについては何の知識もなかったので、自分の妻は〝変人〟かも知れないと考えたりした。
 そうしたある夜のこと、ベッドで横になっていると、一人の姿が部屋を横切るのを霊視した。それが夫のおばであることを確認したエステルは「あなたのおばさんが亡くなられたようよ」と夫に言った。当然のことながらご主人は「なぜそんなことが分かるのか」と聞いたが、説明しようもないので「でも、それが分かるのよ」と言った。翌朝早く、昨夜おばが死んだことを告げる電報が届いた。
 それからエステルにとって苦難の時代が訪れた。元々頑健でなかった夫が大病を患ったのである。夫を看病する傍ら三人の子供を育てなければならない。〝声〟が頑張れと励ましてくれるのだが、何だか彼女自身にはその〝声〟の主達が不幸を運んでくれてるような気がしてならなかった。そして或る日、霊の一団が夫のベッドの周りに集まっているのを見て、エステルは夫に別れを告げる時が来たと悟った。三人の子供を家の外に出し、夫と二人きりになって最後の瞬間まで看病してあげた。夫が決して治らないことは霊的に知らされていたのである。ベッドに寄り添い最後の時を待っていた。
 いよいよこの世との別れの時が近づいた時、二人の霊が一緒に寝ずの番をしているのが見えた。夫の両親だった。夫が最後の息を引取った時、一本の細い透明に近い紐が頭部から離れて行くのが見えた。同時に、それによく似た絹のような物質が他の箇所から出て来て、やがていつもの夫の姿になった。ベッドに横たわっている身体と生き写しでありながら、しかも全く別の存在であった。それがゆっくりと視界から消えていった。それと一緒に、夫の死を手伝いに来ていた霊界の医師(複数)もその場を離れた。我が子を迎えに来ていた両親も又消えた。
 葬儀には参列者は殆どいなかった。悲しみに暮れる若き未亡人に優しく言葉をかける人は一人もいなかった。エステルは一人寂しく墓場に立っていた。三人の子供と、これから待ち受ける心細い将来を思うと、自然に涙が溢れて頬をつたった。
 その時、思いも寄せないところから励ましの声がかかった。牧師が埋葬の祈りを述べている時、ふと墓を見ると夫の柩の上に夫の姿が見えた。容貌まで見える程はっきりとした姿だった。夫はニッコリと笑みを浮かべて彼女を見つめた。その時「絶望しては駄目だよ」という励ましが彼女の身体に流れ込むような感じがした。
 「灰を灰に、塵を塵に返せよ」-そう牧師が読み上げた。が、その時はもう彼女はその言葉に悲しみを覚えなかった。「その瞬間私は夫が本当に私から去ってしまったのではないことを悟ったのです」これで心の支えは得られた。しかし、今度は物質的な問題に直面しなければならない。その一つはいかにして子供の養育費を賄うかということであった。
 それからイヤな職探しが始まった。そしてやっと見つけたのは遠くのカフェのウェイトレスであった。これが大変な仕事だった。朝七時に家を出て夜十一時より早く帰れることはなかった。やっと帰って来ると翌朝の食事の準備をしなくてはならない。クタクタに疲れる毎日だったが、それでも心霊能力だけは一向に衰えなかった。彼女は言う-
 「毎日疲れた足を引き摺りながらカフェの床を歩いていると〝声〟が聞こえるし〝姿〟が見えるのです。お相手をしている客の頭上に〝天使〟の姿が見えるのです。そんなお客さんには、今思うと、その方達が食べておられたソーセージやチップスよりも遙かにいいものを出してあげることも出来たわけです。霊的なことをちゃんと理解していたら、その話を出すことも出来たことでしょう」
 が、もしもそんなことをしたら気狂い扱いされて、恐らくクビにされると考えて口にしなかった。それでよかったのである。
 が、遂に運命の転換期が訪れた。近所の人が彼女をスピリチュアリスト教会の行事に誘ったのである。すると主催者の霊視家がエステルを呼び出して「あなたは生まれながらの霊媒です。世の中の為に大きな仕事をなさる方です」と告げた。
 子供の頃から見続け聞き続けてきた姿と声についてまともな説明を聞いたのはこれが始めてだった。が、まだスピリチュアリズムの仕事に身を投じる気にはなれない。何かそれを保証してくれるしるしが欲しかった。そこでそのことをその霊視家に打ち明けた。
 経験豊かなその霊視家は一つの方法を勧めた。それは毎晩テーブルに向かってただ座ることだった。そうすればきっとしるしがある筈だと言われた。彼女は同意した。言われた通りに座り、それを六日間続けた。が、何のしるしもない。疑念が頭をもたげ、いい加減イライラしながら七日目の晩も座った。そして予定時間を終えると、遂に腹を立てて立ち上がり、こう独り言を言った。
 「もう止めた!スピリチュアリズムはこれでお終いだ!」
 彼女は子供の部屋へ行こうと、ドアの方へ歩を進めた。すると何ものかが首の後ろを押さえるのである。ドアに近付く間ずっと押さえ続けている。何だろうと思って振り返ると、なんと、さっきまで向かっていたテーブルが宙に浮いて、その一本の脚が彼女の首を押さえていたことが分かった。テーブルは相変わらず何の支えもないのに天井と床の中間に浮いたままである。驚いて見ていると、テーブルがすーっと後戻りして、ゆっくりと元の位置に降りた。
 テーブルに手を置いているとラップで通信が送られてくる話を聞いていた彼女は、一つ試してみようと思った。早速テーブルに向かって座り、手を置くと案の定、ラップが起きた。予め聞いていた符号-一つの時はa、二つはb、三つはc、等々-で綴ってみると次のようなメッセージになった。
 「私ことレッドクラウドは人類の為にやって来た」
 これが彼女にとって支配霊との最初の意識的連絡であった。それは又、それから四十年に亘って何千何万もの人々に慰めを与えた偉大なる仕事の始まりでもあった。