自殺ダメ




 世界には様々な宗教が存在しますが、説かれる霊的真理は同じであるべき筈なのに、それぞれに違っています。なぜでしょうか?組織体制を運営する者達が摂理を捻じ曲げても営業活動に精を出してきたからです。その違いが国と国とを離反させ、国民までもが敵視し合うようになっていったのです。
 キリスト教がその良い例です。コンスタンチヌス帝の時代に宗教が国政と一体化してしまった為に、聖職者達が為政者のわがままと悪巧みにまで加担して、教義を次々と書き変えていきました。かくして〝宗教〟なるものが国家と人民、更には家族間にも、仲たがいの種を蒔くことになったのです。一言で言えば、空前絶後の霊覚者イエスが説いた素朴な教えを人間が都合よく書き変えたということです。

 (訳者説明)
 世界史では西暦325年にローマがキリスト教を国教としたことになっている。D・ダドレー著『第一回ニケーア会議の真相』によると、表面の事実はその通りで、コンスタンチヌス帝の命令で、ローマの支配下の国々からキリスト教の司教二千人前後が出席して、第一回キリスト教総会が小アジアのニケーアで開かれた。五月末から九月までの足掛け五ヶ月にも及んだと言われる。表向きの議題は〝三位一体説〟の是非を論じることにあったが、実質的には、その説を否定するアレクサンドリア教会の司教アリウスを弾劾することにあったことは明白である。その証拠に、結果的にはアリウスを支持する一派がローマ兵によって連れ出され、国外追放になり、その後アリウスは暗殺されている。
 見落としてならないのは、そうした議論の進行中にそれまでの素朴なイエスの言行録が大幅に書き変えられ、更に勝手にこしらえた教義、例えば〝贖罪説〟などがキリスト教の絶対的な教義として確立されていったことである。それはその後も続けられ、西洋史に暗い影を落とす〝暗黒時代〟を生み出していく。英国の知性を代表するジョン・スチュアート・ミルは、名著『自由論』の中でこう嘆いている。
 「キリスト教を容認した最初のローマ皇帝がマルクス・アウレリウスでなくコンスタンチヌスだったことは、世界のあらゆる歴史の中で最大の悲劇の一つであろう。もしもそれがコンスタンチヌスの治世下でなくマルクス・アウレリウスの治世下であったなら、世界のキリスト教はどれほど違ったものになっていたであろうと思うと、胸の痛む思いがする」