自殺ダメ




 更にもう一つシルバーバーチは、私の専門であるバイブレーションの変換によって、自分より更に高い次元から送られてきたものを、地上で北米インディアンに所属していた霊を地上界(バーバネル)との直接のアンテナとして送り届けているのであって、その教えは自分が考えたものではないと率直に述べている点でも、極めて特異です。上には上があり、その又上にも上があり、宇宙は事実上無限の彼方まで繋がっていると言うのです。
 それは言い換えれば叡智にも際限がないということになります。理解度が到達した次元までの知識を授かるのであって、それは一人一人違うことになります。スピリチュアリズムの発達の跡を辿ってみても、心霊科学の発達も一進一退で、常に疑惑の目で見られてきました。それは、人類の科学的知性がまだ霊的なものを証明する段階まで発達していなかったことを意味します。
 同じことがシルバーバーチの教えの理解についても言えます。シルバーバーチが言わんとする核心まで理解が及ばず、結果的には、地上生活を送っている人間にとって都合の良いように解釈されていることがあります。
 新しいタイプの小説でも読むような感覚でシルバーバーチの説く宇宙観を読む人もいるようです。その核心に触れて目を覚まされ、感覚的に人生を見つめ直すところまでいく人は、残念ながら少ないようです。あちらこちらで盛んに行なわれている超能力のデモンストレーションの話題を面白おかしく読むだけで満足している人もいます。
 又、信仰さえあれば知識はどうでもよいのではないかと思っている人も多いようです。そういう人は次のシルバーバーチの言葉をよく噛み締めてください。
 「知識は常に必要です。また常に求め続けるべきものです。もうこれで十分だと思って求めることを止める人は、事実上、己の無能を宣言し、堕落し、錆び付いていくことを求めているようなものです。魂は向上するか堕落するかのどちらかであり、同じ位置に留まっていることは出来ません。人間は永遠に休むことのない旅人なのです」
 更に信仰について意見を求められてシルバーバーチはこう述べています。
 「人生には二つの大切な要素があります。一つは知識、もう一つは信仰です。知識の裏付けのない信仰は弱くて頼りになりませんが、知識に信仰を加えると素晴らしい組み合わせとなります」
 「このサークルの皆さんは、人生とその意義についての理解をもたらしてくれた知識をお持ちです。が、その知識も大海の一滴に過ぎないこともご存知です。そこに信仰という要素の必要性が生じます。しかし、あくまでも知識に裏打ちされた信仰であり、盲目の信仰ではありません。知性を侮辱するような信仰ではなく、知識を基盤とした信仰、信じるに足る知識に裏打ちされた信仰です」
 知識と信仰、この二つの関係は五感で認識する世界と心で認識する世界の関係に過ぎません。従って、限られた五感の世界を超越した知識を得ようとすれば、より高い次元で機能している意識に波長を合わせれば良いのです。その時に直観される知識を〝悟り〟というのであり、それが人類の道徳的・霊的本性の向上を促すことになるのです。それをシルバーバーチはこう説いています。
 「あえて申し上げますが、地上界にもたらされる恩恵は、発明も発見もことごとく霊界にその根源があります。あなた方の精神は地上界へ新たな恩恵が霊界から届けられる、その受信装置のようなものです」
 こう述べてから、その知識を受け取った者には必然的に義務が生じることを指摘して次のように述べます。
 「真理というものは、求める人には分け隔てなく与えられるようになっています。しかし、それを求める道は大いなる冒険の旅になることを覚悟しなければなりません。境界線の見えない、果てしない探求の旅に出掛けることになることを覚悟しなければなりません。時には障害が立ちはだかり危険に晒されることも覚悟しなければなりません。地図のない未知の領域を歩まざるを得ないことも覚悟しなければなりません。しかし、そうした時でも、あくまでも真理の指し示す道に従い、誤りと思うことは、いかに古くからの教えであっても潔く拒絶する勇気がなくてはなりません」
 「新しい真理というものはありません。真理は真理です。それを受け入れる用意が出来ているか否かによって、そのレベルが決まります。皆さんも子供の時は能力に似合ったものを教えられます。アルファベットから教わって、知能の成長に従って単語を覚え文章が読めるようになります」
 「その単語に含まれている意味も、一度に分かるわけではありません。少しずつ分かっていきます。どれだけ理解出来るかは、一にかかって当人の理解力によります。叡智には無限の奥行きがあります。精神的に、そして霊的に受け入れる用意が出来ただけのものを手にすることが出来るのです」
 「自ら思い立って真理探究を志し、行為と想念でもって意思表示をすれば、その人物がそれまでに到達したレベルに相応した知識と教えを授かるように法則が働いて、その波動と調和し始めます。そのレベルには限界というものはありません。ここで行き止まりという境界もありません。なぜなら人間自らが無限の霊性を宿しており、真理と無限に存在するからです」
 「学ぶ前に、それまでの知識を洗い直さないといけません。正しい思考を妨げてきた交雑物を全て捨て去らないといけません。それが出来て初めて霊的成長の準備が整ったことになり、より高い真理を授かる用意が出来たことになります。間違った知識、理性が反発するようなこと、宇宙の大霊の愛と叡智と相容れないものを捨て去ることがまず先決です」
 「伸び伸びとした思考が出来るようにならなければいけません。自らを束縛してはいけません。自分の世界に垣根をこしらえて、新しいインスピレーションを入れなくしてはいけません。真理探究の道はこつこつと絶え間なく続きます。魂が進化し、それに精神が反応して広がれば広がる程、境界線はますます広がっていきます」
 「知識、真理、叡智、成長に限界がないことに気付いた時、あなたは真の意味で自由になるのです。心の奥で間違いであることに気付いたもの、理性が反発するものを即座に捨て去ることが出来るようになった時、あなたは自由になるのです。新しい光に照らして間違いであることが分かったものを、恐れることなく捨て去った時に初めて自由になるのです」
 「第三者の指導によってそういう状態に導くというのも一つの方法であることは間違いありませんが、興味を見せているだけでまだ真理に目覚めていない人に、それがどういうものであるかを説明する時は注意が必要です。当人はそれだけで悟ったように錯覚し、貴重な人間的努力や体験を低次元の霊力で代用して、それで良しという安直な満足感を抱かせる結果になりかねません」

 (訳者説明)
 これは一口で言えば、霊的摂理を丸暗記しても悟ったことにはならないということを述べたものであるが、もっと大切なことも暗示している。シルバーバーチは「サイキック」と「スピリチュアル」とを区別している。前者は肉体と幽体のレベルの法則が絡み合って生じる現象のことで、これには自我の霊性は関与しない。これが後者となると自我が覚醒し高級なスピリット、特に守護霊の働きかけが加わる。前者にもスピリットの働きかけがあるが、まだ地上界の波動から抜け切っていない者、所謂「自縛霊」の集団であるから、浅はかな智恵で本来は人間が努力して行なうべきこと、時には失敗や病気や災難を通して悟るべきチャンスを、あたら奪ってしまうことになる。「あたら」というのは高級霊の立場に立ってそう述べたもので、彼等は親切のつもりでいても、それは譬えて言えば、学校の宿題を親がやってやるようなものであり、後で困るのは本人自身で、霊的進化が遅れることになる。誰でも参加してよいような、安直に催される交霊会に出現するスピリットに「人生相談」を持ちかけるのは危険である。