自殺ダメ



 あなたがまず第一に実行しなければならないことは、長い間あなたを混乱させてきた幼稚な教えを捨て去ることである。死について教え込まれてきた先入観を一切合切洗い落とすことである。天国も地獄も忘れよう。天国へ行くとハープを弾きながら性を知らない乙女に世話をしてもらうとか、反対に地獄へ行くと悪魔によって焼かれたり虐められたりするとか、そんな子供騙しの観念を拭い去ってしまおう。
 更に、〝最後の審判〟の教えも忘れてしまおう。要するに聖典教典の類を忘れてしまうのである。そして死というものを一度も考えたことのない自分に戻るのである。つまり赤ん坊の時代に戻るのである。更に今度はその前、つまり生まれる瞬間の自分に戻ってみよう。そして更にその前の、母親の胎内に宿った時に戻ってみよう。そして更に・・・
 こうして原初に立ち帰るのである。一体自分とは何だろう。この肉体だろうか。いや違う。肉体は確かに便利な道具ではある。歩く。喋る。歌う。車を運転する。が、肉体そのものがそうしているのではない。そうしたことをさせる何かが内部にある。その何かが〝精神〟である。ではこの精神が自分そのものだろうか。いや、やはり違う。精神は肉体を操る、いわばコントロール・ルームのようなもので、そこから筋肉や各種の腺に指令を発しているのである。
 脳もあなたの一部である。器官の中で最も複雑で最も重要な器官である。が、その脳を取り出して瓶の中で保存することも出来る。やはり脳も身体の一部に過ぎないことがこれで分かる。肉屋さんへ行けば動物の脳味噌を売っているし、それを買って食べる人もいる。
 実はこうしたものとは全く別に、第三の要素があって、それが肉体と精神と共にあなたという一個の人間を構成しているのである。その第三の要素がスピリットである。そのスピリットこそあなた自身である。地上においてはそのスピリットが肉体と精神を纏って生活しているのである。
 ではその証拠を見せてくれ-あなたはそう仰るかも知れない。スピリットを見せろと仰るかも知れない。が、スピリットは人間の目には見えないのである。ここに一人の人間がいる。衣服を剥ぎ取れば肉体が見える。頭にドリルで穴を開ければ脳味噌が見える。が、スピリットはどこにも見当たらない。
 死体を御覧になったことがあるだろうか。衣服を脱がせて解剖してみても、もうその人はそこにはいない。ただの抜け殻。肉と骨と繊維の塊にすぎない。放っておくと直ぐに腐敗するので穴を掘って埋めるか焼却してしまわねばならない。
 その死体がその人そのものだったのだろうか。その肉の塊が愛し、喜び、音楽を作曲し、名句を吟じ、発明し、創造力を働かせ、理論を立て、異性に求愛したのだろうか。誰にもそうは思えない。何か大切なものが失われている。つまりスピリットが脱けているのである。つまりその肉体は死んだのである。
 人間は肉体と精神とスピリットの三つの要素から出来上がっている。そのことをしっかりと認識して頂きたい。この地上を旅する為の道具にすぎない肉体、その肉体をコントロールするメカニズムとしての精神、そしてその肉体と精神の両者に生命を賦与し、一個の生命体としての存在を与えているスピリット。この三つである。
 死に際して消滅するのは肉体だけである。スピリットは絶対に死なない。〝自分〟は絶対に失くならないのである。つまり究極のあなたという存在はスピリットそのものであり、それが肉体という物質体を通して六、七十年の地上生活で自分を表現しているのである。