自殺ダメ



 [日本人のふるさと《かんながら》近代の霊魂学《スピリチュアリズム》]近藤千雄[著]より


 本書の「まえがき」でも述べたが(二ページ参照)、Spiritualism という用語は spiritual+ism ではなく、spiritualise の名詞形、つまり「霊的に浄化する為の活動」と理解すべきである。その視点から言う限りでは「心霊主義」「神霊主義」といった日本語に置き換えるのは間違い-少なくとも正鵠(せいこく)を得ていないことになる。
 このスピリチュアリズムを日本に最初に移入した浅野和三郎は、1928年の国際スピリチュアリスト連盟第三回世界大会に出席すべくロンドンへ発つ直前に、「スピリチュアリズム」の日本語訳をどうすべきかで親しい友人と語り合って「神霊主義」とした、と『出発前記』の中で自ら述べているところをみると、浅野氏はジョージ・オーエンの『ベールの彼方の生活』(全四巻)やシルバーバーチと名乗る超高級霊からの通信(当時は第一巻が出たばかり)は入手していなかったようで、イエス・キリストの他界後に始まった地球神界挙げての霊的浄化活動の経緯にまで言及した文言は、残念ながら見当たらない。
 それは、しかし、用語の視点から見た場合の話であって、浅野氏の前人未踏の業績から見る限り些細な問題である。結局浅野氏の使命は、1848年のハイズヒル現象をきっかけとして始まった欧米における心霊現象の科学的研究の足跡と、その帰趨(きすう)として得られた死後の世界の実在という、人類史上破天荒の啓示を日本に紹介することにあったと見るべきであろう。最近発掘された資料によると、かの平田篤胤もスピリチュアリズムについての資料を入手していて、二万を数える知的ネットワークを組織して実験と研究をしていたらしいが、まだ時期尚早だったのであろう。篤胤が脱藩者であることを口実に弾圧を受けたという。この情報は今後の検証が待たれるものとして筆者も関心を寄せているところである。
 日本の先駆者・浅野和三郎については本書の第六章を参照して頂きたい。