自殺ダメ



 先に述べたようにシルバーバーチの霊言との出会いは大学二年の初めであるが、それが掲載されていたPsychic Newsにそうした霊言が既に書物に纏められて出版されている広告が出ていて、早速銀座の丸善書店に行って注文した。届くまでに三ヶ月も掛かったが、当時はそれが普通で、特に長いとも思わなかった。が、届いた時の嬉しさは格別で、大切な宝物を手に入れた感じがしたものである。当時は為替相場が円安で一ポンド1000円を超えていたので、価格は円高の現在とほぼ同じ。仕送りの四分の一が原書代に消えたが、高いという感覚よりも貴重なものを手に入れた嬉しさの方が強く、食費を切り詰めて、毎月一冊の割で買い求めた。
 現在翻訳中の『スピリチュアリズム百科辞典』の編纂者N・フォドーNandor Fodorは新聞記者時代にH・キャリントンの『現代の心霊現象』Moden Psychic Phenomena by Hereward Carringtonをニューヨークの四番街で買って読んだのがきっかけでスピリチュアリズムにのめり込み「これは私にとってまさに天啓だった。以来私はレストランでの昼食代を節約してスピリチュアリズムの栄養を摂取した」と述懐している。
 確かに、これが本当だったら大変だ、という差し迫った気持にならなければ本物ではない。「明日の道を聞かば夕べに死すとも可なり」という『論語』の言葉は決して大げさではない。エドマンズ判事の功績の項で判事が「現在こうして生きている我々が他界した過去の人物と交信出来るということがもしも事実だとすれば、これは何と素晴らしいことではないかという、わくわくするような想いが渦巻いていた」と述べているのも、真剣さにおいては同じである。
 さて、シルバーバーチの霊言シリーズは大学四年間で第一期の十一巻を全部揃えたが、その時点ではこれを翻訳しようなどとは思いも寄らず、<座右の銘>として、どんな職業に就いても持ち歩こうと思っていた。それが、第二期の五巻を含む全十六巻を訳すことになったのは、間部先生の説くところがシルバーバーチの霊訓と同じだったことに起因している。その中でも印象深く思い出すのが「神とは法則です。だから“神様”と“様”をつける必要はありません」というもので、これはシルバーバーチの言う“The Great Spirit is the Law”と全く同じである。
 シルバーバーチは“God”という用語をあまり用いたがらない。キリスト教の説く我侭でえこひいきをする“神様”の印象が強いからである。そこで太古のインディアンが使っていたthe Great Spirit つまり宇宙の全存在を包括する“大いなる霊”と呼び、私はそれを“大霊”と訳した。それは全存在に法則として働きかけるもので、大司教であろうと大僧正であろうと、イエスであろうとブッダであろうと、或いは天界のいかなる高級霊であろうと、等しくその法則の支配を受ける。その法則the Law を私は“摂理”と訳した。法則という用語が日本語では物理的な意味合いを持つようになっているからである。
 私がシルバーバーチを翻訳したのは『心霊時報』の巻頭言として使用したのが最初で、別冊を入れて五十巻程出した中で何度か使用したが、本格的に纏めて訳したのは1980年からで、日本心霊科学協会の月刊誌『心霊研究』に『シルバーバーチは語る』のタイトルで連載した。それが1984年に『古代霊は語る』のタイトルで単行本として出版された(潮文社)。これは月刊誌に連載中から話題を呼び、購読を止めていたが噂を聞いて再び購読し始めたという人が少なくないとの話を耳にした程である。
 月刊誌への連載は「何か投稿してもらえないか」との依頼を受けた時に「シルバーバーチ!」という強烈な閃きを得て決意したのであるが、その執筆に入った直後から、シルバーバーチの専属霊媒でPsychic Newsの社長兼編集長のバーバネルに会いたい気持が募り始め、ついに抗し難い程になったので、意を決してその年の大晦日に出発して、新年の五日に社長室で面会した。握手をした瞬間、まるで親戚の叔父さんに久しぶりで会ったような感じがしたが、それは多分、シルバーバーチが言っているように、地上に生まれ出る前に打ち合わせが出来ていたからであろう。
 「日本のスピリチュアリズムはどうですか?」という質問に「昨年の九月からシルバーバーチの霊言の翻訳を始めて、とても好評です」という返事をすると「それは何よりだ」と言って嬉しそうにしていたが、その後私をじっと見つめながら「あなたは人間の仕事の中で一番難しい仕事を選んで生まれてきたねぇ。私もだけど・・・」としみじみとした口調で言ったのを思い出す。
 『古代霊は語る』が注目されるようになると同時に、霊言集が十一冊もあることを知った読者から全部訳して欲しいという要請が次々と寄せられるようになった。訳者の私ばかりでなく潮文社にも寄せられ、社長の小島正氏と相談となった。出版界の常識として連続ものや全集ものは中途で売れなくなるので社長は消極的だったが、売れなくなったらその時に止めればいい、といった軽い考えで出版が決まった。
 ところが、第一巻を出すと「第二巻はいつか?」という問い合わせが殺到し、第二巻を出すと「第三巻はいつ出るのか?」といった投書が来るといったことの連続で、とうとう全十一巻が出てしまった。そして今なおロングセラーを続けているという事実は、シルバーバーチの説くところが現代人の魂の求めるところと合致していることを物語っている、と訳者の私は受け止めている。