自殺ダメ




 ここに引き続いて紹介することになりますのは、読者が既にお馴染みの無名陸軍士官から主として自動書記で送られた霊界通信であります。この人の閲歴の大要は上編の第四章「無名の陸軍士官」と題するところに述べてあります通り、生前死後とも思い切って悪事の有りたけをやり尽し、最後に地獄のドン底へまでも堕ちて来た人物で、叔父さんの生活の平静高雅なのに比べてこれは又惨絶毒絶、一読身の毛のよだつようなことばかり続いております。あらかじめその覚悟でお読みになられることを希望しておきます。
 最初の通信は1914年2月7日に始まり、同年9月12日を以って一先ず完結致します。書中「吾輩」とあるのは皆この無名陸軍士官のことであると御承知を願います-

 吾輩は劈頭(へきとう)肝要な二、三の事実につきて説明を下し、所謂地獄とはいかなる性質のものか、はっきり諸君の諒解を得て置いてもらいたいと思います。(と陸軍士官が語り出す。句調は軍人式で、いつもブッキラ棒です)
 地獄に居住する霊魂の種類は大体左の三種類に分かれる。
 (一)人間並びに動物の霊魂。
 (二)一度も人体に宿ったことのない精霊。
 (三)他の界から来ている霊魂。
 右の三種類の中で第二は更に左の三つに小別することが出来そうに思う。
 (イ)妖精-性質の善いもの、悪いもの、並びに善悪両面を有するもの。
 (ロ)妖魔-悪徳の具象化せるもの。
 (ハ)変化-人の想念その他より化生せるもの。
 ところで右の妖精という奴が一番多く、なかんずく幽界にはそいつが大変跋扈(ばっこ)している。大抵は皆資質が良くないと相場を決めてかかれば間違いはない。外は化生の活神(いきがみ)とでも言うべきものが奥の方の高い所に居る。それが人間の霊魂などと合併してしばしば人事上の問題に興味を持って大活動をやる。彼等のある者は一国民の守護を務め、ある者はそれぞれの社会、それぞれの地方の守護を務める。
 あなた方も幾らか気が付いておられることと思うが、例えば英国の一の国民として考えた時にそれは一種特別の風格を具えていて、これを組織するところの個人個人の性格とはまるきり相違していることを発見するでしょう。この一時を見ても、英国を守護するところの何者かが別に存在することは大抵想像し得られるではありませんか。
 ざっとこれだけ述べておけば人間の霊魂以外の霊界の存在物につきて多少の観念を得られると思う。吾輩が現在置かれて居る半信仰の境涯などには格別珍しいものは見受けられないが、上の方へ行くと色々ある。天使だの、守護神だのの中には人間の霊魂の向上したのもあるが、そうでない別口も沢山いる。一口に霊魂などと云っても容易に分類の出来るものではない。
 さてこれから約束通り吾輩の死の前後の物語から始めるとしましょう。吾輩がストランド街をぶらついている時のことであった。一台の自動車が背後からやって来て、人のことを突き飛ばしておいておまけに体の上を轢いて行った。中々念が入っている。吾輩自動車位にやられるような男ではないのだが、その時ちとウイスキイを飲み過ぎていたのでね。ところでヘンテコなのはそれからだ。轢かれた後で吾輩は直ぐむくむくと起き上がった。頭脳がちと変だ。その中盛んな人だかりがするので、急いでその場を立ち去って役場へ向かった。例の専売品の契約証書に調印する約束が出来ていたからです。
 役場の玄関へ着くと同時に吾輩は扉を叩いて案内を求めた。驚いたことには手が扉を突き抜けて、さっぱり音がしない。無論何時まで待っても返答がない。仕方がないから委細構わず扉を打ち開けてやろうとすると、何時の間にやら自分の体がスーッと内部に入っている。
 「オヤオヤオヤオヤ!」と思わず吾輩が叫んだ。「今日は案外酔いが回っている。こんな時には仕事を延ばす方がいいかも知れん」
 が、直ぐ眼の前に階段があるので、構わずそれを登って、事務室の扉を叩いた。しかしここも矢張り同じ事で、体は内部へ突き抜けてしまった。