自殺ダメ



 今度のは前回のとは少々趣が違って、ワード氏の口が動いて喋り出したのでした。無論口を使っているのは陸軍士官であります-
 吾輩はこの辺で一つあの酒の親分の正体を説明しておきたいと思います。彼は所謂妖精ではない。又人間の想念が凝り固まって出来上がった変化(へんげ)でもない。彼は極度に飲酒を渇望する全ての人々の煩悩から創り出された一の妖魔であります。故に一旦世界中から飲酒欲が消え去った暁には、あんなものは次第に存在を失います。但し直ぐに消えはしません。何となれば人間界に飲酒欲が消滅しても幽界には暫時彼を供給するに足るだけの材料があるからであります。けれども人間が全然飲酒の習慣を廃した上は、我々幽界の者も結局酒の匂いさえ嗅げないことになりますから、自然かの妖魔とても栄養不良に陥ります。但しこれはひとり飲酒ばかりでなく一切の煩悩が皆その通りなのであります。
 人間の想像で創り上げた悪魔は、それを創った人が右の想像を棄てると共に消滅しますが、困ったことには他の人が又後から後からそれを復活せしめて行きます。僧侶などの中には、どんなに悪魔を製造して地獄に供給した者があるか知れません。そんな悪魔はしきりに地獄の居住者を悩まします。しかし悪魔の存在を知らない者の眼には決してその姿が見えないのが不思議であります。
 妖精というものは、それとは全然性質が違います。彼等は我々と同じく独立して存在します。ドーして妖精が最初発生したのかは吾輩には判りません。又妖精と云ったところで決してその全体が悪性のものばかりではない。中には快活で、気楽で、渓谷や森林に出入しているものもあります。そして無邪気な小児達の眼に時々その姿を見せるものでありますが、そんな事を白状すると子供達は笑われたり、叱られたりするので、段々黙っている癖がつき、その中妖精に対する信仰が失われて交通が途絶してしまったのです。
 妖精には色々の種類がある。風の精、木の精、花の精・・・、その他数限りもない。吾輩は当分彼等の中で悪性のものだけについて述べることにします。が、悪性と云ってもそれには程度があります。又妖精とて進歩もするらしいのですが、その詳しいことは判りません。
 時とすれば死者の霊魂は自分の遺族に未練を残してそれを護ろうとします。彼等にも偶(たま)につまらない注意や警告を与える位の力はありますが、しかし死の警告などをやるのは、実は皆人の死を嗅ぎつけて接近する妖精の仕業であります。彼等は死者の体からある物質を抽(ぬ)き出そうという魂胆があるのです。
 あの吸血鬼の伝説・・・。夜間死霊が墓場から脱け出して寝ている人の血を吸い取るという話は稀には見受けますが、しかし幸い滅多に起こらないことです。又伝説に言っているような、あんな馬鹿げたことでもない・・・。
 以上述べたところで、大体我々がこちらで邂逅(かいこう)す代物の見当は取れたと存じます。諸君の御親切に対しては感謝の言葉がありません。次回には又何か御報告致しましょう。吾輩のは皆乱暴極まる話ばかりで、Kさんの奥様はさぞお聴苦しくお思いでしょう。しかし吾輩としては申し上げるだけの事は皆申し上げてしまわねばなりません-では今回はこれで失礼致します・・・・。
 右の陸軍士官の物語が済むと、直ぐに叔父さんが入れ代わって右に関する批評めいたものを語りました。それはこうです-
 Kさんの御夫婦には私からもお礼を申し上げます。しかし私の考えますところでは、陸軍士官のお述べになるところは大変大切で、恐らく我々の送る霊界通信中の白眉(はくび)だろうと存じます・・・・