自殺ダメ



 続いて現れた陸軍士官からの霊界通信-。

 諸君は吾輩の手元から当分余り気持のよい通信に接しようと期待されると宛が外れます。諸君は事実を要求される。故に吾輩は事実を供給する。一体世間の人達が赤裸々の事実に接せられることは甚だ望ましいことで、ただ光明の一面ばかりを見るのみでは不足であります。是非とも暗黒面をも知っておかれる必要があります。
 吾輩は既に飲んだくれの集まる魔窟のことを紹介しました。それから吾輩が何をやったか?-今ここで一々それを書いてお目にかける必要はない。無論吾輩は酒亭に出掛けたと同様に娼家にも出掛けた。
 酒の化け物があると同じく色欲の化け物もある。それは女の姿をした妖魔であるが、しかしその醜さと云ったら天下無比、どの点から見てもたまったものではない。いかに吾輩でもこの方面の状況を一々書き立てる勇気はない。兎に角酒亭で死海の林檎式の一種の満足を買い得る如く、殆どいなる欲情に対しても同様の満足を買い得る-イヤ満足ではない。何処まで行っても不満足である。それが我々に加えらるる天の刑罰で、真に渇望を充たし得る方法は絶対にないのである。
 不満足な満足-流石の吾輩も酒亭や娼家の享楽が少々鼻について来ました。すると、いつも吾輩の案内を務める悪霊が吾輩に向かってこう言うのです-
 「どうだい、一つ交霊会を冷やかしてみようではないか?」
 吾輩は不審のあまり訊ねた-
 「何の為にそんな場所へ行くのかね?」
 「イヤ中々面白いよ、交霊会という奴も・・・」
 「ただ面白いだけの事かね?」
 「イヤ他にも理由がある。汝が現在有している体は半物質的のものだが、気を付けてちょいちょい手入れをしないと体が終いには亡くなって地獄へぶち込まれてしまうぞ」
 「俺はまだ地獄へ堕ちてはしないのかね?」
 「堕ちているものか。ここはまだ地上だ。本物の地獄に堕ちたとなると、まるで勝手が違って来る」
 「そうかナ。それなら体の手入れを怠らないことにしようかナ」と吾輩が叫んだ。「しかしも少し詳しく説明して聞かせてくれ。吾輩も生きている時分にかつて交霊会というものに行ったことがあるが、見るもの聞くもの頓と合点の行かぬことばかり、てッきりただの詐術としか思えなかった」
 「イヤ交霊会というものは大別して三種類に分かれるよ」と案内者が説明した。「もっとも互いに重なり合ったところがあるので、余りはっきり区別する訳にも行かないがネ。即ち
 (一)善霊の憑る交霊会
 (二)悪霊の憑る交霊会
 (三)詐術
の三つだね。その中で第一のは我々に歯ぶしが立たない。第三のは役に立たない。ただ眼の付け所は第二のヤツだ。これがこちとらの畠(はたけ)のものもだ。正しい霊媒でも上手く行けば騙くらかして俺達の仲間に引き摺り込むことも出来る・・・・」
 「どうしてそんなことが出来るのかい?」
 「その霊媒に欲が出て、霊術を利用して金子でも儲けようとした場合にその体を占領するのだ」
 「そうすると霊媒は謝礼を取ってはいけないのかね?」
 「そんなことはないさ!霊媒だって牧師だって食わずに生きてはおられない。牧師が年俸四百ポンドを貰って妻子を養うからと云って誰も何とも言いはしない。平牧師から出世して監督にでもなれば年俸三千ポンド位は貰われる。しかしそれでも別に牧師の沽券が下がる訳でもない-ただ仮初めにも牧師ともあろうものが、同胞救済の為に力を用いず、朝から晩まで自分の位置や財産ばかりを目標にしていた日には直ぐに評判が悪くなる。霊媒だってその通りだ。何事も動機が肝腎だ。動機ばかりは誤魔化せない。一旦動機が悪くなったと見ると、その時こそ我々の付け込むところだ」
 「けれども、そんなことをして何ぞ俺達の利益になるのかね?」
 彼は横目で睨みながら、
 「そりァなるとも!先ず第一に我々はそうして自分の幽体を養う為の材料を手に入れるのだ。第二には権力だ。権力!お前の耳にはこの言葉がピーンと気持ちよく響いて来ないかい?多勢の人間を思うままに引き摺り回すのは素敵じゃないか!なかんずく-」そう言って彼は一層毒々しく眼球を動かしながら「我々はこれを利用して昔の怨恨を晴らすことが出来る。それからもう一つ、たとえ一時の間でも人間の体に宿るということはありがたいじゃないか。こう考えた時に交霊会というヤツも満更(まんざら)ではなかろう。イヤまだあるある!幽界で散々修業を積んだ者が、モ一度人間の世界に出しゃ張って大手を振って歩き回れる・・・。何と面黒い話じゃないか!」