自殺ダメ




 三月三十日のはいつもの自動書記式通信ではなく、ワード氏の方から霊界の叔父さんを訪れ、その室で陸軍士官と直接面会してこの物語を聞かされたのでした。ワード氏は前にも透視法で陸軍士官と会っているのですが、相変わらずこの日もいかにも意思の強そうな、いかつい顔をしていたそうで、ただ以前に比べれば憎々しい邪気が余程減っていたということであります。
 陸軍士官の話しぶりは例によってテキハキと、短刀直入的に前回の続きを物語っております-

 さて御前試合もいよいよ千秋楽となって、観客がゾロゾロ退散するので、吾輩も家来を連れて演武場を出たのであるが、わざと城門の付近に陣取って所謂皇帝の退出するところを見物することにした。間もなく皇帝の馬車が現れたが、その周囲は大変な人だかりだ。そして意外にも丸裸の男女が沢山その中に混じっているのである!
 吾輩は家来に訊いた-
 「イヤに素っ裸の霊魂がいるではないか!死んだ者は皆衣服を着ている筈だのに・・・・」
 「これが皇帝陛下のお道楽でございます。こうして多くの家来達を無理に裸にさせて、嬉しがっておられるのでございます」
 「しかし幾ら裸にされたところで、幽霊同志では余り面白い関係も出来まいが・・・・」
 「御説の通りでございます。旦那様もモーすっかりお存知でございましょうが、肉体の無い者には肉体の快楽ばかりは求められはしません。真似事ならいくらでも出来ますが、それではまるきり影法師と影法師との相撲のようなもので面白くも可笑しくもございません。情欲だけは依然として燃えながら、それを満足せしむる体が無いのでございますから全くやり切れはいたしません」
 そう言っている中に、大きな猟犬が幾匹となく側を走り過ぎたので吾輩は驚いた。
 「地獄にも動物が居るのかね?妙なものだナ・・・」
 「ナニこれは本物の動物ではございません。皇帝の思し召しで、人間の霊魂が仮に動物の姿を取らされましたので、裸にされたり、又は子供の姿にされたりするのと何の相違もございません。皇帝は実に素晴らしい力量のあるお方で、我々を御自分の好きな姿に変形させ、甚だしきは家具や什器の形までも勝手に変えて面白がっておられます」
 やがて皇帝の行列が自分達の前面を通過しましたが、イヤその騒々しさと、惨酷さと、又淫猥さと来た日にはまるきりお話にならない。そして行列の前後左右には間断なく悲鳴が聞こえる。これは種々雑多の刑罰法が時とすればお供の者に加えられたり、又時とすれば見物人に加えられたりするからである。なかんずく人騒がせの大将は例の猟犬で、ひっきりなしに行列中の男女に噛み付いたり、又見物人を皇帝の前に交えて来たりする。
 皇帝はと見ると、大威張りで戦車に納まり返っているが、その面上には罪悪の皺が深く深く刻まれて、本来の目鼻立ちがとても見分けられぬ位、正に残忍性と驕慢性との好標本であった。が、生前はこれで中々の好男子ではなかったかと思われる節も何処やらに認められるのであった。
 「一体彼は何者かナ?ローマのネロではあるまいナ」
 「いいえ旦那様」と吾輩の家来が答えた。「私はあの方の名前を忘れてしまいましたが、ネロでないことだけはよく存じております。ネロはあの方の家来でございます。あの方に比べるとネロなどは屁ッぽこの弱虫です。幾度となく皇帝に反旗を翻しましたが、その都度いつも見事に叩き潰されてしまいます。けれどもネロも中々狡猾な男で、いつも監視者の隙を狙って逃げ出しては一騒動を起こします。そして捕まる毎に皇帝から極度に惨たらしい刑罰を受けます。イヤ、ネロ虐めは皇帝の一番お気に召した娯楽の一つでございます」
 「そりァそうと貴様は皇帝が生前何という名前の人間であったか、きッと知っているだろうが・・・」
 「イヤ私は全く忘れてしまいましたので・・・・」
 「この嘘つき野郎!なんでそれを忘れる筈があるものか!真直ぐに白状せい!」
 「白状するにもせぬにも全く存じませんので・・・」
 「それならよし。俺がきっと白状させて見せる」
 吾輩は例の地獄の筆法で、極度に恐ろしい刑罰法を案出し、一心不乱にそれを念じたから堪らない。家来の奴は七転八倒の苦しみ・・・。それこそ本当の地獄の苦しみを始めた。
 が、いくら虐めても知らないものは矢張り知らないので、最後には吾輩もとうとうくたびれて家来虐めを中止し、それなら何処ぞ面白い場所へ案内せいと命じた。
 「それでは旦那様劇場へ御案内いたしましょう」
 とやっと涙を拭いて答えた。
 「ふむ劇場・・・。それもよかろうが、一体ここではどんな芝居をやっているかナ?」
 「そりァ素敵に面白いものでございます。地上で有名な惨劇は大抵地獄の舞台にかけられます。そして成るべく生前その惨劇に関係のある当人を役者に使って、地上で行なった通りを演じさせます」
 「人殺しの芝居ばかりでなく、少しは陽気な材料、例えば若い男女の愛欲と云ったようなものは演じないのかナ?」
 「景物にはそんな材料もございますが、御承知の通りここは人を憎むことと人を虐めることが専門の都市でございます。従ってここで演じる脚本の主題となるのは皆その種のもので、邪淫境へ参りませんと色情が主題となったものはありません-もっとも色情と残忍行為とは親類筋でございますから、ここの芝居を御覧になっても中々艶っぽいところも出て来る幕がございます」
 「地獄にも新脚本が現れるかナ?」
 「あまり沢山も現れません。しかも皆地上で演ぜられたものの焼き直しが多いのであります。もっとも地上には本物の惨劇が毎日演ぜられますから、こちらで材料の払底する心配は少しもございません」
 「して見ると真の創作は地獄から出ることは無さそうだナ?」
 「一つも無いように考えられます。地獄物は悉(ことごと)く輸入物か焼き直し物ばかりでございます」