自殺ダメ



 さて皇帝の饗宴が終わると共に吾輩は部下の数人に命じて義勇軍募集の宣言書を発布させましたか、地獄という所はこんな仕事をやるには実に誂(あつら)え向きの場所で、これに応じて東西南北から馳せ参ずる者は雲霞の如く、忽ちにして幾千人に上りました。吾輩は直ちにこれが隊伍を整え、市街を通じて旅次行軍を開始したのであります。
 途中からも風を望んで参加する者が引きも切らず、瞬く間に又幾千人かを加えた。漸くにして到着したのは郊外の荒野原-通例地獄の大都会の付近にはそんな野原がつきものなのです。ここで吾輩はお手の物の陸軍式にすっかり各部隊の編成を終わりましたが、集まったのは真に文字通りの烏合の衆で、あらゆる時代、あらゆる国土の人間がウジャウジャと寄って集った混成部隊・・・。古代ローマの武士もいれば、中世の十字軍や野武士もいる。一方には支那の海賊、他方には英国の冒険家、トルコ人、アラビア人、ブルガリア人、その他各国のならず者、暴れ者・・・。こんな手合いが極度の興奮状態に於いて血に渇いて喚声を張り上げるのは結構でしたが、時々仲間同志の喧嘩をおッ始めるには手を焼きました。
 大骨折りで吾輩は全軍の整理を終わった。編成法はここに詳しく申し上げる必要もないと思うが、要するに成るべく同種類のものを以って一部隊を編成する方針を執り、その結果、中世の騎士軍、古代ローマの戦士軍、又海賊軍、トルコ軍と云ったようなものが沢山出来上がった。その各々が有為の将校によりて指揮されているのであるからその戦闘力は中々以って侮れない。一番の欠点を言えばそれが全然訓練の不行届な点であったが、その欠点は吾輩の任命した将校の圧倒的意思の力で補われた。又吾輩自身も間断なく発生する反逆者の抑圧に忙殺され通しであった。
 兎も角も吾輩の意思が御承知の通り飛び離れて強固であるので、この烏合の大軍団・・・。左様総数二十五万余人に上る大軍の統率を完遂することが出来たのであります。
 さて、いよいよ前進となりましたが、イヤその途中の乱暴狼藉さ加減ときたら全く天下一品、いかなる家屋でも乱入せざるはなく、いかなる住宅でも略奪せざるはない。但し地獄の略奪振りには一の特色がある。奪うことは奪っても、直ぐに飽きが来て、奪うより早く棄てて顧みない。
 ダントンの領土に接近した時に吾輩は直ちに偵察隊を派遣して敵状を探らせた。間もなく味方は敵の数人を捕えて戻って来た。
 見ればそれ等の捕虜というのは皆フランス革命時代の服装をしている者ばかりでした。吾輩は彼等の手から色々の有利な材料を得た。無論彼等は言を左右に托して吾輩を欺こうと試みたが、霊界では心に思っていることを隠せないから、そんなことをしても何の役にも立たなかった。
 彼等が地上に住んで居たのはフランス革命時代で、ある者はダントンの味方であり、又ある者はその敵であったが、何れにしても彼等には共通の一つの道楽があった。外でもない、それはギロチンを愛用することであった。但しギロチンの本来の目的は出来るだけ迅速に、そして出来るだけ安楽に人間を殺すことであるのだが、それでは甚だ興味が薄いというので、地獄に於けるギロチン使用法にはちょっと新工夫が加えられていた。
 無論地獄ではいかにやりたくても人を死刑に処することだけは出来ない。地獄で出来るのは成るべく多大の苦痛を与えることだけである。で、彼等は犠牲者をギロチンの台に載せるに際し、頭部の代わりに足を正面に持って来る仕掛けにしてある。ギロチンの刃は上下に動いて足から先にブツリブツリと全身を刺身のように切り刻んで行く。切られれば、地上に於いて感ずると同様の苦痛だけは感ずるが、切れ切れの部分は直ちに又癒着して行くから、繰り返し繰り返し死の苦痛を感ずるだけで、死ぬるということは絶対にない-イヤ諸君、人間というものは何て判りの悪いものでしょう。生きている時には馬鹿に死を怖れるが、実を言うと死は寧ろ人間の敵ではなくて味方なのである。死の伴わざる永久の苦痛!吾輩は地獄へ来てから、モ一度死にたいと何遍祈願したか知れはしません。
 それはそうと吾輩は敵状の報告に基づいて作戦計画を立て、いよいよ敵地に突入した。自らも手当たり次第に攻略を試み、敵地の人民などは散々虐めた上で奴隷となし、家屋の如きも悉く破壊することにした。ただ一つ困るのは霊界の家屋の非実質的なことで、我々がその付近に居る間こそこちらの思う通りに壊れているが、他の地点に前進してみるとそれ等の建物は何時の間にやらニョキニョキと元の通りに起立している!
 既に我々自身が一の形に過ぎない。それと同様に、建物も又一の形であるから、こればかりは破壊し得ない。こちらの意思がその所有者の意思よりも強固であれば家屋の形は一時消滅するように見えるが、破壊しようという意思が消滅すると同時に家屋は忽ち原形に復してしまう。要するに霊界は意思の世界、想念の世界で、物質抜きの形だけの所だと思えば宜しい-イヤしかしこんなことはあなた方ももう叔父さんから聞かされて百も御承知でありましょう。