自殺ダメ



 さていよいよ戦争の話でありますが、-我々が敵地に乱入すると同時に敵の軍隊も又向こうの山丘に沿いて集合した。ざっと地理の説明をやると、皇帝の領土と敵の領土との中間には一の展開した平原がある。余り広いものでもないが、それが二大勢力間の一つの障壁たるには充分で、恐らくダントンの強烈なる意思の力で創り出した代物かも知れません。もっともその地帯の幅はいくら、長さはいくらということはちょっと述べにくい。霊界にも物質界の所謂空間と云ったようなものが存在せぬからです-が、兎に角それは相当に広いもので、二つの大軍が複雑極まる展開運動を行なうには差し支えない。地質は想像も及ばぬほど磽确(こうかく=小石などが多く、地味がやせた土地。また、そのようなさま)で、真っ黒に焼け焦げ、ザクザクした灰が一杯積もっている。
 山は二筋ある。ダントンは向こうの山を占領し、我々は手前の山を占領して相対峙した。空は、地獄では何時でもそうだが、どんよりと黒ずんで空気は霧のかかったように濃厚であるが、こんな暗黒裡にありてもお互いの模様はよく見える。
 味方の重砲は三個の主力に分かれた-ナニ地獄の戦にも大砲を使用するかと仰るのですか-無論ですとも!人間が間断なく発明しつつある一切の殺人機械が地獄に行かずに何処へ行きましょう?半信仰の境涯だとて、まさか大砲を置く余地はありません。兵器という兵器はその一切が地獄のものです。ところで、ここに甚だ面白い現象は、地上に居る時に、小銃その他近代式の兵器を使用したことのない者は霊界へ来てからまるきりそれを使用することが出来ないことです。地獄の兵器は単に形です。従って兵器が敵に加える損害は精神的のものであって、ただその感じが肉体の苦痛にそっくりなだけです。
 で、地上に居た時、一度も小銃の傷の痛みを経験したことのない人間には殆どその痛みの見当が取れません。従って他人に対してその痛みを加えることも出来なければ、又他人によりてその痛みを加えられる虞(おそれ)もない。生きている時分に小銃弾の与える苦痛を幾らか聴かされていた者には多少の効き目はあるとしても、真に激しい痛みを自らも感じ、又他人にも感じさせるのには、是非とも生前に於いて実地にその種の痛みを経験した者に限ります。
 同一理由で、地獄に於いてもっとも凶悪なる加害者は、地上に於いて惨めな被害者であった者に限ります。若し彼が誰かに対して強い怨恨を抱いて死んだとすれば、自分の受けたと同一苦痛をその加害者に報いることが出来るからです。かの催眠術などというものも、つまりその応用で、術者自身が砂糖を舐めて、被害者に甘い感じを与えたり何かします。なかんずく神経系統の苦痛であるとこの筆法で加えることも、又除くことも出来ます-が、地上に於いてはその効力に制限があります。それは物質が邪魔をするからです。しかし、モちと研究の上練習を積めば催眠療法も現在よりは余程上手い仕事が出来ましょう。ついでにここに注意しておきますが、この想念の力なるものは他人を益するが為にも、又他人を害するが為にもどちらにも活用されます。昔の魔術などというものは主としてこの原則に基づいたもので、例えば蝋人形の眼球へ針を打ち込むということは、単に魔術者が相手の眼球へ念力を集中する為の手段です。そうすると蝋人形に与えた通りの苦痛が先方の身に起こるのです。
 ですから、こんなことをやるのには、無論相手の精神-少なくともその神経系統をかく乱しておいて仕事にかかる方が容易であるが、しかし稀には先天的に異常に強烈な意思の所有者があるもので、そんな人は直接物質の上に影響を与える力量を有しています。最高点に達すれば無論精神の力は物質を圧倒します。地球上ではそんな場合は滅多にないが、霊界ではそれがザラに起こります。
 兎に角右の次第で、地獄の軍隊は生前自分の使い慣れた兵器を使用します。大砲や小銃をまるきり知らない者にはそんな兵器はまるで無用の長物です。
 ところで、ここに一つ可笑しな現象は、地獄に大砲はあっても馬がないことです。馬は動物なので各々霊魂を持っている。大砲その他の無生物とは違って単に形のみではない。従って矢鱈に地獄にはやって来ない。
 但し馬の不足はある程度まで人間の霊魂を臨時に馬の形に変形させることによりて除くことが出来た。無論これは吾輩が皇帝の故智を学んで行なった仕事で、敵のダントンが其処へ気が付かなかったのはどれだけ味方に有利であったか知れなかった。一体人間の霊魂をたとえ一時的にもせよ、その原形を失わしめるということは中々容易な仕業ではない。何人も馬や犬の姿に変えられることを大変嫌がる。何やら自分の個性が滅びるように心細く感ずるらしい・・・。事によるとダントンには、人の嫌がる仕事を無理にやらせるだけの強大なる意思力がなかったのかも知れません。