自殺ダメ




 吾輩とグルになった魔術者の一番好きなものは(と陸軍士官が語り続けた)一に黄金、二に権力、三に復讐-この三つが彼の生命なのである。さればと云って女色なども余り嫌いな方でもない。彼の手元にはいつも十余人の女の霊媒が飼ってある。そいつ達は彼に対して悉く絶対服従、魂と同時に肉をも捧げる。
 吾輩はこの男の為には随分金儲けの手伝いもしてやった。仕掛けは極めて簡単である。我々は平気で金庫でも何でも潜り抜けることが出来る。それから内部の金貨を一旦ガス体に変えて安全地帯に持ち出しておいて更に元の金貨に戻すのである。しかしこの仕事は優しいようにみえて中々強大なる意思の力を要する。下拙な霊魂にはちょっと出来る芸でない。もっと易しいのは睡眠中の誰かを狙ってそいつの体の中に潜り込み、所謂夢遊病者にしておいて、ウンと金貨を持たせて都合の良い場所へ引っ張り出すことである。無論そいつは夢中でやっている仕事だから、翌朝眼を覚ました時に、前夜の記憶などはさっぱり持っていない。
 そりゃ成る程この仕事にも時々失策はある。夢遊病者が追跡されて捕縛されたことは一度や二度に留まらない。無論そいつ達は窃盗罪に問われる-が、魔術者の方では呑気なものだ。誰も窃盗の御本尊がこんな所にあろうとは疑う者がありはしない。いわんや肉体のない我々ときては尚更平気なもので、仕事が済んだ時にただ先方の体から脱け出しさえすればそれでよい。そうすると当人の霊魂がその後へノコノコ入って来て、窃盗罪の責任を引き受けてくれる。
 金儲けの為に働いたと同様に、吾輩は復讐の為にも随分働いてやったものだ。あの魔術者は一切の宗教が大嫌いで、機会さえあれば僧侶に対して復讐手段を講じようとする。
 初めの中は格別念入りの悪戯もやらなかった。魔術者の手先に使われている奴は皆妖精の類でそいつ達の得意の仕事は室内の椅子を投げるとか、陶器類をぶち砕くとか、眠っている人の鼻をつまむとか大概それ位のものにすぎない。ところが、その中次第次第に魔術者の注文が悪性を帯びて来て、相手の男を梯子段から突き落とさせたり、又その家に放火をさせたりするようになった。
 仕事があんまり無理になって来ると、妖精共の大半は御免を蒙(こうむ)って皆逃げてしまい、多年彼の配下に使われていた亡霊までが大人しく彼の命令に従わなくなった。もっともそいつ達は、公然反抗すれば魔術者から酷い目に遭わされるので、滅多に口には出さない。ただ不精無精に仕事をやるまでのことであった-ナニその魔術者がどんな方法で亡霊虐めをやるのかと仰るのですか?それは例の意思の力です。強い意思で亡霊達に催眠術をかけてやるのです。大概亡霊という奴は意思の薄弱な輩で、そいつ達を虐めるのは甚だ易しい。主人の魔術者から一目置かれているのは先ず吾輩位のもので、吾輩はアベコベに魔術者の牛耳を執る位にしていました。その代わり働き振りも又同日の談でない・・・。
 それはそうと吾輩主人の為に働くと同時に又自分の利益を図ることも決して忘れはしなかった。自分の体を物質化して生きている時と同様に酒色その他の欲望を満足させる位は朝飯前の仕事で、そんな時の穴蔵の内部の光景と云ったら真に百鬼夜行の観があった。魔術者の使っている十人余りの女霊媒の外に、物質化せる幽霊が又十人余りもいる。そいつ等が人間並みに立ったり、座ったり、話をしたり、笑ってみたり、歌を唄ったり、又舞踏までもやらかす。とどのつまりが筆や口にはとても述べ難き狂態のあらん限りを尽くす・・・。
 が、そうする中にも吾輩の幽体は間断なく補充して行く必要があった。元来が自分のものでなく、ホンの一時的の借り物なので、いかにも品質が脆弱で分解し易くてしようがない。おまけに悪事ばかり働いているから一層弱り方が激しい。いくら人間に憑依して補充してみてもそんなことでは中々追いつかない。これには吾輩もほどほど困ってしまった。