自殺ダメ



 その中吾輩は魔術者からある一人の男を殺してくれという注文を受けた。何でもそいつがこちらのしている仕事を感づいたので、生かしてはおけないことになったのだそうな。
 「宜しい、引き受けた・・・」
 吾輩は二つ返事でこれに応じた。そんな際に於ける吾輩のやり口は大抵いつも相場が決まっている。午前一時か二時かという熟睡時刻を見計らい、枕元に立って一心不乱に意念を込めるのである。
-すると吾輩の幽体が赤黒い光を放ちつつ朦朧と現れる。
 更に一層念力を凝らすと、あっちにもこっちにも色々様々の妖怪変化がニョキニョキ現れて、
 「この外道をやっつけろ!」
 「こんな奴は八つ裂きにしてやれ!」
 などと勝手次第な凄文句を喚き立てながら、間断なく凄まじい威勢で跳びかかって行く・・・。無論それは一の脅かしに過ぎない。何ぞ余程の手掛かりでもなければ、肉体のない者が容易に人体に傷をつけることは出来るものでない。けれども先方ではそんなことを知らないから本当に生命でも奪われるかと思って七転八倒する。
 その弱味につけ込んで吾輩は声高く叫ぶ。
 「己アンナを忘れたか?アンナの怨みを思い知れ!我々はアンナから頼まれて汝を地獄へ連れに来たのだ!」
 無論吾輩はアンナから頼まれたのでも何でもなく、又その女が果たして地獄に墜ちているかどうかも知ってはいないのである。が、聴く方の身になってみると気味は悪いに相違ない。
 「許してくれっ!」と相手は悲鳴をあげる。「こんなに年数が経っているのにまだ罪障が消えずにいるとはあんまり酷い・・・あんまり執念が深過ぎる・・・」
 こちらは益々調子に乗って囃(はや)し立てる-
 「アンナが呼んでいる!アンナが待っている!お早くおじゃれ!急いでお出で!」
 そう言って何回となく襲い掛かる。眠る暇などは一瞬間も与えない。翌晩もその通り、翌々晩も又同じ事-おまけに時々耳元に口を寄せてこんな脅かしを試みる-
 「コラ!いい加減に死んだ方がましだ!早く自殺せんか!貴様の救わるる見込みは全くない!うっかりすると気が狂うぞ!気が狂うよりか潔く自殺してしまえ!自殺するついでに誰か二、三人殺して冥土の道連れを作れ!折角だから忠告する・・・」
 御親切な忠告もあればあったもので、これでは誰だって堪りっこはない。
 「アンナアンナ!許してくれ!」先方は呻吟する。
 「俺は若気のあまりあんな真似をしたのだが全く済まなかった。堪忍しておくれ・・・」
 この機を狙って一人の幽霊は早速アンナの姿に化けてベッドの裾にニューッと現れ、怨みの数々を並べ立てる。とうとう男はヤケクソになってベッドから跳び下り、鏡台の剃刀を取るより早くブツリと喉笛を掻き切ってしまう。
 主人の魔術者が吾輩の大成功を見て歓んだことは一通りでない。この勢いに乗じて、もう一人、日頃憎める若年の僧をやっつけてしまおうということになった。右の僧は彼が悪魔とグルになって悪事を働いていることを看取し、公然攻撃を開始したので、我々の方から云えば当然容赦し難き代物なのである。
 我々は早速彼に付き纏い、手を変え品を変えて悩ましにかかったが、先方が道心堅固なのでどうしても格別の損害を与えることが出来ない。百計尽きて吾輩は情事仕掛けで相手をひっかけてやる計画を立てた。村で一番の器量よしの少女-吾輩はそいつに憑依して、僧に対してぞっこん惚れさせることにした。彼女は何週間かに亙りて僧の後を付け回し、最後に懺悔にかこつけて僧の前に跪いて思いの丈を打ち明けた。ところが、この道にかけても案外堅い僧侶で、女の申し込みを素気無く拒否してしまった。女の方で悔し紛れに、今度は僧に対して盛んに悪評を触れ回した。
 この機に乗じて我々は夜な夜な僧を襲撃し、彼の耳元で盛んにこんな嫌がらせを囁いた。「コラッ!偽宗教の偽信者!今に見ろ、汝の化けの皮は剥がれるぞ。汝の恥は明るみに曝け出されるぞ。それが厭(いや)なら早く自殺せい!汝のような売僧は自殺するに限る!」
 が、いかに罵ってみても彼は純潔な生活を送りつつある立派な僧で、従って我々の呪詛の言葉を聞いてもさっぱり驚かない。我々が数週間に亙りてこんなことを続けている中に、先方ではとうとう気がついてしまった。
 「ああ読めた!汝達はかの魔術者の手先に使われている悪霊共じゃな。よしよし私が今より魔術者を訪問して戒告を与えてやる・・・」
 年若き層は手に十字架を携えて敢然として魔術者の住居に向かった。折りしも真っ暗な晩で、冷たい雨がポツリポツリと彼の面を打ち、時々稲光がしてゴロゴロと物凄い雷鳴が聞こえた。
 吾輩は勿論僧の後に付き纏い、一生懸命彼の耳元で脅かし文句を並べた。
 「汝、偽善者、見よ神は怒りて汝を滅ぼすべく電火を頭上に注ぎつつあるではないか!見よ空は黒ずんで汝の呪はれたる運命を睨みつめているではないか!死ね!死んで地獄へ行け!」
 しかし年若き層はビクともせず、ひたすら道を急いで魔術者の住居に辿り着き、コツコツと扉を叩いて案内を求めた。扉は内部から開かれたが、しかし暗い廊下には誰も居ない。彼は構わず奥へ進んで、第一室の扉を開きにかかったが錠が下りている。第二室も又そうであった。我々霊魂が先回りをしてこんなイタズラを試みていたのである。が、最後の室の扉だけはワザと錠を下ろしてない。
 僧はそれを開けて内部に入ると魔術者は薄暗い燈火をつけて彼の来るのを待っていた。年若き層は居丈高になって室の中央に突き立ちながら言葉鋭く魔術者を面罵した-が、魔術者の方ではフンともスンとも一言も発せず、ただジッと相手の顔を睨めつけていると、次第次第に僧の言葉は途切れがちになり、何やら物に襲われそうな面持ちをして、締まりのない格好をしてボンヤリ其処に立ち竦(すく)んでしまった。