自殺ダメ



 俄然として魔術者が口を開いた-
 「この馬鹿者!何だってここへ来やがった?汝はこれでいよいよ滅亡じゃ!」
 そう言って何やら呪いの文句を唱えた。同時に我々悪霊が寄ってたかってこの憐れな僧に武者振りついた。
 再び魔術者が叫んだ-
 「明日こそいよいよ汝の罪悪の広く世間に暴かれる日じゃ!俺の配下に二人の婦女がいる。そいつ達が、汝と出来合って、ここを密会の場所にしていたと、そう世間に自首して出る-今度こそいよいよ汝の急所を押さえた。いよいよもう逃げ道はない。生意気にも汝は俺の神聖な仕事にケチをつけ、悪魔と交通している、などと世間に言い触らした。不埒者めがッ!」
 僧は血涙を絞って叫んだ-
 「嘘だ嘘だ!そんな事は真っ赤な嘘だ!拙者は何らの罪悪も犯さない。拙者は冤罪を社会に訴え併せて汝が悪魔と取引していることを公然社会に発表してやる」
 「フフフフフどこにそんな戯言を信ずる馬鹿者があるものか!コレ大将もう駄目じゃ駄目じゃ!余りじたばたせずに大人しく往生したがよかろう」
 散々嘲りながら何やら重い物を僧に叩き付けたので、僧は気絶して床の上に倒れた。
 「まだ殺すのは早過ぎますぜ!」と吾輩は魔術者を制止した。「すっかり世間の信用を墜さしてからがいいです・・・・」
 「ナニ殺しはせぬ。こうしておいてこいつの体につけている品物を二つ三つ奪ってやるまでのことじゃ。先ず髪の毛が二、三本、それにハンカチ、時計の鎖にブラ下げている印形・・・。そんな品物を二人の婦女に渡しておけば色情関係のあったよい証拠物件になる」
 「それよりは」と吾輩が入り知恵した。「この坊主と女とを実際に引っ付けてやりましょう」
 「成る程そいつァ妙じゃ!」
 魔術者は大喜びで吾輩の提議に賛成した-が、その瞬間にパッと満室に注ぎ入る光の洪水で何もかもオジャンになってしまった。イヤその光の熱さと言ったら肉を溶かし、骨を焦がし、いかなるものでも突き透さずにはおかない。後で判ったが、この光は僧を守護する大天使から発するところの霊光なのであった。
 いつの間にやら天使は現場に近付いて、威容厳然、ラッパに似たる朗々たる声でこう述べるのが聞かれた-
 「神は抵抗の力を失える人間が悪魔の誘惑にかかるのを黙認している訳には行かぬ。これまで汝をして勝手にこの人物を苦しめさせたのは彼に対する一の試練であったのじゃ。彼をして首尾よくその誘惑に打ち勝たせん為の深き情けの神の鞭であったのじゃ。されど汝の悪事もいよいよ今日きりじゃ。汝の不義不正はその頂点に達した。即刻地獄の奥深く沈め!同時に地獄から逃れ出でたる汝悪霊、汝も又地獄に戻れ!汝が前に墜され居たる所よりも更に一段の深さまで・・・」
 そう述べる間もなく火焔は吾輩の体を焼きに焼いた。魔術者も又一とたまりもなく死んで倒れた。彼の霊魂は迅速にその肉体から分離し、そしてその幽体は烈々たる聖火の為に一瞬にして消散し去り、赤裸々の霊魂のみが一声の悲鳴を名残に、何処ともなく飛び去ってしまった。同時に吾輩も又無限の空間を通して下へ下へと計り知られぬ暗闇の裡に転落したのであった。
 最後にやっとある地点に留まり着いたが、それは吾輩のかつて君臨せる王国でもなければ又かの憎悪の大都市でもないのであった。そんな所よりはもっともっと下方、殆ど地獄の最下層に達していた-が、其処でどんな目に遭ったかという話は何れ又機会を見てお話しましょう-

 ワード氏はその時質問を発しました-
 「ちょっとお訊ねしますが、あなたが地上に出て来る時に体の色が赤黒かったというのはありァ一体どういう訳でございます?」
 「それは多分」と叔父さんが傍から言葉を出しました。「霊衣の色が赤黒かったのじゃろう。お前も知っとる通り霊衣というものはその時の感情次第で色が色々に変わる。赤黒いのは言うまでもなく憎悪の色じゃ」
 「それはそうと陸軍士官さん、あなたのお話は先へ進めば進むにつれて段々途方途徹もないものになってまいりますナ」とワード氏が重ねて言いました。「なかんずく今回の魔術者の物語ときてはいかにも飛び離れていますから、果たして世人がこれを聞いても信用するでしょうか?近頃魔術などというものはまるで廃れてしまっていますから、恐らくこんな話を真面目に受け取る者はないでしょうな・・・・」
 「イヤ世人が信用するかせんかは吾輩少しも頓着せん」と陸軍士官が答えました。「吾輩の物語は一から十まで皆事実談じゃ。この話をしておかんと吾輩次の物語に移る訳にいかん。吾輩がこの魔術者とグルになったればこそあんな地獄の最下層まで落ち込むことになったので・・・・」
 「そうじゃとも」と叔父さんが再び言葉を挟みました。「世間の思惑を心配して事実を曲げることは面白うない-しかし今日は時間が来た。お前は早う地上へ戻るがよい・・・」
 次の瞬間にワード氏は意識を失ってしまいました。