自殺ダメ



 これは1914年5月25日に見た霊夢の記事ですが、陸軍士官は相変わらず席に着くなりワード氏にこの物語をして聞かせたのでした-

 幾ばくの間吾輩がかの恐ろしい地獄の闇に閉ざされていたかはさっぱり見当が取れませんが、しかし自分にはそれが途方もなく長い年代に跨(またが)るように思われた。が、兎に角最後に吾輩は一の霊感に接した。吾輩の呂律の回らぬ祈祷でも神の御許に達したらしいのです。
 「神にすがれ。神より外に汝を救い得るものはない・・・・」
 そう吾輩に感じられたのである。
 が、神に縋(すが)るという事は当時の吾輩に取りて殆ど奇想天外式の感があった。吾輩の一生涯はいかにして神から遠ざかろうか-ただその事ばかりに惨憺(さんたん)たる苦心を重ねたものだ。なんぼかんでもその正反対の仕事をやるのにはあまりに勝手が違い過ぎるように思えて仕方がなかった。
 吾輩はとつおいつ思案に暮れた。どうすれば神に近づけるか?どうすれば海綿状の闇の中から脱出出来るか?自分は既に呪われたる罪人ではないか?
 すると最後に新しい考えが又吾輩の胸に閃いた-
 「祈祷に限る・・・」
 一旦はそう思ったが、しかし矢張り困った問題が起こった。吾輩はさっぱり祈祷の文句を覚えていない。祈祷のやり方さえも忘れてしまった・・・。
 散々苦しみ抜いた挙句に、丁度一の霊感みたいに吾輩の口から「おお神よ。我を救え・・・」という一語が吐き出された。
 一度言葉が切れてからは後は楽々文句が出た。吾輩は同一文句を何回となく繰り返した。
 それから続いてどんな事が起こったか。又どういう具合に地獄のドン底から上方に出抜けることになったか-これを地上の住人に判るように説明することは実に容易でない。何より当惑するのは適当な用語の不足で、地獄の経験を言い表す文句を見出すことは実に至難中の至難事であります。
 それはそうと、祈祷の効験は誠に著しいもので、何とも言い知れぬ一種心地良き温味がボーッと体中に行き亘って来た。それが段々強烈になって、最後には少々熱過ぎる位・・・。とうとう体に火がついたようになってしまった。祈れば祈るほど熱くなるので、暫く祈祷を中止したりした。
 熱さに続いてはやがて又一の新しい妙な感じに接した。それは吾輩の体の重量が少しずつ軽くなることで、同時に自分は海綿状の闇の中をフワリフワリと上の方へ昇り始めた。あんなお粗末な祈祷でも吾輩の体にこびりついた粗悪分子を少しずつ焼き尽くし、その結果自然に濃厚な闇の裡(うち)には沈んでおれなくなったらしいので・・・。
 昇り昇って最後に吾輩は闇を通して黒いツルツルした岩が突き出しているのを認めた。地上とは大分勝手が違うから説明しにくいが、地獄の底は言わば深い闇の湖水で、四方には物凄い絶壁が壁立しているのだと思ってもらえば大体見当がつくであろう。
 兎に角吾輩はこの黒光りする岩を認めるや否や、溺るる者は藁一筋にも縋(すが)るの譬(たとえ)に漏れず直ちにそれにしがみつこうとしたが、それが中々難しい。幾度となく足を踏み滑らして尻餅をつくのであった。
 祈祷の有り難味はもう充分判っているので、吾輩は再びそれに頼った-
 「おお神よ、首尾よくこの闇より逃れるべく御力を貸し給え・・・」
 そう述べるより早く吾輩が今まで乗っていた闇の湖水が急に揺す振れ出して、大きな浪が周囲に渦巻き、吾輩を一と呑みにしそうな気配を見せた。が、予想とは反対に、吾輩の体は浪の為に岩の上まで打ち上げられてしまった。吾輩みたいな者でも、芽を吹き出した信仰のお陰で黒く濁った地獄の水に浸っているのには重量が不足になったものらしい・・・。