自殺ダメ
「私の方では」と解剖台の女は言葉を続けた。「無論あのユダヤ人が所持金の殆ど全部を銀行に預けてあることをチャーンと承知しています。けど、元々復讐をしてやりたいのがこっちの腹ですからガストンにはそうは言いません・・・」
「ガストンて、君の情夫の名前かね?」
「当たり前だわ」と彼女は済ましたもので、「ガストンにはユダヤ人がどこかに金子を隠してあるように言い聞かせてあります。「お前さん何を愚図愚図しているの!さっさと白状させておやんなさいよ!」そう私が言ってユダヤ人の眼の前で散々拳固を振り回して見せてやりましたの。
そうするとみんなが寄ってたかって猿轡(さるぐつわ)を外し、同時に一人の男が短刀をユダヤ人の喉元に突きつけました。
「コラッ早く金子の所在地を白状しろ!」
とガストンが激しく叫びます。
「金子は残らず銀行に預けてあります。家にはホンの二百フランしかありません。下座敷のタンスの一番上の引き出しに入っています・・・」
とユダヤ人が本音を吐きます。
「この嘘つきめっ!家の何処かに二万五千フラン隠してあるくせに!」
と私が叫びます。
「これこれ、お前はニニイじゃないか?」
とユダヤ人がびっくりする。
「当たり前さ」と私が答える。「今夜はいつかの仇を取りに来たのだからね、愚図愚図言わないで早く金子を吐き出しておしまいよ。そうしないと後で後悔することが出来るよ」
「と・・・・とんでもない奴に見込まれた・・・」
ユダヤ人の爺さん、何やらくどくど文句を並べかけたので、私はいきなり、爪先で先方の顔をガリッと引っかいて、
「済まなかったわネ」
と言ってやりましたの。痛がってユダヤ人が喚き立てようとしましたので、ガストンが早速又その口を猿轡で塞いじまいました。
「どうもべらぼうに暇潰しをしちゃった」とガストンが言いました。「その炭火をここへ持って来い!」
仲間の数人と私とで爺さんを捕まえて、爺さんの素足を炭火の中にくべると、他の二、三人がしきりにそれを吹き起こす・・・間もなく炭火は紫の火焔を立ててポッポと燃え出して来ました。爺さん苦し紛れに一生懸命体を捩(よじ)りましたが、勿論声は出はしません。そうするとガストンが、
「ここいらでもう一度吟味するかな」
と言いますから、両足を火の中から引っ張り出してやりましたが、両足共こんがりと狐色に焦げていましたわ。口から猿轡を外しておいてガストンが叫びました-
「金子を出せ!早くせんと許さんぞ!」
爺さん蚊の鳴くような声で、
「金子が若しここに置いてあるなら直ぐに出します。金子さえあったら、こ・・・こんな酷い目にも遭わずに済んだであろうに・・・・か・・・堪忍しておくれ・・・」
しかしガストンはそれを聞いてますますむかっ腹を立て、手荒く猿轡を爺さんにかませておいて、
「こいつの言うことは本当かしら・・・」
と私に訊くのです。
「嘘ですよ!」
と私が叫ぶ。
「そんならもう一度火にくべろ!」
再び火炙りの刑が始まりました。が、俄(にわ)かに見張りの男が室内に駆け込んで来てけたたましく叫び立てる-
「早く早く!警察から手が回った!」
さぁ大変だというので、一人は扉を開けて逃げる。一人は窓から跳び出す。一人は雨筒をつたって降りる-けど私はガストンの腕を押さえて言いましたの-
「馬鹿だねお前さんは!こんなものを生かしておくと直ぐ犯人が判るじゃないの!」
「全くだ!」
そう言ってガストンは振り返ってユダヤ人の喉笛をただ一刀にひっ切りました。
私達はその場は首尾よく逃げ延びましたが、それから間もなくガストンはある晩酔った弾みに私のことをナイフで刺し殺したんです。それから段々順序を踏んで、御覧の通り只今はこんな所でこんな酷い目に遭わされているのでございますの・・・」
「私の方では」と解剖台の女は言葉を続けた。「無論あのユダヤ人が所持金の殆ど全部を銀行に預けてあることをチャーンと承知しています。けど、元々復讐をしてやりたいのがこっちの腹ですからガストンにはそうは言いません・・・」
「ガストンて、君の情夫の名前かね?」
「当たり前だわ」と彼女は済ましたもので、「ガストンにはユダヤ人がどこかに金子を隠してあるように言い聞かせてあります。「お前さん何を愚図愚図しているの!さっさと白状させておやんなさいよ!」そう私が言ってユダヤ人の眼の前で散々拳固を振り回して見せてやりましたの。
そうするとみんなが寄ってたかって猿轡(さるぐつわ)を外し、同時に一人の男が短刀をユダヤ人の喉元に突きつけました。
「コラッ早く金子の所在地を白状しろ!」
とガストンが激しく叫びます。
「金子は残らず銀行に預けてあります。家にはホンの二百フランしかありません。下座敷のタンスの一番上の引き出しに入っています・・・」
とユダヤ人が本音を吐きます。
「この嘘つきめっ!家の何処かに二万五千フラン隠してあるくせに!」
と私が叫びます。
「これこれ、お前はニニイじゃないか?」
とユダヤ人がびっくりする。
「当たり前さ」と私が答える。「今夜はいつかの仇を取りに来たのだからね、愚図愚図言わないで早く金子を吐き出しておしまいよ。そうしないと後で後悔することが出来るよ」
「と・・・・とんでもない奴に見込まれた・・・」
ユダヤ人の爺さん、何やらくどくど文句を並べかけたので、私はいきなり、爪先で先方の顔をガリッと引っかいて、
「済まなかったわネ」
と言ってやりましたの。痛がってユダヤ人が喚き立てようとしましたので、ガストンが早速又その口を猿轡で塞いじまいました。
「どうもべらぼうに暇潰しをしちゃった」とガストンが言いました。「その炭火をここへ持って来い!」
仲間の数人と私とで爺さんを捕まえて、爺さんの素足を炭火の中にくべると、他の二、三人がしきりにそれを吹き起こす・・・間もなく炭火は紫の火焔を立ててポッポと燃え出して来ました。爺さん苦し紛れに一生懸命体を捩(よじ)りましたが、勿論声は出はしません。そうするとガストンが、
「ここいらでもう一度吟味するかな」
と言いますから、両足を火の中から引っ張り出してやりましたが、両足共こんがりと狐色に焦げていましたわ。口から猿轡を外しておいてガストンが叫びました-
「金子を出せ!早くせんと許さんぞ!」
爺さん蚊の鳴くような声で、
「金子が若しここに置いてあるなら直ぐに出します。金子さえあったら、こ・・・こんな酷い目にも遭わずに済んだであろうに・・・・か・・・堪忍しておくれ・・・」
しかしガストンはそれを聞いてますますむかっ腹を立て、手荒く猿轡を爺さんにかませておいて、
「こいつの言うことは本当かしら・・・」
と私に訊くのです。
「嘘ですよ!」
と私が叫ぶ。
「そんならもう一度火にくべろ!」
再び火炙りの刑が始まりました。が、俄(にわ)かに見張りの男が室内に駆け込んで来てけたたましく叫び立てる-
「早く早く!警察から手が回った!」
さぁ大変だというので、一人は扉を開けて逃げる。一人は窓から跳び出す。一人は雨筒をつたって降りる-けど私はガストンの腕を押さえて言いましたの-
「馬鹿だねお前さんは!こんなものを生かしておくと直ぐ犯人が判るじゃないの!」
「全くだ!」
そう言ってガストンは振り返ってユダヤ人の喉笛をただ一刀にひっ切りました。
私達はその場は首尾よく逃げ延びましたが、それから間もなくガストンはある晩酔った弾みに私のことをナイフで刺し殺したんです。それから段々順序を踏んで、御覧の通り只今はこんな所でこんな酷い目に遭わされているのでございますの・・・」