自殺ダメ


 この章の前半は1914年6月13日に出た自動書記、又後半は同22日の夜の霊界訪問の記事であります。心の光と闇との深刻な意義がよくよくここに味わわれます。

 さて吾輩は病院で酷い目に遭わされてから、ますますこんな境涯から早く脱出したくてしようがなくなった。そこで吾輩はごろ石だらけの地面に跪いて一心不乱に祈祷を捧げた。と、最後に救いの綱がようやくかかったが、しかしその手続きは全然自分の予想とは違っていた。
 吾輩が最初に認めたのは一点の光・・・。然り、それは正真正銘の真の神の御光であった。あのイヤに赤黒い、毒々しい地獄の火とはまるきり種類の違った、白い、涼しい、冴え渡った天上の光なのであった。その懐かしい光が次第次第に自分の方に近付いて来る・・・・。
 ふと気が付いて見ると、それはただの光ではなく、一人の人の体から放散される光明であることが判った。こりゃきっと天使だ-そう思うと同時に思わず両手を前方に突き出して、心からの祈祷を捧げた。
 が、天使の姿が歩一歩自分に接近する毎に自分は激しい疼痛(とうつう)を感じて来た。清き光がキューッとばかり吾輩の魂の内部まで突き透る・・・。とても痛くてたまらない。とうとう吾輩は我を忘れて悲鳴を挙げた-
 「待・・・待ってください!熱ッ!熱ッ!」
 するとたちまち銀のラッパの音に似た朗々たる言葉が響いて来た-
 「汝の切なる願いを容れ、福音を伝えん為に出て参った者じゃ。全ての進歩には苦痛が伴う。汝とてもその通り、汝の魂を包める罪悪の汚れを焼き払う為の苦しみを逃れることは出来ぬ。地獄に留まる時は永久の苦悩、これに反して天使の後に従う時は一時の苦悩、そして一歩一歩向上の道を辿りて、やがては永遠の光の世界に出抜けることが出来る・・・」
 「お伴をさせて頂きます」と吾輩は嬉し涙に咽(むせ)んだ。「近頃の私は痛い目には慣れっこになっております。どうぞ御導きください。私の身に及ぶ限りの事は何なりともいたします・・・」
 「宜しい導いてつかわす。離れたままで余の後について来るがよい。光は闇を照らす。されど闇は光を包み得ない・・・」
 吾輩は遠く離れて光の所有者の後に従った。途(みち)は段々爪先上がりになって、石だらけの山腹を上へ上へと上り詰めると遂に一草一木の影もなき山頂に達した。山の彼方を見れば、其処には渺茫(びょうぼう)たる一大沼沢(しょうたく)が横たわり、その中央部を横断して、所々途切れがちに細い細い一筋の路が見え隠れに延びている。四辺には濃霧が立ち込め、ただ件の道路の上が多少晴れ上がっているばかり・・・。
 光の主はこの心許なき通路をば先へ先へと進んで行った。吾輩はその身辺から放射する光の痛さに耐えかねて、ずっと後れて行くのであるが、しかしそのお蔭で足元だけははっきり照らされるのであった。
 と、俄(にわ)かに闇の中から凶悪無惨な大怪物が朦朧と現れ出でた。「こいつは憎悪の化現だな」-吾輩は本能的にそう直感したのであるが、そいつが我々の通路を遮って叫んだ-
 「一度地獄の門を潜った者が逃げ出すことは相成らぬ。元来た道へ引き返せっ!それをしないと沼の中へ投げ込むぞ!」
 けれども光の主は落ち着き払ってこれに答えた-
 「妨げすな。汝はこのしるしが判らぬか!」
 そう言って片手に高く十字架を掲げた。すると悪魔はジリジリと後ずさって、とうとう道路から追い立てられ、沼の上をあちこちうろつき回った。
 が、光の主が通り過ぎたと見ると、怪物はたちまち吾輩の方向に突進して来て我々二人の連絡を断ち切った。
 恐怖のあまり吾輩は後ろを向いて逃げ出したが、光の主が引き返して来たので、怪物は又もや沼の上へと逃げ去った。
 その時吾輩は初めて光の主から自分の手を握られたが、イヤその時の痛かったこと!まるで活きている火の凝塊みたいに感ぜられた。そのくせ後で調べてみると、この光の主というのは霊界の上層からわざわざ地獄に降りて来て救済事業に従事している殊勝な人間の霊魂に過ぎないのであった。
 が、暫く過ぎると吾輩の体から邪悪分子が次第に燃え尽くし、それと同時に痛みが少しずつ和らいで行った。
 とうとう無事に沼沢の境を通り過ぎ、とある一大都市の門前に出た。
 「これが所謂愛欲の市じゃ」と吾輩の案内者が説明してくれた。「地獄に堕ちて愛欲の奴隷となっている者は悉くここに集まっている。金銭欲、飲食欲、性欲、そんなものがこの市で幅を利かせている。汝はこの都市を通過して一切の誘惑に打ち勝たねばならぬ。若しそれに負けるが最後、汝は少なくとも暫しの間この境涯に留まらねばならぬ。これに反して若しも首尾よく誘惑に打ち勝てばすらすらと上の境涯に昇り得る。但し上の境涯に昇るにつけては、自分だけでは済まない。他に誰かを一人助け出すべき義務がある-イヤ余はここで汝と別れる。憎悪の市から人を救うだけが余の任務なのじゃ・・・」