自殺ダメ
我々二人は連れ立って、成るべく目立たぬように市を通過した。折々呑んだ暮れ連が酒亭から街路へ跳び出して来る。中には知らん顔をしているのもあるが、中には又一緒になって騒ごうと、しつこく自分達を引っ張るのもある。又たまには、我々の周囲に輪を作って踊り狂う奴もある。一番手こずったのは四人連れの乱暴者で、同伴の婦人をとっ捕まえて、嫌がるのを無理に連れて行こうとしやがった。吾輩は後を追いかけて、忽ちその中の二人を殴り倒してやると、他の二人はびっくりして女を放り出して逃げた。ついでに言っておくが吾輩の連れの女の名はエーダというのである。
段々歩いて行くと、ある所では一群の盗人が一軒の家に押し入ろうとしていた。又とある人混みの市場を通ると、其処では一人の男がしきりに大道演説をやっていた。何を喋っているのかと思って足を停めて聞いてみれば、地獄から天国までの鉄道を敷設するのでこれから会社を起こす計画だと言うのであった。
聴衆の多くは天国などがあってたまるものかと罵っていたが、それでも中には、他愛もなくその口車に乗ってこれに応募する連中も居た。
ある所には又一つの新聞社があった。折から丁度朝刊が発行されたところなので、念の為に一枚買い取って眼を通して見ると、先ず次のような標題が目についた-
△二人の宣教師の捕縛-これは他の地方から入り込んだ間諜の動静を書いた記事で、平和のかく乱者として厳しく弾劾してあった。
△地獄の侵入者-これは死んで地獄に送られた人々の名簿で、特に知名の人達につきてはその会見記事が掲載してあった。
△徳義の失敗-これはエスモンドという作者の新作劇で、近頃大評判であるとの紹介記事。其の外競馬だの、新会社の設立だの、駆け落ちだのの記事が掲載されていた。
いよいよ市を脱出するとエーダは急に心細がり出した。
「まぁ何て寂しいところでしょう!」彼女は戦慄して「あたし怖いわ!戻りましょうよ」
「馬鹿な!」と吾輩が叫んだ。「こんな所で兜を脱ぐようなことでどうなります!一緒にお出でなさい。アレあすこに光明が見えるじゃないか!」
休憩所から漏れる一点の光明はいくらかエーダの元気を引き立てるべく見えた。
「ホンに何て綺麗な星でしょう!私死んでからただの一度も星を見た事がありませんわ」
彼女は震えながら言うのであった。「早くあすこまで行きましょうよ」
我々は一歩一歩にそれに近付いたが、やがてその光が烈しくなると彼女は又も躊躇い出した。
「アラ痛くてたまらないわ!近寄れば近寄る程痛くなるわ」
「なんの下らない。これ位の我慢が出来なくてどうなります!吾輩などはまだまだ百層倍も辛い目に遭って来ている。あの光のお蔭で体の塵埃が少しずつ除かれて行くのだ。有り難い話だ・・・」
吾輩が一生懸命慰め励ましたので、彼女もやっと気を取り直し、とうとう休憩所の入り口まで辿り着いた。
その光の為に我々は一時盲目になったが、しかし親切な天使達の手に握られて無事に室内に導かれた。
それから彼女と引き離され、吾輩だけただ一人その建物の中で一番暗い部屋に入れられた。後で調べてみると、この部屋の暗いのは窓が開け放たれ、其処から戸外の闇が海の浪のように、ドンドン注ぎ込むからであった。
我々二人は連れ立って、成るべく目立たぬように市を通過した。折々呑んだ暮れ連が酒亭から街路へ跳び出して来る。中には知らん顔をしているのもあるが、中には又一緒になって騒ごうと、しつこく自分達を引っ張るのもある。又たまには、我々の周囲に輪を作って踊り狂う奴もある。一番手こずったのは四人連れの乱暴者で、同伴の婦人をとっ捕まえて、嫌がるのを無理に連れて行こうとしやがった。吾輩は後を追いかけて、忽ちその中の二人を殴り倒してやると、他の二人はびっくりして女を放り出して逃げた。ついでに言っておくが吾輩の連れの女の名はエーダというのである。
段々歩いて行くと、ある所では一群の盗人が一軒の家に押し入ろうとしていた。又とある人混みの市場を通ると、其処では一人の男がしきりに大道演説をやっていた。何を喋っているのかと思って足を停めて聞いてみれば、地獄から天国までの鉄道を敷設するのでこれから会社を起こす計画だと言うのであった。
聴衆の多くは天国などがあってたまるものかと罵っていたが、それでも中には、他愛もなくその口車に乗ってこれに応募する連中も居た。
ある所には又一つの新聞社があった。折から丁度朝刊が発行されたところなので、念の為に一枚買い取って眼を通して見ると、先ず次のような標題が目についた-
△二人の宣教師の捕縛-これは他の地方から入り込んだ間諜の動静を書いた記事で、平和のかく乱者として厳しく弾劾してあった。
△地獄の侵入者-これは死んで地獄に送られた人々の名簿で、特に知名の人達につきてはその会見記事が掲載してあった。
△徳義の失敗-これはエスモンドという作者の新作劇で、近頃大評判であるとの紹介記事。其の外競馬だの、新会社の設立だの、駆け落ちだのの記事が掲載されていた。
いよいよ市を脱出するとエーダは急に心細がり出した。
「まぁ何て寂しいところでしょう!」彼女は戦慄して「あたし怖いわ!戻りましょうよ」
「馬鹿な!」と吾輩が叫んだ。「こんな所で兜を脱ぐようなことでどうなります!一緒にお出でなさい。アレあすこに光明が見えるじゃないか!」
休憩所から漏れる一点の光明はいくらかエーダの元気を引き立てるべく見えた。
「ホンに何て綺麗な星でしょう!私死んでからただの一度も星を見た事がありませんわ」
彼女は震えながら言うのであった。「早くあすこまで行きましょうよ」
我々は一歩一歩にそれに近付いたが、やがてその光が烈しくなると彼女は又も躊躇い出した。
「アラ痛くてたまらないわ!近寄れば近寄る程痛くなるわ」
「なんの下らない。これ位の我慢が出来なくてどうなります!吾輩などはまだまだ百層倍も辛い目に遭って来ている。あの光のお蔭で体の塵埃が少しずつ除かれて行くのだ。有り難い話だ・・・」
吾輩が一生懸命慰め励ましたので、彼女もやっと気を取り直し、とうとう休憩所の入り口まで辿り着いた。
その光の為に我々は一時盲目になったが、しかし親切な天使達の手に握られて無事に室内に導かれた。
それから彼女と引き離され、吾輩だけただ一人その建物の中で一番暗い部屋に入れられた。後で調べてみると、この部屋の暗いのは窓が開け放たれ、其処から戸外の闇が海の浪のように、ドンドン注ぎ込むからであった。