自殺ダメ



 我々は暫く歩いて行く中に、やがて一つの洞穴に達した。見ればその内部には沢山の熟睡者がいた。試みにそれを呼び覚まそうとしてみたが、とても起きる模様がない。
 この一事は少なからず吾輩を驚かした。今までの所では、地獄に住む者でただの一人も眠っている者を見掛けたためしがない-肉体がないから従って睡眠の必要はないのである。
 で、不審の余りその理由を守護神に質問してみた。もうこの時には自分と先方との距離はそう遠くもなかったのである。
 守護神は悲しげにこう答えた-
 「我が兒(こ)よ、これ等は生時に於いて死後の生命の存続をあくまでも頑強に否定すべく努めた人々の霊魂なのじゃ。何れも意思の強固な者ばかりで、若しも信仰の念さえあったなら、相当に世を益し人を助けることが出来たであったろうに、ただその点だけ魂の入れどころが違っていたばかりに、人を惑わし、同時に自分自身も死後自己催眠式に昏睡状態に陥ってしまったのじゃ。この眠りは容易には覚めない。彼等は幾代幾十代となくこうして眠っているであろう。その間に器量から云えば、彼等よりも遙かに劣り、中には地獄の底まで沈んだ者でも前非を悔いてずんずん彼等を追い越して向上して行くであろう」
 「こりゃ実に恐ろしい御話です。呼び覚ます方法はないものでしょうか?」
 「多大の年代を経過すれば自然とその呪いの力は弱って来る。その時天使達が降りて来て何かと骨を折ってくだされば、彼等の長い長い夢も初めて覚めるであろう」
 その内我々は断崖絶壁ばかり打ち続ける地方に到着した。暫く崖の下をさ迷うていると、行く手に一條の狭い、ツルツルした階段が見え出した-と、丁度その時唐突に一人の男が空中から舞い下がって来てすぐ自分達の前に墜落した。が、その人はそのまま飛び起きて闇の中に逃れ、何処ともなく行方を失ってしまった。
 「あれは一体何者でございますか?」と吾輩がびっくりして訊ねた。
 「あれは上の第六境で、規律を破った為に追放された者じゃ。第六境の居住者は大変風儀品格を尊重する人達で、若しもその禁を犯して彼等の怒りを買えば、忽ち追放処分を受ける。第六境の居住者の最大欠点は、自己ばかりが飽くまで正しいものと思い詰めることで、しきりに自己の隣人を批判して讒謗誹毀(ざんぽうひき)を逞しうする事が好きじゃ。いや然しもうあそこに休憩所の光が見え出した。いかなる種類の人間が第六境に住んでいるかは汝自身で調べるがよかろう」
 我々はそれで話を切り上げ前面の長い長い階段を一歩一歩に登りかけたが、イヤその苦しさと云ったらなかった。しかし灯台の光は次第次第に強く我々の前途を照らした。無論その光は身に滲みて痛いには相違なかったが、ここぞと覚悟を決めてとうとう天使達の設置してある休憩所まで辿り着いてしまった。