自殺ダメ



 1914年9月12日、陸軍士官はワード氏の肉体を占領して、自動書記の形式でその身の上話の結末をつけました-
 その内吾輩が学校を出る時節が到着した。又してもあの闇の中に潜り込むのかと思うと恐ろしくてとても堪らぬ気がしたが、怯む心を取り直して思い切って案内を頼んだ。
 さて我々が地獄から出るのにはあのLさんが往来した楽な道路を取ることは許されない。絶壁の側面についている大難路を登らねばならぬのであるが、それは大抵の骨折りではないのです。
 我々は休憩所を出てから右に折れ、暫く幅広き山脈に沿うて進んだ。一方は第六境に導くところの深い谷であり、他方は見上げるばかりの絶壁である。闇は今迄よりも一層深く感ぜられたが、恐らくそれは在学中光明に熟(な)れた為であるらしかった。
 我々がとある洞穴の前を通りかかった時に醜悪なる大入道が飛び出して叫んだ-
 「止まれ!何人も地獄から逃げ出すことは相成らぬ!」
 が、彼が吾輩に手を触れ得る前に守護神が振り向いて十字を切ったので、キャーッ!と言いながら悪臭粉々たる洞穴の中に逃げ込んでしまった。
 それからの難行は永久に吾輩の記憶に刻まれて残るに相違ない。登って行くのは殆ど壁立せる断崖であるが脚下の石ころは間断なくズルズルと滑り落ち、一尺登って一丈も下がる場合も少なくない。
 その間に守護神はいかにも軽そうにフワフワと昇って行かれ、いつも二、三歩ずつ吾輩の先に立ちて、その体から放射する光線で道を照らしてくだすった。
 やがて止まれと命ぜられたので、吾輩は喜んでその通りにした。我々の到着したのは一の狭い平坦地であった。吾輩の両眼は其処でしっかりと包帯で縛り付けられた。守護神はこう言われた-
 「汝の弱い信仰では半信仰の境涯の夕陽の光もまだ暫くは痛いであろう・・・」
 それから再び前進を続けた。が、とある絶壁に突き当たった時にいよいよ何としても登れない。すると守護神はこう言われた-
 「恐れるには及ばぬ。余が助けてこの最後の難関を通過させてつかわす。これでいよいよ汝の長い長い地獄の旅も終わりに近付いた」
 次の瞬間に吾輩は、守護神から手を引いてもらってとうとう絶壁の頂点の平坦地に登り詰めてしまった。
 が、其処の明るさ、眩しさ!包帯をしているにも係わらず、その苦痛は実に強烈で、さすがの吾輩も地面の上をゴロゴロと転がったものだ。それから後の話はあなた方がもう御承知だ。Pさんが来て我輩をLさんに紹介してくださる・・・。Lさんの周旋でワードさんの体を借りて地上との交通を開く・・・。意外なことになってしまいました。
 これで吾輩の通信事業はいよいよ完結を告げました。吾輩はこれから他の霊魂達と共に幽界へ出動せねばなりません。幽界では国家の為に生命を捧げた軍人達の救済に当たるつもりであるが、幸い吾輩は幽界の事情も地獄の状況も充分心得ていますから、相当目覚ましい働きをし得るつもりです。その内には昔の戦友などにも会えるかも知れません。
 Pさんは又々地獄に降りて救済事業に当たられ、僧侶さんは既に『火の壁』を突き抜けて第五界へと進級され、今又吾輩が幽界に出動することになりましたから、Lさんの所は当分寂しくなる訳です。
 これで皆さんにお別れ致します。