自殺ダメ


 三十分間休憩の後、今度は質問抜きで自動書記が開始されました。時に午後六時半。
 先刻ワシは面白い人物に会ったとお前に言ったが、その人物は今ワシの直ぐ傍に来ている。元は立派な身分の方で、籍を陸軍に置いていたが、何か背徳の行為があったので、陸軍から除名処分を受けた。手始めに彼は一人の処女と結婚してその財産を巻き上げた。それからインドに行って、ここでも又一人の婦人を騙して金を絞り上げ、又一人の土人を殺害した。婦人の件は官憲に見つけられたが、土人の件は闇から闇へ葬られた。それから英国へ戻って泡沫会社の製造を企み、散々貧乏人の金銭を巻き上げた挙句に法網に触れて、五年の懲役を言い渡された。妻の方から離婚の訴訟を起こして、その通りになったのは在監中のことであったそうな。
 監獄を出ると早速賭博場を開いた。が、それも忽ち世間に漏れて、方々の倶楽部から除名処分を受けた。今度は何やらの発明をした青年を抱きこみ、暫くその提灯持ちをしていたものの、よくよく契約証書に調印という段取りに進んだ時に、ロンドンのストランド街で自動車に轢き殺されたのじゃが、この人物がお前の体を借りて自動書記をやりたいと言うのじゃ。暫くやらせてみることにしよう・・・」
 ここまで書いた時に筆跡ががらり一変して、速力が非常に加わり、同時にワード氏の態度までがまるで別人のようになりましたので、傍についているK夫妻は余程驚いたということであります。
 さてその文句はこうでした-
 「吾輩がちょっとこの肉体を借りてみたが、中々上手く行きません。吾輩は面白半分試しているだけである。吾輩は生前野獣のような生涯を送った者じゃ。その罪滅ぼしの出来ることがあれば、何か一つやりたいと思う。吾輩には自動書記がまだ上手く出来ない。吾輩は生前大失敗の歴史を残した。しかしL氏の助力を以って、必ずその取り返しをやる。これでL氏に体を譲る・・・・」
 叔父のLが交替して、次の文句を書き続けました-
 「事によると、只今の人物がお前の体を疲らせたかも知れん。ワシも未熟だが、この人ときては尚更未熟である。霊界で修業を積んでいないのでどうも荒くていけない・・・・。何しろ極度の刑罰から脱け出して来たばかりで、只今のところでは精神が少しも落ち着いていないが、これでも霊界の穏やかな空気に浸っておれば段々立派なものが書けるようになるだろう。当人は早く何か善い事をしたいと言って一生懸命焦っているものだから、ワシの方でも止むを得ずちょっとやらせてみることになったのじゃ。後日機会を見て、変化に富んだその閲歴を述べさせることにしましょう。ワシのとはまるきり種類が違っているから面白い。霊界へ来たのは却ってワシよりも先輩じゃ。死んだのは確か1905年(明治38年)で、乗合自動車が初めて運転を開始した時分じゃと言っている。イヤこの人の風評ですっかり時間を潰してしまった。今日はこれで終わりじゃ」
 それが済んだのは午後七時半でした。ちなみに右の陸軍士官の死後の体験は本書の後編に纏められてあります。