自殺ダメ
ワード氏が右の霊夢を見てから五日目の一月三十日、午後二時半頃、ブランシ-ワード氏の愛嬢で当時五歳(詳しくは四年三ヶ月)の女児-に不思議な現象が起こりました。
その時ブランシは食堂の窓に乗り出して庭を見ていたのですが、急に「お祖父さまが見える!」と騒ぎ出しました。お祖父さまは例の黒い頭巾を被って、フワフワ空から降りて来て、何やら優しい言葉をかけながら、彼女の手首を握って空中へ引き上げる真似をする。彼女が手首を引っ込めると、お祖父さまはそれを放してあちこちと庭を歩き回り、やがて家の後ろの丘に登り、其処にある大きな岩の上から邸宅中を見下ろしている・・・。
ざっとこういったことをばブランシは一生懸命、指差しながら、折から部屋に居合わせた母親に説明するのでした。その態度がいかにも真面目なので、母親もこれには少なからず感動されたそうであります。なおその晩父のワード氏が戻って来ると、ブランシは詳しくその話を繰り返して聞かせました。彼女は祖父に向かって「おぢいさま今日は・・・・」と挨拶すると、おぢいさまはにっこり微笑みをもらし、じっと彼女を見つめたそうであります。
その翌日はシェッフィールドに於けるK氏の住宅で例の自動書記が行なわれましたが、その際右の一些事が質問の種子になりました。当日の質問は左の二ヶ条でした-
一、先日御紹介の陸軍士官の姓名は何と申しますか?
二、あなたは金曜日にあなたのお姿をブランシの眼にお見せになりましたか?
之に対する自動書記の文句は左の通りに現れました。勿論ワード氏に憑って来たのは叔父さんのL氏であります-
「今日は第二の質問から片付けてしまおう。ワシはブランシに会いました。ワシはお前の住宅を一度も見たことがないので、ちょっと行って見る気になったのじゃ。そうすると何時の間にやら其処へ引かれて行った・・・。ブランシの言っていることは少しも違っていません。
それから第一の質問に移るが、どうも困ったことには先方では姓名は絶対に名乗ろうとしない。それには相当の理由もあるようじゃ。しばらくワシが退いて当人自身に憑ってもらって説明させることにしよう。ワシが側に控えているから危ないことは少しもない。安心しているがよい・・・」
K氏は例の通り立会人としてこの自動書記の状況を監視していたのですが、筆記がここまで進んだ時にワード氏の容貌態度等がガラリ一変して、気味の悪いほど興奮した状態になり、鉛筆の持ち方までも変わって来たのでした。その筆跡の相違して来たことも勿論であります。現れた文字は次のようなものでした-
「吾輩は只今L氏から紹介に預かった陸軍士官であるが、姓名を名乗れとはもっての外である。そんなことは絶対にご免被りたい!」
けんもほろろの挨拶で、これが若し人間同志の談判であるなら満面朱を注ぎ、怒髪冠を突くと云った按配であったでしょう。文字はなお続いた-
「しかし吾輩が姓名を隠すについては其処に相当の理由がある。こう見えても吾輩は人の親である。吾輩に一人の娘がある。娘が吾輩如き悪漢の血汐を受けているだけでそれで充分である。その上殺人犯人の娘であると世間に謳わせるのは余りに惨酷じゃ。吾輩が人を殺したことはまだ地上の何人にも知れていない。然るに若しもこの秘密が自動書記ですっぱ抜かれるが最後、誰がそんな者の娘と結婚する者があろう?そんな可哀相なことが出来ますか?娘ばかりか吾輩には妻もある。その身の上も考えてやる義務がある。吾輩の自動書記が無名であるので価値がないと言うのなら勝手にお止めなさい。しかしそんなことをすれば結局あなた方の損害でしょう。吾輩は言うだけ言ったからこれでL氏と交代する・・・」
ここでワード氏の態度が一変して元の叔父さんの態度になり、次の文句が書き付けられました。
「どうも只今の陸軍将校が姓名を名乗ってくれないのは残念じゃが、しかしあの人の言うことにはもっともなところがあるから、いかに学問の為とはいえ無理にという訳にも行くまい。今回はこの辺で一くさりつけておいて、次回にはワシが憑って、ワシの死んだ時の詳しい物語を書くことにしましょう-これで三十分間の休憩・・・」
ワード氏が右の霊夢を見てから五日目の一月三十日、午後二時半頃、ブランシ-ワード氏の愛嬢で当時五歳(詳しくは四年三ヶ月)の女児-に不思議な現象が起こりました。
その時ブランシは食堂の窓に乗り出して庭を見ていたのですが、急に「お祖父さまが見える!」と騒ぎ出しました。お祖父さまは例の黒い頭巾を被って、フワフワ空から降りて来て、何やら優しい言葉をかけながら、彼女の手首を握って空中へ引き上げる真似をする。彼女が手首を引っ込めると、お祖父さまはそれを放してあちこちと庭を歩き回り、やがて家の後ろの丘に登り、其処にある大きな岩の上から邸宅中を見下ろしている・・・。
ざっとこういったことをばブランシは一生懸命、指差しながら、折から部屋に居合わせた母親に説明するのでした。その態度がいかにも真面目なので、母親もこれには少なからず感動されたそうであります。なおその晩父のワード氏が戻って来ると、ブランシは詳しくその話を繰り返して聞かせました。彼女は祖父に向かって「おぢいさま今日は・・・・」と挨拶すると、おぢいさまはにっこり微笑みをもらし、じっと彼女を見つめたそうであります。
その翌日はシェッフィールドに於けるK氏の住宅で例の自動書記が行なわれましたが、その際右の一些事が質問の種子になりました。当日の質問は左の二ヶ条でした-
一、先日御紹介の陸軍士官の姓名は何と申しますか?
二、あなたは金曜日にあなたのお姿をブランシの眼にお見せになりましたか?
之に対する自動書記の文句は左の通りに現れました。勿論ワード氏に憑って来たのは叔父さんのL氏であります-
「今日は第二の質問から片付けてしまおう。ワシはブランシに会いました。ワシはお前の住宅を一度も見たことがないので、ちょっと行って見る気になったのじゃ。そうすると何時の間にやら其処へ引かれて行った・・・。ブランシの言っていることは少しも違っていません。
それから第一の質問に移るが、どうも困ったことには先方では姓名は絶対に名乗ろうとしない。それには相当の理由もあるようじゃ。しばらくワシが退いて当人自身に憑ってもらって説明させることにしよう。ワシが側に控えているから危ないことは少しもない。安心しているがよい・・・」
K氏は例の通り立会人としてこの自動書記の状況を監視していたのですが、筆記がここまで進んだ時にワード氏の容貌態度等がガラリ一変して、気味の悪いほど興奮した状態になり、鉛筆の持ち方までも変わって来たのでした。その筆跡の相違して来たことも勿論であります。現れた文字は次のようなものでした-
「吾輩は只今L氏から紹介に預かった陸軍士官であるが、姓名を名乗れとはもっての外である。そんなことは絶対にご免被りたい!」
けんもほろろの挨拶で、これが若し人間同志の談判であるなら満面朱を注ぎ、怒髪冠を突くと云った按配であったでしょう。文字はなお続いた-
「しかし吾輩が姓名を隠すについては其処に相当の理由がある。こう見えても吾輩は人の親である。吾輩に一人の娘がある。娘が吾輩如き悪漢の血汐を受けているだけでそれで充分である。その上殺人犯人の娘であると世間に謳わせるのは余りに惨酷じゃ。吾輩が人を殺したことはまだ地上の何人にも知れていない。然るに若しもこの秘密が自動書記ですっぱ抜かれるが最後、誰がそんな者の娘と結婚する者があろう?そんな可哀相なことが出来ますか?娘ばかりか吾輩には妻もある。その身の上も考えてやる義務がある。吾輩の自動書記が無名であるので価値がないと言うのなら勝手にお止めなさい。しかしそんなことをすれば結局あなた方の損害でしょう。吾輩は言うだけ言ったからこれでL氏と交代する・・・」
ここでワード氏の態度が一変して元の叔父さんの態度になり、次の文句が書き付けられました。
「どうも只今の陸軍将校が姓名を名乗ってくれないのは残念じゃが、しかしあの人の言うことにはもっともなところがあるから、いかに学問の為とはいえ無理にという訳にも行くまい。今回はこの辺で一くさりつけておいて、次回にはワシが憑って、ワシの死んだ時の詳しい物語を書くことにしましょう-これで三十分間の休憩・・・」