自殺ダメ



 「が、ワシが自分の守護神のお姿を認めた瞬間に」と自動書記は書き続けております。「ワシの居った部屋も、又部屋に集まった人達も忽ち溶けて消え失せるように思われた。そしてふと気が付いた時には自分は何とも言われない、美しき景色の中に置かれているではないか!
 イヤその景色というのは一種特別のものじゃった。自分が生前かつて行ったことのある名所旧跡らしい所もあるが、同時に一度も見物したことのない所もある。見渡す限り草や木の生い茂った延々たる丘陵の続きで、そこには色々の動物も居れば又胡蝶なども舞っている。あらゆる種類の花も咲いている。それ等がただゴチャゴチャと乱雑に並んでいるのではなく、妙に調和が取れて不釣合いな赴きは少しもない。熱帯産の椰子の木と英国産の樫の木-そんなものが若しも地上に並んで生えていたなら余程不調和に感ぜられるであろうが、ここではちっともおかしく思われないのが不思議じゃった。
 で、ワシはここは一体何処かしら?と心に訝(いぶか)った。すると、ワシの守護神は早くもワシの意中を察してこう言われるのであった-ここは死後の世界である。汝はここに樹木や動物の存在することを不思議に思うであろうが、霊界というものは決して無形の世界ではない。かつて汝の胸に宿った一切の思想、又かつて地上に出現した一切の事物は悉(ことごと)く形態を以って霊界に現れている。霊界なるものはそうして造られ、そうして殖える。今後汝の学ぶべきものは無数にある・・・。
 そう聞いたワシは、果たして一切の思想が霊界に現れているかしら?と疑った。するとその瞬間に今まで眼に映っていた全光景がパッとワシの眼底から消え失せ、その代わりに千万無数の幻影が、東西南北から、さながら悪夢そのままに、ひしひしとワシの身辺を取り囲んだ。イヤその時の重さ!苦しさ!一瞬間以前には胡蝶の如く軽かった自分の体が、たちまち幾千萬貫とも知れぬ大重量の下に圧縮されるかの如くに思われた。
 ワシは今止むことを得ず幻影と言っておくが、当時のワシの実感から言えばそれは立派な実体であった-ワシの過去の生涯全部が再び自分の眼の前に展開して実地そのままの活動を繰り返しつつある所の一の活動写真であった。
 最初それ等の光景にはまるきり順序がなかった。さながら夢と同じく、全てが一時に眼前に展開したのであった。ああ今まで忘れていた、過去の様々の行為が再びありありと湧き出でた瞬間の心の苦痛悔恨!しかもどんな些細なことでもただの一つとして省かれていぬではないか!見せ付けられるワシの身にとりては、その間が実に長く長く、さながら幾百千年もそうして置かれるように感ぜられたのであった。
 が、ワシの未熟な心にも最後に天来の福音が閃いた。ワシは生まれて初めて神に祈る心を起こしたのである!この時ばかりはワシは真剣に神に祈願を捧げた。すると、不思議なもので、今までの混沌たる光景は次第次第に秩序が立ち、自然と類別が出来て行くように見えた。大体に於いてそれは年代順に排列され、例えば一筋の街道が眼もはるかに何処までも延び行くような按配であった。恐らくその街道はワシが進むにつれて永久に先へ先へと延長し、最後に神の審判の廷に達するのであろう。無論右の光景の中にはワシの疲れ切った魂に多少の慰安を与えるものも混ざっていた-外でもないそれは、ワシがかつて人を救った親切の行為、又首尾よく誘惑を退けた時の心の歓びなどであった。兎に角ワシはこうして、自分の就くべき位置を霊界で割り当てられたのである」