自殺ダメ


 叔父さんの霊界談は何処まで行っても皆理詰めで、ちと学究くさいが、その代わり誤魔化しがない。ワード氏の質問ぶりもどちらかと言えば地味で、生真面目で、霊界の真相を飽くまで現代人の立場から説明しようとせいぜい努力している様子が明らかに認められます。2月2日夜の恍惚状態に於ける霊夢には、自動書記に関する親切な注意やら、霊界から見た人間の姿に関する面白い観察やらが現れていて、中々有益な参考資料たるを失いません。これが当夜二人の間に行われた問答の筆記であります-
 叔父「これから追々例の陸軍士官に憑ってもらって地獄の体験談を自動書記で発表してもらうことになるじゃろうが、それをお前が行なうについては、Kさんその他の友達に頼んで充分監視を怠らぬようにしてもらいたい。この種の仕事には多少の危険が伴うことはどうしても免れないから、くれぐれも油断はせぬことじゃ。もっとも一々ワシの言いつけを厳守してもらえば滅多に間違いの起こりっこはないが・・・。
 陸軍士官の通信が一分一厘事実に相違せぬことだけはワシが保証する。あの人のは大部分地獄に於ける体験談であるから、それを書物にして発表する時には、ワシの物語と混線せぬよう、一纏めにして切り離すがよい。ワシのとは違って波瀾重疊(はらんちょうじょう)で、中々面白い。ある箇所などは確かにジゴマ(フランスのレオ=サジー作の探偵小説の主人公)以上じゃ。もっともあの人の地獄の体験と云ったところて、それで地獄の全部を尽くしているという訳ではないに決まっている。あの人の堕ちた場所よりもっと深いところがあるかも知れん。又他の霊魂が必ずしもあの人と同一経験を重ねているとも限るまい。しかしあの人の物語を聞いてみると従来疑問とされた大抵の不思議現象、例えば幽霊屋敷とか、憑依物とか、祟りとか云ったような現象の内幕がよく判る。
 兎に角何人がお前の体に憑るにしても、ワシが始終傍についているから少しも心配には及ばない。但しワシの言いつけは固く守っていてもらいたい-何ぞ他に質問することはあるまいかな?」
 ワード「叔父さん、あなたが自動書記をしていらっしゃる時に、ここに集まっている人間の姿があなたの眼にお見えになりますか?」
 叔父「そりゃ見えます-ただワシが見るのと、お前達が見るのとは、その見方が違います。ワシ達は人間の正味のところを見るが、お前達は人間の外面を見る-そこが大いに相違する点じゃ。例えば人間界で美人として通用する者が、しばしばワシ達に醜婦と考えられるようなのが少なくない。
 要するにワシ達は肉体よりは寧ろ霊魂を見るのじゃ。ワシ達から見れば肉体は灰色の凝塊で、丁度レントゲン光線で照らした時に骨が肉を透かして見えるような按配じゃ。勿論精神を集中すればワシ達にも時として肉体がはっきり見えぬではない。しかし正味の醜い人間を美しい者と見ることはどうしても出来ない。彼等の霊魂の醜さが、その肉を突き通してありありと見え透いて、どうしても誤魔化しが利かない・・・。
 又ワシ達には単に生きている人間に宿る霊魂の姿が見えるばかりではない。肉体を棄てて独立している色々の霊魂の姿も勿論すっかり見える。不思議なのはある種類の人間だの、又ある特殊の場所だのが色々の霊魂を引き寄せる力があることじゃ。人間の方ではちっとも気が付かずにいるが、霊界から見ると中々賑やかなものじゃ。無論引き寄せられた霊魂には善いのもあれば悪いのもある。酷いのになるとまるで百鬼夜行の観がある・・・」
 その晩の問答はここで打ち切りとなり、叔父さんはワード氏に分かれて早速自分の勉強に取り掛かったのでした。