自殺ダメ


 自動書記はこれからますます佳境に進みつつあります-
 「実を言うとワシは折角自分の葬式に臨むことは臨んだが、ただ人々の邪魔をしに来ているように感じられてならなかった。こんな下らないものを見物しているよりは、学校で勉強している方がよっぽどマシだ-ワシはそんなことを考えた。するとワシの守護神は早くもワシの意中を察して次のようにワシをたしなめられた-
 「いよいよ遺骸が土中に埋められる時には、霊魂としてその地上生活の伴侶であった肉体に訣別を告げることが規約になっておる。それには相当の理由がある。単に肉体に対する執着-丁度飼い犬が少し位酷い目に遭わされてもその主人を慕うに似たる執着-の他に、次のような理由がある。死体の周囲には常に様々の悪霊共が寄って集って、何やらこれに求めるところがあるものじゃ。死体に付着する煩悩の名残-悪霊というものはそれを嗅ぎ付けて回るのじゃ。
 時とすれば彼等は死体の中から一種の物質的原料を抽出しにかかり、ひょっとするとそれに成功する。彼等はその原料で自己達の裸体を包むのじゃ。が、それはただ邪悪な生活を送った人々の死体に限るので、汝の死体にそんな心配があるのではない。しかし我々はそれ等の悪魔の近寄らぬよう、行って監督せねばならぬ。
 又情誼の上から言ってもあれほど永らく共同の生活を送った伴侶を、その安息の場所に送り届けるのは正しい道じゃ。
 最後にもう一つ、汝が棄てた現世の生活の取るに足らぬこと、又新たに入りたる霊界の生活の楽しいこと-葬式によりてそれを汝に悟らせたいのである」
 守護神からそう言い聞かされたので、ワシは再び自分の部屋に戻って遺骸の側に座っておると、間もなくお前がそこに入って来た。お前はナプキンを取り除けて、しきりにワシの死顔を見ていたが実は本当はワシはお前の正面に立っていたのじゃ。ワシはお前が大変萎れているのを見てむしろ意外に感じ、この通り自分は元気にしているから心配してくれるな。このワシが判らないのかとしきりに呼んでみたのじゃ。
 その声がお前の耳に入ったのではないかしらと一時ワシは歓んだ。お前は一瞬ワシの顔を直視しているかの如く見えたからじゃ。が、やはり聞こえてはいなかったと見えて、お前はナプキンやらシートやらを元の通りに直して、彼方を向いて部屋を出て行ってしまった。
 間もなく葬儀屋の人足が入って来て、棺桶の蓋を閉めて階下に運んで行った。ワシも行列の後について寺院に行った。
 棺桶が墓中に納まり、会葬者がすっかり立ち去ってからもワシはそこに留まって、墓穴の埋められるのを最後まで見ておった。無論土が被ってからもワシにはかつてワシの容器であった大理石像-自分の死体がよく見えた。ワシはもう一度それを凝視した。それから守護神の方を向いて、さあお暇しましょうかと言った。
 その言葉の終わるか終わらぬ内にワシは早や自分の学校に戻っていたが、その時ワシは思わず安心の吐息をもらしたのである。ワシの守護神はと思ってグルリと見たがもう影も形もない。こんな目にあえば最初はびっくりしたものだが、この時分のワシは既にその神変不可思議な出入往来には慣れていた。
 すると先生が優しく言葉をかけてくれた-
 「席におつきなさい。今丁度質問が一巡済んだところです」
 「えっ!質問が一巡済んだところ・・・」ワシはそれを聞いて呆れ返ってしまった。「ワシは何時間も地上に行っておったように感じます。成る程霊界と現界との時間には関係がありませんな!」
 「あなたも霊界に時間のないことが分かりかけたでしょうが・・・」
 ワシは再び同級の生徒達を見ましたが、この時初めて地上の人達のいかに小さく、いかに発育不完全であるかをワシは痛感したのであった。ワシの同級生は兎も角も少年の姿をしていた。しかるに地上の人間は大部分よくよくの赤ん坊-事によるとまだ生まれない者さえもあった。殊に某(なにがし)だの、某だのの霊魂の姿ときては誠に幼弱極まるもので、滑稽であると同時に又気の毒千萬でもあった。兎に角ワシはお前達に会った時に、灰色がかったお前達の肉体を透してお前達の霊魂の姿を目撃したのじゃが、ややもすれば、一番大きなそして一番美しい肉体が一番小さい、一番格好の悪い霊体を包んでいるのには驚いた。
 何はともあれ、ワシはお前達が人生とか浮世とか云って空威張りをしているところから逃れ出て真の意義ある霊界の学校生活に戻った時の心の満足は今でも忘れ得ない。が、同時に新しい希望がワシの胸裏に湧き出た。外でもない、それはこの事実をお前をはじめ、人類全体にあまねく知らせてやりたいという希望であった-これで三十分休憩・・・」