自殺ダメ


 3月9日の夜、例の霊夢の中にワード氏は林間のとある地点で叔父さんと向き合いになって座りました。この日の叔父さんの話は信仰の神髄に関する極めて真面目な性質のものでした-
 叔父「ワシはこの辺で充分お前の腑に落ちるところまで信仰と実務との関係について説明しておきたいと思う。信仰というものは全て実務の上に発揮した時に初めて生命があるものじゃ。従って真のキリスト教徒であるならその平生の生活はすっかりキリストの教えにはまり切ってしまわねばならぬ筈で、口に信仰を唱えながら実行の上ではキリスト教の一切の道徳的法則を破りつつある者は単なる一の詐欺師に過ぎない。
 但し充分の努力はしても尚且つ誘惑にかかる者は又別じゃ。ワシはそれをも詐欺師扱いにしようとするのではない。それ等の人々は所謂[信仰ありて実務の伴わざる境]に編入される。一番いけないのは日曜毎に規則正しく寺院に赴き、残る六日の間に詐欺道楽の限りを尽くす連中である。この種の似而非(えぜひ)キリスト教徒は千萬をもって数える。これ等が地獄に落ちるのじゃ。行為の出来ていないことが、つまり信仰のない証拠である」
 ワード「そう申しますと、人間というものは単にその行為のみで裁かれるのでございますか?」
 叔父「イヤその裁きという言葉の意義から第一に誤っておる。普通この言葉は自己以外の何者かが裁くという事に使われるが、それは間違っている。人間は自己が自己を裁くのじゃ。我々の霊魂は自己に適合せる境涯以上には決して上れるものでない。他から規則の履行を迫る必要は少しもない。そのまま棄て置いて規則が自ずと働くのじゃ。この点が明らかになればお前の疑問は直ちに解ける。ここに純然たる物質主義者があるとする。つまり神を信ぜず、又死後の生活をも信ぜず、他人がこれ等を信ずるのを見れば極力妨害しようとする徹底的唯物主義者があると仮定するのじゃ。この人物は決して悪人ではないかも知れぬ。人類の物質的幸福を向上進展せしめんとする高潔な考えで働くところの博愛主義者であるかも知れないのである。今この人物が仮に死んだとする。彼は果たして霊界のどの境涯に落ち着くであろうか?彼の霊魂の姿は少しも発達していない。又彼は強い光明には耐え得ない。故に上の境涯に進もうと思えば、先ずその霊体を発達せしめて、唯物的観念から脱却せねばならない。別に厳格な審判者が控えていて強いて彼を地獄に落とすのではない。自分自身で勝手に地獄に落ちて行くのじゃ。同気相求め、同類相集まる。信仰がない者は、信仰をもって生存の要義としている境涯から自然に除外されることになる。
 故に彼の行く先地は当然地獄の第五部であらねばならぬ。そこには勿論神の愛は見出されぬ。しかしその仲間同志の間には愛があるからそのお蔭で或いはそれから上に登ろうとする念願を生ぜぬものでもあるまい。
 若しも幸いにしてその人がここで翻然として霊に目覚めてくれさえすればその進歩は確実であると思うが、兎角唯物主義者は死後も唯物主義的で有り勝ちで困る。極端なところになると、飽くまで自己の死を否定し、自己の霊体を物質的の肉体であると考え、霊界に居りながら依然として地上の生活を続けているように勘違いしている者さえある。よしそれ程でなく、自己の死んだことには気が付いていても、やはり神の存在は飽くまで否定して信仰の勧めに耳を傾けないのがある。何れにしても皆地獄から脱け出る資格がない。とは言うものの、純粋の唯物主義者という者は人が普通考える程そう沢山なものではない。表面には唯物主義者と名乗っている連中でも、腹の底に案外信仰心を持っているのが多い。それ等は当然ワシ達の居住する境涯へ来る。
 のみならず、唯物的傾向の人物は死後容易にその幽体を失わずにいるものである。従って彼等は幽界生活中、結構心霊上の初歩の知識を吸収し、唯物説の取るに足らないことを自覚するようになる。
 幽体の話が出たついでに幽界の意義を説明しておくが、幽界は幽体を所有する者の居住する世界の総称で、地上境はつまり幽界の一部に過ぎない。
 地上境は大体これを二分して肉体のある者と、肉体のない者との二つに分けられる。前者は勿論お前達のような人間であり、後者は地縛の霊魂、その他様々の精霊共である。死者は一度は皆この幽界を通過せねばならぬ。そして幽体を棄てた後でなければ決して霊界には入れない。無論地獄も霊界の一部なのじゃ。
 ワシ自身の幽界生活は極めて短いもので、持っていた幽体は殆ど自分の知らぬ間に失せてしまった。一口に言うとワシは幽界を素通りにして地上のベッドから一足飛びにこの麗しい霊界の景色の中へ引越して来たのである。
 しかし、あの陸軍士官などの話を聞くと、死後久しい間幽体に包まれていて、それが亡くなる時のこともはっきり記憶しているということじゃ。
 これで大抵信仰と実務との関係は明らかになったと思う。お前は早く地上へ戻って安眠するがよい・・・・」
 そう言って叔父さんがワード氏の前に立って幾度か按手すると、氏は忽ち知覚を失ってしまったのでした。