自殺ダメ



 叔父さんの言う所には中々油断のならぬ深味があると見て取ったワード氏はなお熱心に追究しました-
 ワード「あなたは今インスピレーションの本源は霊界にあると仰いましたが、それはただ文藝方面のものに限るのですか?それとも立派な大発明なども皆霊界から来るのでしょうか?」
 叔父「無論文学、美術、音楽等に限らず、機械類の発明なども大概は霊界から来るのじゃ。人間の方で受け持つものはホンの一小部分で、言わば霊界の偉大なる思想を地上生活に上手く応用するだけの工夫に過ぎない。ワシは偉大なる思想が絶対に地上において発生せぬとは断言しまい。しかしワシはそんな実例には一つも接しない。兎に角滅多にないものと思えばよかりそうじゃ。
 一体人間の頭脳はかなり鈍くて困るのじゃ。霊界からいかに卓絶した良い思想を送ってみても、どうかすると一番肝要な部分がさっぱり人間の頭脳に浸みなかったり、又とんでもない勘違いをされたりしてしまう。霊界最高の大思想がその為にポンチ化し、オモチャ化する場合がどれだけあるか知れぬ。殊に人間は年齢を取ると物質的になり易く、金満家になるとそれが一層酷い。その結果月並みな、下らない作品ばかりが地上に殖えていくのじゃ。
 どうじゃこの寺院の模型を見るがよい。実に見事なものではないか!様式は文藝復興期のものであるが、従来地上に現れたいずれの寺院よりも立派じゃろうがな。但しワシの相棒は暖房だの点燈だのの観念に乏しいのでワシは目下それらの箇所を修正中じゃ。いずれにしても地上ではとてもこの真似は出来そうにもない。現代はいかにも俗悪極まる時代なので霊界の思想は容易にそれに通じない。よし誰かの頭脳に通じてみたところで実行の機会は滅多にない。美術家の頭脳に比べると金銭を出す連中の頭脳は一層俗悪じゃからな・・・。中世時代に立派な建築物その他が出現した所以もここにある。中世の人間の方が余程物質被れがせず、従って霊界のインスピレーションに対して遙かに感受性を持っていたからである」
 ワード「すると地上の人間は割合につまらないことになりますな。偉大なる思想はことごとく偉大なる霊魂からの受け売りに過ぎませんから・・・・」
 叔父「ところがそれと正反対に、地上の人間の価値は却ってそこにある。偉大なる霊感に接し得ることは、つまりその人の能力が、文藝又は機械の方面に於いて異常に高邁であり、優秀であることの証拠である。それは決して軽視すべきことではない。ここに一人の不道徳で、そしてだらしのない人物があって、大概の事にかけては物質的であるように見えても、もしその人が何か一つでも霊界からのインスピレーションに触れてそれを具体化することが出来るとすれば、その人はある程度まで霊能が発達しているものと見なさねばなるまい」
 ワード「しかし思想そのものが人間の頭脳の産物でなく、霊界の居住者から出るのでありますからあなた方がさっぱりその名誉に預からないというのはいささか不都合だとお思いなさいませんか?」
 叔父「イヤ少しもそうは思わん。嫉妬だの何だのという娑婆くさい考えは地獄の入り口に置いて来てあって、我々の間にはそんなものは全然存在しない。ワシ達はただ道楽で仕事をするので、財産も欲しくなければ名誉も要らない。自分の力でこんな立派なものを作り得たということですっかり満足している。他にもう一つの希望がありとすれば、それは地上の人達の手伝いがしてやりたい位のものじゃ・・・・」