自殺ダメ


 ワード氏の霊界旅行はこの前後からますますはっきりしたものになり、途中の光景までもよく記憶に残るようになって来ました。6月1日の夜の霊夢などもその一つであります。
 同氏はまず自分の寝ている体の上に舞い上がる。天上を突き抜けて戸外に出たらしいのに依然として寝室が見える。
 その内部屋はようやく霧の内に消え去って、自分はもうもうたる雲霧の中を前へ前へと渦巻きつつ上る。道中は中々長い-やがて霧の海がそれぞれの形をとり始める。最初は妙な格好のものばかりで、あるものは城郭の如く、あるものは絶壁の如く、或いは龍、或いは魔、続いて市街やら、尖塔やら、丸屋根やらがニョキニョキ現れる。
 続いてそれも又消散し、濃霧の晴れ上がると共に脚底には広大なる山河が目もはるかに現れる。最初目に入ったのが峨々(がが)たる連山と不毛の荒野、そしてその前方には果てしない一面の黒い壁。
 ワード氏の体が右の黒壁から遠ざかると共に、山河の景色に柔らか味が次第に加わって来て、森が見える。草原が見える。遂に日頃お馴染みの、あの夕陽に包まれた風光明媚な田園が見える。
 そこで精神を叔父の校舎に注ぐと共に、にわかに速度が加わって、殆ど一瞬の間にその身は早くも叔父さんの部屋に入っていたのでした。
 二人の間には間もなく例の問答が開始されました-
 ワード「今日は動物のことについて伺いたいと存じます。一体鳥などは生前ただ餌をあさることを仕事にしていますが、霊界へ来てからは何をしているのです?仕事がなくて困るだろうと思いますが・・・・」
 叔父「さぁ大抵の動物は幽界にいる時にはしきりにまだ餌をあさっている。が、終いには少しずつ呆れてくるようじゃ。いくら食っても食っても全てが影みたいなもので美味しくも何ともない。又別に食う必要もない。この理屈が分かって来ると大抵の動物は霊界の方へ移って来る。ただどうも肉食動物の方はいつまで経ってもこの道理がさっぱり呑み込めないようじゃ。そして永久に捕えることの出来ぬ兎や鹿の後を追いかけながら、いつまでもいつまでも幽界に居残る・・・」
 ワード「人間の中にも捕えることの出来ない動物を捕まえようとする狩猟狂がおりはしませんか?」
 叔父「そりゃおります。しかしこいつも終いには馬鹿馬鹿しくなって止してしまうらしい。もっとも生前猟師であった者は幽界へ来るとあべこべに動物から追いかけられる」
 ワード「それは又どういう訳です?」
 叔父「幽界で第一の武器は意思より外にない。動物を撃退するのにも意思の力で撃退するのじゃ。ところが猟師などという者はただ武器にばかり頼る癖が付いている。鉄砲を持たない猟師ほど動物と出くわした時に意気地のない者はない。ところが生憎幽界では猟師は生前自分が殺した動物ときっと出くわす仕掛けに出来上がっている・・・。
 ところで霊界に来る動物じゃが、彼等が霊界に来るのはつまり食欲以外に何かの興味を持つようになった故じゃ。しかし永い間の癖は容易に抜け切れないもので、モリーなども時々骨が欲しくなるようじゃ。丁度ワシが時々パイプが恋しくなるようなものでな・・・・」
 そう言っている内にもモリーは安楽椅子の下から飛び出して来て、懐かしそうに尾を振りながら旧主人の所へ近付きました。