自殺ダメ


 6月15日、月曜の夜の霊夢も中々奇抜で且つ有意義なものでした。
 ワード氏は例によりて無限の空間を通過し、地上の山川がやがて霊界のそれに移り行くのをありありと認めました。
 会見の場所はいつもの叔父さんの部屋でした。
 ワード「幽界の居住者と霊界のそれとの間には一体いかなる区別がありますか?はっきりしたところを伺いとうございますが・・・」
 叔父「アーお前の問の意味はよく判っておる-幽界では我々はある程度まで物質的で、言わば一の極めて稀薄なる物質的肉体をもっているのじゃ。無論それは地上の、あの粗末な原子などとは段違いに精妙霊活な極微分子の集まりじゃが、しかしやはり一の物質には相違ない。地上の物質界と幽界との関係はまず固形体とガス体との関係のようなものじゃ。
 「右の幽体は大変に稀薄霊妙なものであるから、従って無論善悪共に精神の支配を受け易い。これは一人の人間の幽体に限らず、家屋でも風景でも皆その通りじゃ。
 然るに霊界となるともう物質は徹頭徹尾存在せぬ。我々の霊魂を包むものはただ我々の[形]だけじゃ。現在お前の目に映ずる風景なり、建物なりもかつて地上に存在したものの[形]に過ぎない。
 従って地上の霊視能力を持つ者に姿を見せようと思えば我々は通例臨時に一の幽体をもって我々を包まねばならぬ。同様に普通人の肉眼に姿を見せるには、臨時に物質的肉体を造り上げ、所謂かの物質化現象というやつを起こさねばならない。ここで一つ注意しておくが世間の霊視能力者の中には私達の居住する第六界まで透視しうる者もある。お前などもその一人じゃ-が、大概の霊視能力者にはこれが出来ない。出来るにしても我々の姿を幽体で包んだ時の方が良好な成績が挙げられる」
 ワード「夢を見る時に私達は幽界に行くのですか?それとも霊界の方ですか?それとも又あちこち往来するのですか?」
 叔父「イヤ夢ほど種類の多いものはない。ある夢は単に人間の頭脳の産物に過ぎない。昼間考えたことを夜中にこね返したり、又根も葉もない空中楼閣を勝手に築き上げたりする。大体物質的に出来上がった人間はこんな性質の夢を見たがるが、それは甚だ下らない。決してそんな夢を買い被ってはいけない。
 ところが、夢を見たように考えていながら、その実幽界へ入って行く者が案外沢山ある。中には霊界まで入って行く者もないではない。お前などもその極めて少数な者の一人じゃが、それが出来るのはお前が霊媒的素質を持っているというだけではない。それより肝要なのはワシが霊界へお前を呼ぶことじゃ。大概の人にはこの特権がない。よし霊界へ来る者があっても、お前のようにはっきりした記憶をもたらして帰る者は殆ど全くない。それが出来るのはワシ達がお前を助けるからじゃ-もっとも霊界の経験は専ら霊魂の作用に属することなので、幽界の経験よりも一層明瞭に心に浸み込み易くはある。幽界というものは地上の物質界と一層類似している関係上、幽体と肉体とが結合した時にごっちゃになって訳が分からなくなる。とかく人間の頭脳は誘拐の諸現象を物理的に説明しようとするのでかえってしくじるが、霊界の事になると、あまり飛び離れ過ぎて、最初からさじを投げてしまって説明を試みようとしない。
 で、大概の人間は睡眠中に幽界旅行をやるものと思えばよい。そんな場合に幽体は半分寝ぼけた格好をして幽界の縁をぶらぶらうろつき回る。が、体と結び付けられているので、どうも接触する幽界の状況が本当には身に浸み込まぬらしい。
 あまりに物質被れのした者の幽体は往々肉体から脱け切れない。脱けるにしてもあまり遠方までは出かけえない。
 しかしこんな理屈を並べているよりも、実地に幽界へ出かけて行って地上から出かけて来るお客様に会った方が面白かろう」
 ワード「是非見物に行きとうございますね」
 叔父「それなら早速出かけることにしよう。が、幽界へ行くのにはワシの姿を幽体で包む必要がある」
 ワード「あなたはそれで宜しいでしょうが、私はどういたしましょう?私も幽体が入用ではないでしょうか?」
 叔父「無論入用じゃ。一体お前は幽体をどこへ置いて来たのじゃ?」
 ワード「私には分かりませんな。私の体と一緒ではないのでしょうか?」
 叔父「こんなことは守護神様に訊ねるに限る」
 そう言いも終わらず、一条の光線が叔父さんの背後に現れ、それが段々強くなって目も眩まんばかり、やがてお馴染みの光明赫灼(かくやく)の天使の姿になりました。
 銀のラッパに似た冴えた音声がやがて響きました-
 「地上に戻って汝の幽体を携えて参れ!」