自殺ダメ



 ワード氏はたちまち強い力に掴まれて、グイと虚空に巻き上げられたと思う間もなく、早や自分の寝室に戻っていました。平常ならばそれっきり無意識状態に陥るのですが、この時は何やら勝手が違い、今までよりも遙かに実質ある体で包まれたような気がしました。そのクセ自分の肉体は依然として寝台の中で眠っているのでした。
 と、すぐ背後に叔父さんの声がするので振り返ってみますと、果たして叔父さんが来てはいましたが、ただいつも見慣れた叔父さんの姿ではなく、大変老けているのが目立ちました。霊界にいる時の叔父さんは地上にいた時よりもずっと若々しくなっていた。ところが今見る叔父さんは達者らしくはあるが、しかし格別若くもない。他の色々の点においてもちょいちょい違ってはいるが、さて何処と掴まえ所もないのでした。
 叔父さんは微笑みながら説明しました-
 「実はこれがワシの本当の幽体ではない。ワシの幽体は、前にも言った通り、死んで間もなく分解してしまった。仕方がないからワシはフワフワ飛び回っている幽界の物質をかき集めて一時、間に合わせの体を造り上げたのじゃ。これでも生前の姿を想い出してなるべく似たものにしたつもりじゃ-どりゃ一緒に出掛けよう」
 そう言って叔父さんはワード氏の手を取り、虚空を突破して、やがて暗くもなく、又明るくもない、一種夢のような世界に来て足を止めたのでした。
 「ここが幽界の夢幻境じゃ。その内夢を見ている地上の連中がぼつぼつやって来るじゃろう」
 ワード氏はしきりに辺りを見回しましたが、何時まで経っても、付近の景色はぼんやりと灰色の霧に閉ざされてはっきりしない。そして山だの、谷だの、城だの、森だの、湖水だのの所在だけが辛うじて見えるに過ぎない。
 ワード「随分ぼんやりした所でございますね。いつもここはこうなのですか?」
 叔父「イヤここが決してぼんやりしている訳ではない。お前の目が霊界の明りに慣れっこになってしまったので、ここで調子が取れないのじゃ。明るい所を知らない者にはこんな所でも中々美しく見える。
 一体この夢幻境というのは物質界と非物質界との中間地帯で、こちらの居住者にとりても、いくらか非実体的な、物足りない感じを与える。夢幻境を組織する所の原質も非常に変化性を帯びていて、そこに出入りする者の意思次第、気分次第で勝手に色々の形態を取る。永遠不朽の形は皆霊界の方に移り、ここにある形は極度に気まぐれな、一時的のものばかりじゃ-イヤしかし向こうを見るがよい。地上からのお客さん達が少し見え出した」
 成る程そう言う間にも霊魂の群がこちらをさして漂うて来る。後から後から矢次早にさっさと脇を素通りして行く。中には群を為さずに一人二人位でバラバラになって来るのもある。
 夢の中にここへ出かけて来る地上の霊魂の他に、折々本物の幽界居住者も混ざっていましたが、一目見れば両者の区別は直ぐ判るのでした。両者の一番著しい相違点は、地上に生きている者の霊魂に限りいずれも背後に光の糸を引っ張っていることで、それらの糸は物質で出来た糸とは違って、いかに混ざってももつれるということがない。平気で他の糸を突き抜けて行くのでした。
 もう一つ奇妙な特徴は彼等の多くが皆目を瞑って、夢遊病者の様に自分の前に両手を突き出して歩いていることでした。もっとも中にはそんなのばかりもなく、両眼をカッと見開き、キョロキョロ誰かを捜す風情のもありました。時には又至極呑気な顔をして不思議な景色の中をうろつきながら、折ふし足を止めてじっと景色に見とれるような連中もいました。
 実にそれは雑駁を極めた群集で、男あり、女あり、老人あり、子供有り、又動物さえもいるのでした。一頭の猟犬などは兎の影を見つけると同時に韋駄天の如くにその後を追いかけました。