自殺ダメ



 いくらか夢見る人達の往来が途絶えた時にワード氏は叔父さんの方を振り向いて訊ねました-
 「一体この幽界では地上と同じように場所が存在するのでしょうか?」
 叔父「ある程度までは存在する。お前が現に見る通り、幽界の景色は物質世界の景色と、ある点まで相関的に出来ている。例えば現在我々はロンドン付近に居るから、それでこんなに沢山の群集がいるのじゃ。が、それはある程度のもので、我々の幽体は必ずしも地上におけるが如く時空の束縛を受けず、幽界の一部分から他の部分に移るのに殆ど時間を要しない。又幽界の山河が全然地上の山河の模写、合わせ鏡という訳でもない。幽界の山河はいわば沢山の層から成っておる。同一地方でも、それぞれの年代に応じてそれぞれ違った光景を呈する。例えばロンドンにしても、かつて歴史以前に一大森林であったばかりでなく、ずっと太古には海水でおおわれていたことさえもあった」
 ワード「そう言えば只今見るこの景色も現在のロンドンの景色と同一ではございませんな」
 叔父「無論同一ではない。が、この景色とてもあまり古いものではない-ちょっとそこへ来た人を見るがよい」
 ワード氏は一目見てビックリして叫びました-
 「あっカーリーじゃありませんか!不思議なことがあればあるものですね。家内中が皆幽界へ引っ越して来ている!」
 叔父「別に引越した訳でもないが、こうして毎晩幽界へ出張するものは実際中々少なくない。人によってはのべつ幕なしにこっちへ入り浸りの者もある。そのクセ目が覚めた時に、そんな連中に限ってケロリとして何事も記憶していない。彼等にとりて幽界生活と地上生活とは全然切り離されたもので、眠っている時は地上を忘れ、覚めている時は幽界を忘れ、甚だしいのになると、幽界へ来ている間にまるきり自分が地上の人間であることを記憶せぬ呑気者もいる。こんな連中は死んでも死んだとは気が付かず、いつまで経っても眠気を催さないのが不思議だと思っている。が、大抵の幽界居住者は多少地上生活の記憶を持っていて、逢いたく思う地上の友を捜すべく、わざわざこの辺まで出かけて来る。又生きている人間の方でも、夢で見た幽界の経験を曲りなりにも少しは記憶している。ただ極端に物質かぶれのした人間となると、幽体がその肉体から離れえないので、死ぬるまで殆ど一度もここへ出かけて来ないのもないではない。なかんずく食欲と飲酒欲との強い者は自分の幽体を自分の肉体に括り付けている-が、談話はこれ位にしておいて、ちょっとカーリーに会ってやろう。しきりに私の事を捜している・・・・」
 叔父さんは通行者の群を突き抜けて、直ちにカーリーに近付きましたが、彼女は安楽椅子に腰をおろせる生前の父の幻影を描きつつ、キョロキョロ辺りを見回しているのでした。彼女の身に纏えるは、極めて単純な型の純白の長い衣装で、平生地上で着ているものとはすっかり仕立て方が異なっていました。
 やがて父の姿を認めると彼女は心から嬉しそうに跳んで行きました。
 カーリー「お父さましばらくでございましたこと!お変わりはございませんか?」
 叔父「しばらくじゃったのう。お前はよく今晩ここへ来てくれた。ワシは至極元気じゃから安心していてもらいたい。それはそうとお前は私達の送っている霊界通信を見てどう考えているな?」
 彼女の顔にはありありと当惑の色が漲りました。
 カーリー「霊界通信でございますか?私何も存じませんが・・・・」
 叔父「これこれお前はよく知っている筈じゃ。お前は半分寝ぼけている。早く目を覚ますがよい。お前の夫の体を借りて送っている、あの通信のことじゃないか!お前の夫もここに来ている」
 父からそう注意されて彼女は初めて夫のいることに気が付きました。無論ワード氏の方では最初から知り切っていたのですが、なるべく父親との会見の時間を長引かせたいばかりに、わざと遠慮して控えていたのでした。
 カーリー「まぁ!あなたは何をしていらっしゃるのです、こんな所で・・・・」
 ワード「しっかりせんかい!私はいつもの通り月曜の晩の霊界旅行をしているのですよ。そして叔父さんに連れられて、お前達が幽界へ出かけて来る実況を見物に来たのだがね、覚めた時に私とここで会ったことをよく記憶していてもらいますよ」
 叔父「そいつぁちと無理じゃろう。記憶しているとしても、せいぜい私と会ったこと位のものじゃろう。私の幻覚に引っ張られて来たのじゃから・・・。それはそうとカーリー、お前はもう霊界通信のことを思い出したじゃろうな」
 カーリー「何やらそんなことがあったように思いますが、まるで夢のようでございますわ。お父さまは近頃ご無事でございますか?大変どうもしばらくで・・・・」
 叔父「ワシかい。ワシは至極無事じゃよ。生きている時にワシは今のように気分の良い事は殆ど一度もなかった。お前が何をくれると言っても、私は二度とお前達の住んでいる、あの息詰まった、アホらしい、影みたいな地上へだけは戻る気がせぬ。その内お前達の世界からワシの所へ懐かしい親友が二、三人やって来そうじゃ・・・・」