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自殺の霊的知識を知るっちゃ!

カテゴリ: ★『小桜姫物語』

自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 体がなくなって、こちらの世界に引き移って来ても、現世の執着が容易に除れるものでない事は、既に申し上げましたが、ついでにモー少しここで自分の罪過を申し上げておくことに致しましょう。口頭ですっかり悟ったようなことを申すのは何でもありませぬが、実地に当たってみると思いの外に心の垢の多いのが人間の常でございます。私も時々こちらの世界で、現世生活中に大変名高かった方々にお会いすることがございますが、そう綺麗に魂の磨かれた方ばかりも見当たりませぬ。『あんな名僧知識と謳われた方がまだこんな薄暗い境涯に居るのかしら・・・・』時々意外に感ずるような場合もあるのでございます。
 さてお約束の懺悔でございますが、私にとりて、何より身に染みているのを一つお話し致しましょう。それは私の守刀の物語でございます。忘れもしませぬ、それは私が三浦家へ嫁入りする折のことでございました、母は一振りの懐剣を私に手渡し、
 『これは由緒ある御方から母が拝領の懐剣であるが、そなたの一生の慶事の記念に、守刀としてお譲りします。肌身離さず大切に所持してもらいます・・・・・』
 両目に涙を一杯溜めて、真心籠めて渡された記念の懐剣-それは刀身といい、又装具といい、誠に申し分のない、立派なものでございましたが、しかし私にとりましては、懐剣そのものよりも、それが懐かしい母の形見であることが、他の何物にも代えられぬ程大切なのでございました。私は一生涯その懐刀を自分の魂と思って肌身に付けていたのでした。
 いよいよ私の病勢が重なって、もうとても難しいと思われました時に、私は枕辺に座っておられる母に向かって頼みました。『私の懐剣はどうぞこのまま私と一緒に棺の中に納めて頂きとうございますが・・・』すると母は即座に私の願いを容れて、『その通りにしてあげますから安心するように・・・・』と、私の耳元に口を寄せて力強く囁いてくださいました。
 私がこちらの世界に眼を覚ました時に、私は不図右の事柄を想い出しました。『母はあんなに固く請合ってくだされたが、果して懐剣が遺骸と一緒に墓に収めてあるかしら・・・・』そう思うと私はどうしてもそれが気懸かりで気懸かりで堪らなくなりました。とうとう私はある日指導役のお爺様に一部始終を物語り、『もしもあの懐剣が、私の墓に収めてあるものなら、どうぞこちらに取り寄せて頂きたい。生前と同様あれを守刀に致しとうございます・・・・』とお頼みしました。今の世の方々には守刀などと申しても、或いは頭に力強く響かぬものかも存じませぬが、私共の時代には、守刀はつまり女の魂、自分の生命から二番目の大切な品物だったのでございます。
 神様もこの私の願を無理からぬ事と思し召されたか、快くお引き受けしてくださいました。そして例の通り、ちょっと精神の統一をして私の墓を透視されましたが、直ぐにお判りになったものと見え『フムその懐剣なら確かに彼処(かしこ)に見えている。宜しい神界のお許しを願って、取り寄せてつかわす・・・』
 そう言われたかと見ると、次の瞬間には、お爺さまの手の中に、私の世にも懐かしい懐剣が握られておりました。無論それは言わば刀の精だけで、現世の刀ではないのでございましょうが、しかしいかに調べてみても、金粉を散らした、濃い朱塗りの装具といい、又それを包んだ真紅の錦襴(きんらん)の袋といい、生前現世で手慣れたものに寸分の相違もないのでした。私は心から嬉しくお爺様に厚くお礼を申し上げました。
 私は右の懐剣を現在とても大切に所持しております。そして修行の時にはいつもこれを御鏡の前に備えることにしておるのでございます。
 これなどは、一段も二段も上の方から御覧になれば、やはり一種の執着と言われるかも存じませぬが、私共の境涯では、どうしてもまだこうした執着からは離れ切れないのでございます。

自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 岩屋の修行中に、モー一つちょっと面白い話がございますから、ついでに申し上げることに致しましょう。それは私が、こちらで自分の愛馬に再会したお話でございます。
 前にもお話致しましたが、私は三浦家へ嫁入りしてから初めて馬術の稽古を致しました。最初は馬に乗るのが何やら薄気味悪いように思われましたが、やっております内に段々と乗馬が好きになったと言うよりも、寧ろ馬が可愛くなって来たのでございます。乗り馴らした馬というものは、それはモー不思議なほど可愛くなるもので、事によると経験のないお方には、その本当の味わいはお判りにならぬかも知れません。
 私の愛馬と申しますのは、良人が色々と捜した上に、最後に、これならば、と見立ててくれた程のことがございまして、それはそれは優しい、美事な牡馬(めうま)でございました。背丈はそう高くはございませぬが、総体の地色は白で、それに所々に黒の斑点の混じった美しい毛並は今更自慢するではございませぬが、全く素晴らしいもので、私がそれに乗って外出をした時には、道行く者も足を停めて感心して見惚れる位でございました。ナニ乗り手に見惚れたのではないかと仰るか・・・・。御冗談ばかり、そんな酔狂な者は只の一人だってございません。私の馬に見惚れたのでございます・・・・。
 そうそうこの馬の命名につきましては、良人と私との間に、中々の悶着がございました。私が優しい名前がよいと思いまして、散々考え抜いた末にやっと『鈴懸(すずかけ)』という名を思いついたのでございます。すると良人は私と意見が違いまして、それは余り面白くない、是非『若月(わかつき)』にせよと言い張って、何を申しても聞き入れないのです。私は内心不服で堪りませんでしたが、元々良人の見立ててくれた馬ではあるし、とうとう『若月』と呼ぶことになってしまいました。『今度は私が負けておきます。しかしこの次に良い馬が手に入った時はそれは是非鈴懸と呼ばせて頂きます・・・・』私はそんなことを良人に申したのを覚えております。しかしそれから間もなく、あの北条との戦闘が起こったので、私の望みはとうとう遂げられずに終わりました。
 兎に角名前につきては最初こんないきさつがありましたものの、私は若月が好きで好きで堪らないのでした。馬の方でも又私によく馴染んで、私の姿が見えようものなら、さも嬉しいと言った表情をして、あの大きな体を擦り付けて来るのでした。
 落城後私があちこち流浪をした時にも、若月はいつも私に付き添って、散々苦労をしてくれました。で、私の臨終が近付きました時には、私は若月を庭前へ召してもらって、この世の訣別を告げました。『汝にも色々世話になりました・・・・』心の中でそう思っただけでしたが、それは必ず馬にも通じたことであろうと考えられます。これほど可愛がった故でもございましょう、私が岩屋の内部で精神統一の修行をしている時に、ある時思いも寄らず、若月の姿が私の眼にはっきりと映ったのでございます。
 『事によると若月はもう死んだのかも知れぬ・・・・』
 そう感じましたので、お爺さまにお訊ねしてみますと、果してこちらの世界に引越しておるとの事に、私は是非一目昔の愛馬に会ってみたくて堪らなくなりました。
 『甚だ勝手なお願いながら、一度若月の許へ連れて行ってくださる訳にはまいりますまいか・・・・・』
 『それはいと易いことじゃ』と例の通りお爺さまは親切に答えてくださいました。『馬の方でもひどくそなたを慕っているから一度は会っておくがよい。これから一緒に連れて行ってあげる・・・・』
 幽界では、何処をドー通って行くのか、途中のことは殆ど判りませぬ。そこが幽界の旅と現世の旅との大した相違点でございますが、兎も角も私達は、瞬く間に途中を通り抜けて、或る一つの馬の世界へまいりました。そこには見渡す限り馬ばかりで、他の動物は一つもおりません。しかし不思議なことには、どの馬も馬も皆逞しい駿馬ばかりで、毛並のもじゃもじゃした、イヤに脚ばかり太い駄馬などは何処にも見かけないのでした。
 『私の若月もここにいるのかしら・・・・』
 そう思いながら、不図向こうの野原を眺めますと、一頭の白馬が群を離れて、飛ぶが如く私達の方へ駆け寄ってまいりました。それは言うまでもなく、私の懐かしい、愛馬でございました。
 『まァ若月・・・・汝、よく来てくれた・・・・・』
 私は心から嬉しく、しきりに自分にまつわり付く愛馬の鼻を、いつまでもいつまでも軽く撫でてやりました。その時の若月の嬉しげな面持・・・・私は覚えず涙ぐんでしまったのでございました。
 暫く馬と一緒に遊んで、私は大変軽い気持になって戻って来ましたが、その後二度と行って見る気にもなれませんでした。人間と動物との間の愛情にはいくらかあっさりしたところがあるものと見えます・・・。

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 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 岩屋の修行中に誰かの臨終に出会ったことがあるか、とのお訊ねでございますか。-それは何度も何度もあります。私の父も、母も、それから私の手元に召し使っていた、忠実な一人の老僕なども、私が岩屋に居る時に前後して没しまして、その都度私はこちらから、見舞いに参ったのでございます。何れあなたとしては、幽界から観た臨終の光景を知りたいと仰るのでございましょう。宜しうございます。では、標本のつもりで、私の母の亡くなった折の模様を、ありのままにお話し致しましょう。わざわざ調査するのが目的で、やった仕事ではないのですから、無論色々見落としはございましょう。その点は充分お含みを願っておきます。機会がありましたら、誰かの臨終の実況を調べに出掛けてみても宜しうございます。ここに申し上げるのはホンの当時の私が観たまま感じたままのお話でございます。
 それは私が亡くなってから、もうよほど経った時・・・かれこれ二十年近くも過ぎた時でございましょうか、ある日私が例の通り御神前で修行しておりますと、突然母の危篤の知らせが胸に感じて参ったのでございます。こうした場合には必ず何等かの方法で知らせがありますもので、それは死ぬる人の思念が伝わる場合もあれば、又神様から特に知らせて頂く場合もあります。その他にもまだ色々ありましょう。母の臨終の際には、私は自力でそれを知ったのでございました。
 私はびっくりして早速鎌倉の、あの懐かしい実家へと飛んで行きましたが、モーその時はよくよく臨終が迫っておりまして、母の霊魂はその肉体から半分出たり、入ったりしている最中でございました。人間の眼には、人の臨終というものは、ただ衰弱した一つの肉体に起こる、あの悲惨な光景しか映りませぬが、私にはその外にまだ色々の光景が見えるのでございます。なかんずく一番目立つのは肉体の外に霊魂-つまりあなた方の仰る幽体が見えますことで・・・・。
 御承知でもございましょうが、人間の霊魂というものは、全然肉体と同じような形態をして肉体から離れるのでございます。それは白っぽい、幾分ふわふわしたもので、そして普通は裸体でございます。それが肉体の真上の空中に、同じ姿勢で横臥している光景は、決してあまり見ませんでしたが、初めて人間の臨終に出会った時は、何とまァ変怪なものかしらんと驚いてしまいました。
 もう一つおかしいのは肉体と幽体との間に紐がついていることで、一番太いのが腹と腹とを繋ぐ白い紐で、それは丁度小指位の太さでございます。頭部の方にもモー一本見えますが、それは通例前のよりもよほど細いようで・・・・。無論こうして紐で繋がれているのは、まだ絶息し切らない時で、最後の紐が切れた時が、それがいよいよその人の死んだ時でございます。
 前申す通り、私が母の枕辺に参りましたのは、その紐が切れる少し前でございました。母はその頃モー七十位、私が最後にお目にかかった時とは大変な相違で、見る影もなく、老いさらばえておりました。私は直ぐ身元に近付いて、『私でございます・・・』と申しましたが、人間同志で、枕元で呼び交わすのとは違い、何やらそこに一重隔てがあるようで、果してこちらの思念が病床の母に通じたかどうかと不安に感じられました。-もっともこれは地上の母につきて申し上げることで、肉体を棄ててしまってからの母の霊魂とは、無論自由自在に通じたのでございます。母は帰幽後間もなく意識を取り戻し、私とは幾度も幾度も会って、色々越し方の物語に耽りました。母は、死ぬる前に、父や私の夢を見たと言っておりましたが、勿論それはただの夢ではないのです。つまり私達の意思が夢の形式で、病床の母に通じたものでございましょう・・・・。
 それは兎に角、あの時私は母の断末魔の苦悶の様を見るに見兼ねて、一生懸命母の体を撫でてやったのを覚えています。これは只の慰めの言葉よりも幾分か効き目があったようで、母はそれからめっきりと楽になって、間もなく気息を引取ったのでございました。全て何事も真心を籠めて一心にやれば、必ずそれだけの事はあるもののようでございます。
 母の臨終の光景について、モー一つ言い残してならないのは、私の眼に、現世の人達と同時に、こちらの世界の見舞者の姿が映ったことでございます。母の枕辺には人間は約十人余り、何れも眼を泣き腫らして、永の別れを惜しんでいましたが、それ等の人達の中で私が生前存じておりましたのはたった二人程で、他は見覚えのない人達ばかりでした。それからこちらの世界からの見舞者は、第一が、母よりも先へ亡くなった父、続いて祖父、祖母、肉親の親類縁者、親しいお友達、それから母の守護霊、支配霊、産土の御神使、・・・・一々数えたらよほどの数に上ったでございましょう。兎に角現世の見舞者よりはずっと賑やかでございました。第一、双方の気分がすっかり違います。一方は自分達の仲間から親しい人を失うのでございますから、沈み切っておりますのに、他方は自分達の仲間に親しき人を一人迎えるのでございますから、寧ろ勇んでいるような、陽気な面持をしているのでございます。こんな事は、私の現世生活中には全く思いも寄らぬ事柄でございまして・・・・。
 他にも気付いた点がまだないではありませぬが、稚拙な言葉でとても言い尽くせぬように思われますので、母の臨終の物語は、一先ずこれ位にしておきましょう。

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 第一期の修行中に経験した、主なる事柄につきては、以上で大体申し上げたつもりでございますが、ただもう一つここで是非とも言い添えておかねばならないと思いますのは私の守護霊の事でございます。誰にも一人の守護霊が付いておることは、心霊に志す方々の御承知の通りでございますが、私にも勿論一人の守護霊が付いており、そしてその守護霊との関係はただ現世のみに限らず、肉体の死後も引き続いて、切っても切れぬ因縁の絆で結ばれておるのでございます。もっとも、そうした事柄がはっきり判りましたのはよほど後の事で、帰幽当時の私などは、自分に守護霊などと申すものが有るか、無いかさえも全然知らなかったのでございます。で、私がこちらの世界で初めて自分の守護霊にお目にかかった時は、少なからず意外に感じまして、従ってその時の印象は今でもはっきりと頭脳に刻まれております。
 ある日私が御神前で、例の通り深い精神統一の状態に入っていた時でございます、意外にも一人の小柄の女性が直ぐ眼の前に現れ、いかにも優しく、私を見てにっこりと微笑まれるのです。打ち見る所、年齢は二十歳余り、顔は丸顔の方で、器量はさしてよいとも言われませぬが、何処となく品位が備わり、雪なす富士額にくっきりとまゆずみが描かれております。服装は私の時代よりはやや古く、太い紐でかがった、広袖の百衣を纏い、そして下に緋の袴を穿いておるところは、どうみても御所に宮仕えしておる方のように窺われました。
 意外なのは、この時初めてお目に懸かったばかりの、全然未知のお方なのにも係わらず、私の胸に何ともいえぬ親しみの念がむくむくと湧いて出たことで・・・。それにその表情、物ごしがいかにも不思議・・・・先方は丸顔、私は細面、先方は小柄、私は大柄、外形はさまで共通の箇所がないにも係わらず、何処とも知れず二人の間に大変似たところがあるのです。つまりは外面はあまり似ないくせに、底の方でよく似ておると言った、よほど不思議な似方なのでございます。
 『あの、どなた様でございますか・・・・・』
 漸く心を落ち着けて私の方から訊ねました。すると先方は相変わらずにこやかに-
 『あなたは何も知らずにおられたでしょうが、実は自分はあなたの守護霊・・・・あなたの一身上の事柄は何もかもよう存じておるものなのです。時節が来ぬ為に、これまで蔭に控えていましたが、これからは何事も話相手になってあげます』
 私は嬉しいやら、恋しいやら、又不思議やら、何が何やらよくは判らぬ複雑な感情でその時初めて自分の魂の親の前に自身を投げ出したのでした。それは丁度、幼い時から別れ別れになっていた母と子が、不図どこかで巡り会った場合に似通ったところがあるかも知れませぬ。何れにしてもこの一事は私にとりて誠に意外な、又誠に意義のある貴い経験でございました。
 激しい昂奮から冷めた私は、勿論私の守護霊に向かって色々と質問の矢を放ち、それでも尚腑に落ちぬ箇所があれば、指導役のお爺様にも根掘り葉堀り問い詰めました。お蔭で私の守護霊の素性はもとより、人間と守護霊との関係、その他につきておおよその事が漸く会得されるようになりました。-あの、それを残らずここで物語れと仰るか・・・・宜しうございます。何も御道の為とあれば、私の存じておる限りは逐一申し上げてしまいましょう。話が少し堅うございまして、何やら青表紙臭くなるかも存じませぬが、それは何卒大目に見逃して頂きます。又私の申し上げることにどんな誤謬があるかも計りかねますので、そこはくれぐれもただ一つの参考に留めて頂きたいのでございます。私はただ神様やら守護霊様から聞かされたところをお取次ぎするのですから、これが誤謬のないものだとは決して言い張るつもりはございませぬ・・・・。

自殺ダメ


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 成るべく話の筋道が通るよう、これから全てを一纏めにして、私が長い年月の間にやっと纏め上げた、守護霊に関するお話を順序よく申し上げてみたいと存じます。それにつきては、少し奥の方まで遡って、神様と人間との関係から申し上げねばなりませぬ。
 昔の諺に『人は祖に基づき、祖は神に基づく』とやら申しておりますが、私はこちらの世界へ来てみて、この諺の正しいことに気付いたのでございます。神と申しますのは、人間がまだ地上に生まれなかった時代からの元の生神、つまりあなた方の仰る『自我の本体』又は高級の『自然霊』なのでございます。畏れ多くはございますが、我が国の御守護神であらせられる瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)様を始め奉り、瓊瓊杵尊様に随伴して降臨された天児屋根命(あまのこやねのみこと)、天太玉命(あまのふとだまのみこと)などと申す方々も、何れも皆そうした生神様で、今も尚昔と同じく地の神界にお働き遊ばしてお出でになられます。その本来のお姿は白く光った球の形でございますが、よほど真剣な気持で深い統一状態に入らなければ、私共にもそのお姿を配することは出来ませぬ。まして人間の肉眼などに映る気遣いはございませぬ。もっともこの球の形は、じっとお鎮まり遊ばした時の本来のお姿でございまして、一旦お働きかけ遊ばしました瞬間には、それぞれ異なった、世にも神々しい御姿にお変わり遊ばします。更に又何かの場合に神々がはげしい御力を発揮される場合には荘厳と言おうか、雄大と申そうか、とても筆紙に尽くされぬ、あの恐ろしい龍姿をお現しになられます。一つの姿から他の姿に移り変わることの迅さは、到底造り付けの肉体で包まれた、地上の人間の想像の限りではございませぬ。
 無論これ等の元の生神様からは、沢山の御分霊・・・・つまり御子様がお生まれになり、その御分霊から更に又御分霊が生まれ、神界から霊界、霊界から幽界へと順々に階段が付いております。つまり全てに亘りて連絡はとれておりながら、しかしそのお受け持ちがそれぞれ違うのでございます。こちらの世界をたった一つの、無差別の世界と考えることは大変な間違いで、例えば瓊瓊杵尊様に於かれましても、一番奥の神界に於いてお指図遊ばされるだけで、その御命令はそれぞれの世界の代表者、つまりその御分霊の神々に伝わるのでございます。おこがましい申し分かは存じませぬが、その点を御理解が充分でないと、地上に人類の発生した経路がよくお判りにならぬと存じます。稀薄で、清浄で、殆ど有るか無きかの、光の凝塊と申し上げてよいような形態をお有ち遊ばされた高い神様が、一足跳びに濃く鈍い物質の世界へ、その御分霊を植え付けることは到底出来ませぬ。神界から霊界、霊界から幽界へと、段々にその形態を物質に近づけてあったればこそ、ここに初めて地上に人類の発生すべき段取りに進み得たのであると申すことでございます。そんな面倒な手続きを踏んであってさえも、幽から顕に、肉体のないものから肉体のあるものに、移り変わるには、実に容易ならざる御苦心と、又殆ど数えることの出来ない歳月を閲したということでございます。一番困るのは物質というものの兎角崩れ易いことで、色々工夫して造ってみても、皆半端で流れてしまい、立派に魂の宿になるような、完全な人体は容易に出来上がらなかったそうでございます。その順序、方法、又発生の年代等につきても、或る程度まで神様から伺っておりますが、只今それを申し上げている暇はございませぬ。いづれ改めて別の機会に申し上げることに致しましょう。
 兎に角、現在の人間と申すものが、最初神の御分霊を受けて地上に生まれたものであることは確かでございます。もっと詳しく言うと、男女両柱の神々がそれぞれ御分霊を出し、その二つが結合して、ここに一つの独立した身魂が造られたのでございます。その際どうして男性女性の区別が生ずるかと申すことは、世にも重大なる神界の秘事でございますが、要するにそれは男女何れかが身魂の中枢を受け持つかで決まる事だそうで、よく気をつけて、天地の二神誓約の段に示された、古典の記録を御覧になれば大体の要領はつかめるとのことでございます。
 さて最初地上に生まれ出でた一人の幼子-無論それは力も弱く、智慧も乏しく、そのままで無事に生長し得る筈はございませぬ。誰かが傍から世話をしてくれなければとても三日とは生きておられる筈はございませぬ。そのお世話係がつまり守護霊と申すもので、蔭から幼児の保護に当たるのでございます。勿論最初は父母の霊、殊に母の霊の熱心なお手伝いもありますが、段々生長すると共に、ますます守護霊の働きが加わり、最後には父母から離れて立派に一本立ちの身となってしまいます。ですから生まれた子供の性質や容貌は、或る程度両親に似ていると同時に、又大変に守護霊の感化を受け、時とすれば殆ど守護霊の再来と申しても差し支えない位のものも少なくないのでございます。古事記の神代の巻に、豊玉姫からお生まれになられたお子様を、妹の玉依姫が養育されたとあるのは、つまりそう言った秘事を暗示されたものだと承ります。
 申すまでもなく子供の守護霊になられるものは、その子供の肉親と深い因縁の方・・・・・つまり同一系統の方でございまして、男子には男性の守護霊、女子には女性の守護霊が付くのでございます。人類が地上に発生した当初は、専ら自然霊が守護霊の役目を引き受けたと申すことでございますが、時代が過ぎて、次第に人霊の数が加わると共に、守護霊はそれ等の中から選ばれるようになりました。無論例外はありましょうが、現在では数百年前ないし千年二千年前に帰幽した人霊が、守護霊として主に働いているように見受けられます。私などは帰幽後四百年余りで、さして新しい方でも、又さして古い方でもございませぬ。
 こんな複雑な事柄を、私の拙い言葉で出来るだけ簡単に掻い摘んで申し上げましたので、さぞお判りにくい事であろうかと恐縮しておる次第でございますが、私の言葉の足りないところは、何卒あなた方の方でよきようにお察しくださるようお願い致します。

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