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カテゴリ: ★『小桜姫物語』

自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 会った上は心行くまでしんみりと語り合おうと待ち構えていたのですが、さていよいよこうして母と膝を突き合わせてみると、ひたぶるに胸が迫るばかりで、思っていることの十が一も言葉に出でず、ともすれば泣きたくなって仕方がないのでした。
 『こんなことでは余りにみっともない。今日は面白く語り合わねばならぬ・・・』
 私は一生懸命、成るべく涙を見せぬように努めましたが、それは母の方でも同様で、そっと涙を拭いては笑顔でかれこれと談話を続けるのでした。
 『あなたはこちらでどんな境地を通って来たのですか?』母は真っ先にそう訊ねました。『最初からここではないように聞いておりますが・・・』
 『私はこちらで修行場が三度程変わりました。最初は岩屋の修行場、そこは中々永うございました。その次が山の修行場、その時代に龍宮界その他色々の珍しい所へ連れて行かれ、又良人をはじめ多くの人達にも会わせて頂きました。現在この瀧の修行場へ移ってからは又幾らにもなりませぬ・・・』
 『あなたはまあ何という結構な事ばかりして来られたことでしょう!!』と母は心から感心しました。『この母などは岩屋の修行だの、山の修行だのと、そんな変わったことはただの一つもして来はしませぬ。まして龍宮界などと言っても夢にだって見たこともない・・・。あなたは確かに特別の御用を有って生まれた人に相違ない・・・。私の指導役の神様もそんなことを言っておられました・・・・』
 『まさかそうでもございますまいが・・・・』
 『イヤ確かにそうです。いつか時節が来たら、あなたにはきっと何ぞ大事のお仕事が授けられますよ。どうぞそのつもりで、今後もしっかり修行に精を出してください。母などは、他の多くの人達と同じく、こちらに参ってから、産土神様のお手元で、ある一室を宛がわれ、そこで静かに修行を続けているだけなのです・・・・』
 『父上とは御一緒ではございませんか』
 『一緒ではありませぬ。現世に居た時分は、夫婦は同じ場所に行かれるものかと考えておりましたが、こちらへ来てみると同棲などは思いも寄りませぬ。魂の関係とやらで、良人は良人、妻は妻と、チャーンと区別がついているのです。もっとも私達の境涯でも会おうと思えばいつでも会われ、対話をしようと思えばいつでも対話は出来ますが・・・。こんなことを言うとあなたから笑われるか知れませぬが、私は一度指導役の神様に向かい、あまり心細いから、せめて良人とだけは一緒に住ませて頂きたいと、お願いしたことがあるのです。それでも神様はどうあっても私の願いをお聞き入れになってくださらないので、その時の私の力落としと云ったらなかったものです。私は今でも時々はいつの時代になったら、夫婦、親子、兄弟が昔のように楽しく同居することが出来るのかしらと思われてなりませぬ。あなたにはそんなことがないのですか?』
 『ないでもございませぬが、近頃統一が深くなった為か、段々そうした考えが薄らいで参りました。相当に修行が積んだら、一緒に棲むとか、棲まないとか申すことは、さして苦労にならないようになってしまうのではないでしょうか。龍宮界の上の神様達の御様子を見ても、いつも夫婦親子が同棲しておられることはないようでございます。それぞれ御用が違うので、平生は別々になってお働きになり、偶(たま)にしか御一緒になって、お寛ぎ遊ばすことがないと申します・・・』
 『神様でもやはりそうなのでございますかね・・・。そうして見るとこの母などはまだ現世の執着が多分に残っている訳で、これからはあなたにあやかり、余り愚痴は申さぬことに気をつけましょう。今日は本当によいことを伺いました。あなたがそんなにまで修行が出来たのを見ると、私は心から嬉しい・・・・』
 そう言いながらも母の眼には、涙が一杯溜まっているのでした。

自殺ダメ


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 それから訊ねらるるままに、私は母に向かって、帰幽後こちらの世界で見聞したくさぐさの物語を致しましたが、いつも一室に閉じ籠もって、単調なその日その日を送っている母にとりては、一々びっくりすることのみ多いらしいのでした。最後に私が、最近瀧の龍神さんの本体を拝まして頂いた話を致しますと、母の驚きは頂点に達しました。
 『私はこちらの世界へ来ておりながら、ただの一度もまだ龍神さんの御本体を拝まして頂いたことがない。今日はあなたを訪ねた記念に、是非こちらの龍神様にお目通りをしたい。あなたから篤とお頼みしてくださらぬか・・・』
 これには私もいささか当惑してしまいました。果して瀧の龍神さんが快く母の頼みを諾(き)いてくださるかどうか、私にも全く見当がとれないのでした。
 『兎も角も、私から折り入ってお願いしてみることに致しましょう。暫くお待ちくださいませ・・・』
 私は単身滝壺の側を通って上のお宮に詣で、母の願望を叶えさせてくださるようお頼みしました。
 瀧の龍神さんはいつものように老人の姿でお現れになり、微笑を浮かべてこう言われるのでした。-
 『汝達の談話はようワシにも聴こえていました。人間の母子の情愛と申すものは、大抵皆ああしたものらしく、ワシ達の世界のように中々あっさりはしておらんな。それで汝の母人は、今日ここへ来たついでにワシの本体を見物して、それを土産に持って帰りたいということのようであるが、これは少々困った注文じゃ。ワシの方で勿体ぶる訳ではないが、汝の母人の修行の程度では、ワシがいかに見せたいと思ってもまだとてもまともにワシの姿を見ることは出来ぬのじゃ・・・・。が、折角の頼みとあってみれば何とか便宜を図ってあげずばなるまい。兎も角も母人を滝壺の所へ連れて参るがよかろう・・・・』
 私は早速修行場から母を滝壺の辺に連れ出しました。そして二人で、両手を合わせて一心に祈願を籠めておりますと、やがてどっと逆落しに落ち来る瀧の飛沫(しぶき)の中に、二間位の白い女性の龍神の優しい姿が現れて、岩角を伝ってすーッと上方に消え去りました。
 『あれはワシの子供の一人じゃが・・・・』
 そう言われて、驚いて振り返ると、瀧の龍神さんが、いつもの老人の姿で、にこにこしながら、私達の背後に来て、佇んでおられるのでした。
 私は厚く今日のお礼を述べて母を引き合わせました。龍神さんはいとど優しく、色々と母を労わってくださいましたので、母もすっかり安心して、丁度現世でするように私の身に上を懇々とお頼みするのでした。
 『不束(ふつつか)な娘でございますが、どうぞ今後とも宜しうお導きくださいますよう・・・・。さぞ何かとお世話が焼けることでございましょう・・・・』
 『イヤあなたは良いお子さんをもたれて、大変にお幸せじゃ』龍神さんというよりも寧ろ人間らしい挨拶ぶり。『近頃は大分修行も積まれてもう一息というところじゃ。人間には執着が強いので、それを棄てるのが中々の苦労、ここまで来るのには決して生易しい事ではない・・・・』
 『これから先は娘はどういう風になるのでございますか。まだ他にも色々修行があるのでございましょうか?』
 『イヤそろそろ修行に一段落つくところじゃ。本人が生前大変に気に入った海辺があるので、これからそこへ落ち着かせることになっておる・・・・・』
 『左様でございますか。どんなに本人にとりまして満足なことでございましょう』と母は自分のことよりも、私の前途につきて心を遣ってくれるのでした。『それについては、私があまり度々訪ねるのは、却って修行の邪魔になりましょうから、成るべく自分の住所を離れずに、ただ折々の消息を聞いて楽しむことに致しましょう。その内折を見てこの娘の良人なりと訪ねさせて頂きとうございます。そうすれば修行をするにもどんなに張り合いがあることでございましょう・・・・』
 『イヤそれはもう暫く待ってもらいたい』と瀧の龍神さんは慌て気味に母を制しました。『あの人にはあの人としての仕事があり、めいめいすることが違います。良人を呼ぶのは海辺の修行場へ移ってからのことじゃ・・・・』
 『やはりそんな訳のものでございますか・・・。私共にはこちらの世界のことがまだよく呑み込めないので、時々飛んだ失策を致します。何分神様の方で宜しきように・・・・』
 『その点はどうぞ安心なさるように・・・。ではこれでお別れします』
 瀧の龍神さんがプイと姿を消し、それと入れ代わりに母の指導役のお爺さんが早速姿を現わしましたので、母は名残惜しげに、それでも大して涙も見せず、間もなく別れを告げて帰り行きました。
 『やはり生みの母は有り難い・・・』
 見送る私の眼からはこらえこらえた溜涙が一度に瀧のように流れました。

自殺ダメ


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 母に会ってからの私は、暫くの間気分が何となく落ち着かず、統一の修行をやってみても、ツイふらふらと鎌倉で過ごした娘時代の光景を眼の中に浮かべてみるようなことが多いのでした。『こんなことでは本当の修行にも何にもなりはしない。気晴らしに少し戸外へ出てみましょう・・・・』とうとう私は単身で瀧の修行場を出かけ、足のまにまに、谷川を伝って、下方へ下方へと降りて行きました。
 戸外はやはり戸外らしく、私は直に何ともいえぬ朗らかな気持になりました。それに一歩一歩と川の両岸がのんびりと開けて行き、そこら中には綺麗な野生の花が、所せきまで咲き匂っているのです。『まあ見事な百合の花・・・・』私は覚えずそう叫んで、岩間から首をさし出していた半開の姫百合を手折り、小娘のように頭髪に挿したりしました。
 私がそうした無邪気な乙女心に戻っている最中でした。不図付近に人の気配がするのに気が付いて、驚いて振り返って見ますと、一本の満開の山椿の木陰に、年齢の頃はやっと十歳ばかりの美しい少女が、七十歳位と見える白髪の老人に伴われて立っていました。
 『あれは山椿の精ではないかしら・・・』
 一旦はそう思いましたが、眼を定めてよくよく見ると、それは妖精でも何でもなく、やはり人間の子供なのでした。その娘はよほど良い家柄の生まれらしく、丸ポチャの愛くるしい顔にはどことなく気品が備わっており、白練の下衣に薄い薄い肉色の上衣を重ね、白のへこ帯を前で結んでだらりと垂れた様子と言ったら飛びつきたい程優美でした。頭髪はうなじの辺りで切って背後に下げ、足には分厚い草履をつっかけ、全てがいかにも無造作で、どこを探しても厭味のないのが、寧ろ不思議な位でございました。
 兎に角日頃ただ一人山の中に閉じ篭り、滅多に外界と接する機会のない私にとりて、こうした少女との不意の会合は世にももの珍しい限りでございました。私は不躾とか、遠慮とか言ったようなことはすっかり忘れてしまい、早速近付いて付き添いのお爺さんに訊ねました。-
 『あの、このお子さまは、どこのお方でございますか?』
 『これはもと京の生まれじゃが、』と老人は一向済ました面持で『ごく幼い時分に父母に訣(わか)れ、そしてこちらの世界に来てからかくまで生長したものじゃ・・・』
 『まあこちらの世界で大さくなられたお方・・・私、まだ一度もそう言ったお方にお目にかかったことがございませぬ。もしお差支えがなければ、これから私の瀧の修行場までお出掛けくださいませぬか。ここからそう遠くもございませぬ・・・』
 『あなたの事はかねて瀧の龍神さんから伺っております・・・。ではお言葉に従ってこれからお邪魔を致そうか・・・。雛子、このおばさまに御挨拶をなさい』
 そう言われると少女はにっこりして丁寧に頭を下げました。
 私はいそいそとこの二人の珍客を伴いて、瀧の修行場へと向かったのでした。

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 お客様が見えた時に、こちらの世界で何が一番物足りないかといえば、それは食物のないことでございます。それも神様のお使者や、大人ならば兎も角も、こうした子供さんの場合には、いかにも手持ち無沙汰で甚だ当惑するのでございます。
 致し方がないから、その時私は御愛想に瀧の水を汲んで二人に薦めたのでした。-
 『他に何もさし上げるものとてございませぬ。どうぞこの瀧のお水なりと召し上がれ・・・。これならどんなに多量でもございます・・・』
 『これはこれは何よりのおもてなし・・・雛子、そなたも御馳走になるがよいであろう。世界中で何が美味しいと申しても、結局水に越したものはござらぬ・・・』
 指導役のお爺さんはそんな御愛想を言いながら、教え子の少女に水を勧め、又御自分でも、さも甘そうに二、三杯飲んでくださいました。私の永い幽界生活中にもお客様と水杯を重ねたのは、確かこの時限りのようで、想い出すと自分ながら可笑しく感ぜられます。
 それはそうとこの少女の身の上は、格別変わった来歴と申す程のものでもございませぬが、その際指導役の老人から聞かされたところは、多少は現世の人々の御参考にもなろうかと存じますので、あらましをお伝えすることに致しましょう。
 老人の物語るところによれば、この少女の名は雛子、生まれて六歳のいたいけ盛りにこちらに世界に引き移ったものだそうで、その時代は私よりもよほど後れ、帰幽後ざっと八十年位にしかならぬとのことでございました。父親は相当高い地位の大宮人で、名は狭間信之、母親の名は確か光代、そして雛子は夫婦の仲の一粒種のいとし子だったのでした。
 指導役のお爺さんは続いてかく物語るのでした。-
 『御身も知る通り、こちらの世界では心の純潔な、迷いの少ないものはそのまま脇道に入らず、直ぐに産土神のお手元に引取られる。殊に浮世の罪穢に汚されていない子供は例外なしに皆そうで、その為この娘なども、帰幽後直ぐにワシの手で世話することになったのじゃ。しかるに困ったことにこの娘の両親は、きつい仏教信者であった為、我が子が早く極楽浄土に行けるようにと、朝に晩にお経を上げてしきりに冥福を祈っているのじゃ・・・。この娘自身はすやすやと眠っているから格別差し支えもないが、この娘の指導役を務めるワシにはそれが甚だ迷惑、何とか良い工夫はないものかと頭脳を悩ましたことであった。無論人間には、賢愚、善悪、大小、高下、様々の等差があるので、仏教の方便もあながち悪いものでもなく、迷いの深い者、判りの悪い者には、暫くこちらで極楽浄土の夢なりと見せて仏式で修行せらるのも却ってよいでもあろう。-が、この娘としてはそうした方便は毛頭なく、元々純潔な子供の修行には、最初から幽界の現実に目覚めさせるに限るのじゃ。で、ワシは、この娘がいよいよ眼を覚ますのを待ち、服装なども直ぐに御国降りの清らかなものに改めさせ、そしてその姿で地上の両親の夢枕に立たせ、自分は神様に仕えている身であるから、仏教のお経を上げることは止めてくださるようにと、両親の耳に響かせてやったのじゃ。最初の間は二人共半信半疑であったものの、それが三度五度と度重なるに連れて、漸くこれではならぬと気がついて、暫くすると、現世から清らかな祝詞の声が響いて来るようになりました・・・・。イヤ一人の子供を満足に仕上げるには中々並大抵の苦心ではござらぬ。幽界に於いてもやはり知識の必要はあるので、現世と同じように書物を読ませたり、又子供には子供の友達もなければならぬので、その取持ちをしてやったり、精神統一の修行をさせたり、神様のお道を教えたり、又時々はあちこち見学にも連れ出してみたり、心から好きでなければとても子供の世話は勤まる仕事ではござらぬ。が、お蔭でこの娘も近頃はすっかりこちらの世界の生活に慣れ、よくワシの指図をきいてくれるので大変に助かっております。今日なども散歩に連れ出した道すがら図らずもあなたに巡り会い、この娘の為には何よりの修行・・・あなたからも何とか言葉をかけてみてくだされ・・・・』
 そう言って指導役の老人はあたかも孫にでも対する面持で、自分の教え子を膝元へ引き寄せるのでした。
 『雛子さん』と私も早速口を切りました。『あなたはお爺さんと二人切りで寂しくはないのですか?』
 『ちっとも寂しいことはございません』といかにもあっさりした返答。
 『まァお偉いこと・・・。しかし時々はお父様やお母様にお会いしたいでしょう。いつかお会いしましたか?』
 『たった一度しか会いません・・・。お爺さんが、あまり会ってはいけないと仰いますから・・・。私そんなに会いたくもない・・・』
 何を訊かれてもこの娘の答は簡単明瞭、幽界で育った子供にはやはりどこか違ったところがあるのでした。
 『これなら修行も案外に楽であろう・・・』
 私はつくづくはらの中でそう感じたことでした。

自殺ダメ


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 その日はそれ位のことで別れましたが、後で又ちょいちょいこの二人の来訪を受け、とうとうそれが縁で、私は一度こちらの世界でこの娘の母親とも面会を遂げることになりました。中々しとやかな婦人で、しきりに娘のことばかり気にかけておりました。その際私達の間に交わされた問答の中には、多少皆様の御参考になるところがあるように思われますので、ついでにその要点だけここに申し添えておきましょう。
 問『あなた様は御生前に大そう厚い仏教の信者だったそうでございますが・・・・』
 答『私共は別に平生厚い仏教の信者というのでもなかったのでございますが、可愛い子供を失った悲嘆のあまり、阿弥陀様にお縋りして、あの娘が早く極楽浄土に行けるようにと、一心不乱にお経を上げたのでございました。こちらの世界の事情が少し判ってみると、それがいかに浅墓な、勝手な考えであるかがよく判りますが、あの時分の私達夫婦はまるきり迷いの闇に閉ざされ、それが我が娘の救われるよすがであると、愚かにも思い込んでいたのでした。
-あべこべの私共夫婦は我が娘の手で救われました。夫婦が毎夜夢の中に続けざまに見るあの神々しい娘の姿・・・・私共の曇った心の鏡にも、段々と誠の神の道がおぼろげながら映ってまいり、いつとはなしに御神前で祝詞を上げるようになりました。私共は全く雛子の小さな手に導かれて神様の御許に近付くことが出来たのでございます。私がこちらの世界へ参る時にも、真っ先に迎えに来てくれたのはやはりあの娘でございました。その折私は飛び立つ思いで、今行きますよ・・・と申した事はよく覚えておりますが、修行未熟の身の悲しさ、それから先のことはさっぱり判らなくなってしまいました。後で神様から伺えば、私はそれから十年近くも眠っていたとのことで、自分ながら我が身の不甲斐なさに呆れたことでございました・・・・』
 問『いつお娘さまとはお会いなされましたか・・・・』
 答『自分が気がついた時、私はてっきりあの娘が自分の傍にいてくれるものと思い込み、しきりにその名を呼んだのでございます。-が、いかに呼べど叫べど、あの娘は姿を見せてくれませぬ。そして不図気が付いて見ると、見も知らぬ一人の老人が枕辺にたって、じっと私の顔を見つめているのでございます。やがて件の老人がおもむろに口を開いて、そなたの子供は今ここにいないのじゃから、いかに呼んでも駄目じゃ。修行が積んだら会わせてあげぬでもない・・・・。そんなことを言われたのでございます。その時私は、何という無愛想な老人があればあるものかと心の中で怨みましたが、後で事情が判ってみると、この方がこちらの世界で私を指導してくださる産土神のお使者だったのでございました・・・。兎も角も、修行次第で我が娘に会わしてもらえることが判りましたので、それからの私は、不束(ふつつか)な身に及ぶ限りは、一生懸命に修行を励みました。そのお蔭で、とうとう日頃の願望の叶う時がまいりました。どこをドウ通ったのやら途中のことは少しも判りませぬが、兎も角私は指導役の神様に連れられて、あの娘の住居へ訪ねて行ったのでございます。あの娘の亡くなったのは六歳の時でございましたが、それがこちらの世界で大分に大きく育っていたのには驚きました。幼な顔はそのままながら、どう見ても十歳位には見えるのでございます。私は嬉しいやら、悲しいやら、夢中であの娘を両腕にひしと抱き抱えたのでございます・・・。が、それまでが私の嬉しさの絶頂でございました。私は何やら奇妙な感じ・・・かねて考えていたのとはまるきり違った、何やらしみじみとせぬ、何やら物足りない感じに、はっと驚かされたのでございます・・・・』
 問『つまり軽くて温みがなく、手で触ってもカサカサした感じではございませんでしたか・・・』
 答『全くお言葉の通り・・・折角抱いてもさっぱり手応えがないのでございます。私にはいかに考えても、こればかりは現世の生活の方がよほど結構なように感じられて致し方がございませぬ。神様のお言葉によれば、いつか時節が回れば、親子、夫婦、兄弟が一緒に暮らすことになるとのことでございますが、あんな具合では、たとえ一緒に暮らしても、現世のように、そう面白いことはないのではございますまいか・・・』
 二人の問答はまだ色々ありますが、一先ずこの辺で端折ることに致しましょう。現世生活にいくらか未練の残っている、つまらぬ女性達の繰言をいつまで申し上げてみたところで、そう興味もございますまいから・・・・。

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