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カテゴリ: ★『私の霊界紀行』

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 先のU夫人とは長いお付き合いであるが、ここ数年の間に数多くの興味深い体外遊離体験をしておられる。その原因は一つには夫人が精神統一の修業を欠かさないからである。つまり夫人の場合は霊的発達に伴って発生する体験であり、その体験の内容はスカルソープ氏のケースと、この後紹介する予定のイーラム氏のケースとよく似ているようである。
 初めて離脱した時は普段霊視している複数の背後霊によって肉体の上方へ持ち上げられた。それが少し苦痛だった為に、あまり長続きしていない。が、その後の離脱体験には割合苦痛は伴っていない。夫人の場合は大体において横側に脱け出る。戻る時は大抵肉体に入り込むのが分かるが、脱け出る時の分離の過程は自分で観察したことはないという。
 横たわっている自分の肉体を見たことはあるが、肉体と幽体とを結んでいる玉の緒(シルバーコード)は見たことがないという。そのことが私との間で話題となった後、夫人が背後霊に一度シルバーコードを見せて欲しいと頼んだところ、ある夜、近くのアパートの三人家族の家へ案内された。見ると三人の幽体がベッドの上で立っており、その幽体と肉体とがシルバーコードによって繋がっているのが見えた。色々と細かく観察した中でも、コードの色が三人とも違っているのが一番印象的だったという。
 スカルソープ氏との出会いがあった後に、幽体離脱の家族の実験の可能性について語り合ったことがある。そして私からスカルソープ氏に、離脱中に同じく離脱中のU夫人に会ってみて欲しいとお願いしてみた。もっとも、スカルソープ氏と共にある霊媒を通じて霊界の複数の知人にその件についてあらかじめ相談したところ、その為には色々と条件を整える必要があり、何と言っても波長の調整がカギなので、人間が考える程簡単にはいかないという返事だった。確かに我々が得た唯一の結果は次のようなものに過ぎなかった。
 1957年10月14日付のスカルソープ氏からの手紙にこうある-〝次に述べる体験はもしかして例の実験を背後霊団が準備してくれたものではなかろうか、つまりその中に登場する女性はU夫人ではなかろうかと思ってメモしておいたものです。残念ながらこの時の私の意識は百パーセント目覚めていなかったので、夫人の目鼻立ちまで覚えておりません。9月15日日曜日の午後3時15分のことですが、私は肉体を離脱して、ある部屋で一人の女性を見つめておりました。その女性は部屋を行ったり来たりしながら、ある芝居のセリフを練習しているところで、もう一人の女性がテーブルに向かって座り、台本に目をやって時折うなずいておりました〟
 これは間違いなく実験だった。U夫人は同じ日付の同じ時刻にスイスのチューリッヒでブッダ(釈迦)についての本を前にしてテーブルに座り、もう一人の女性と込み入った話をしていたという。その相手の女性は議論する時はいつも行ったり来たりする癖があるとのことで、芝居のリハーサルではなかったが、場面そのものはスカルソープ氏が叙述した通りであった。
 U夫人は離脱中に邪霊の類に襲われることは一度もないという。が、旅行から戻ってみると肉体に誰かが入り込んでいたことが一度ならずあったという。夫人が一方の側から入ると、その霊は仕方なく別の側から出て行った。別に後遺症はないという。私はここで、幽体離脱現象には普通の睡眠中と同じく危険は伴わないことを断言しておきたい。
 ある時U夫人は離脱中にシルバーコードが引っ張られるのを感じたことがあるという。又ある時は(何も見えないのに)霊の存在を感じ、夫人は意識が朦朧とし始めるとエネルギーを注入してくれるのが分かったという。霊界では多くの霊と会い、会話も交わしている。その中には今は他界しているかつての知人や親戚の人など、よく知っている人もいれば、全く知らない人もいる。離脱状態では壁やドアは抵抗なしに突き抜けられるという。但し、初めの頃は少しばかり抵抗を感じたそうである。
 もう一つ興味深い体験を語ってくれている。ある時、賑やかな通りを歩いている内に突如として意識が途切れた。そして次に意識が戻った時は同じ通りを25メートルも歩いていた。それから二年後のこと、たまたま同じ通りを歩いていると、二年前と同じ地点まで来て妙な感じに襲われた。夫人は何とかそれに抵抗して事なきを得た。夫人の意見によると、その時もし負けていたら二年前と同じことが起きていたと思う、という。
 この例を挙げたのは、この種の体験がけっして珍しくないように思えるからである。個人的なお付き合いのあるP夫人が数年前に二度も体験したことであるが、通りを歩いている内に自分が身体から脱け出ていくような感じがして、ふと見ると、その自分がすぐ横を一緒に歩いていた。距離にして20メートル程歩いたという。頭がおかしくなったのではないかと思うと怖くなり、二度と起きないように念じたという。当然まだ心霊知識はまるで無かったのである。
 私はこれまでに断片的なものから完全に意識を留めたものまで、実に様々な形の離脱体験をした人達と会ってきたが、どの人も皆正常で健全な精神の持ち主であり、霊視現象との違いを見分けられる人もいる。そうした体験を総合的に観察すると、そこに、程度の差こそあれ肉体から分離出来る別個の幽質の身体の存在を仮定する他に説明のしようのないものばかりである。体外遊離体験が精神異常の兆候となったことは一例もない。が、自然発生的によくそういう体験をするという方は、きちんとした知識を持っておくべきであり、その分野に詳しい信頼の置ける人の助言を受けるべきであろう。

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 幽体離脱が事実であり人類に共通した可能性を持つものであるならば、その事実は歴史上にも見られる筈である。確かに通常は目に見えない霊的身体の観念は東洋にもエジプトにもギリシャにも見受けられる。新プラトン派ではこれをAstroeideと呼んだ。元の意味は〝星のような光輝を放つもの〟という意味で、英語のAstroeide と呼んだ。元の意味は〝星のような光輝を放つもの〟という意味で、英語のAstral と語原が同じらしい。似たような概念は未開人と文明人の区別なく世界中に見られる。自然発生的な例も古い文献に数多く出ている。
 幽体離脱の問題に何らかの光を当ててくれるものとしてはアントン・メスメル(1734~1815)が病気治療に利用したメスメリズム(かつては動物磁気(アニマルマグネティズム)ないし生体磁気(バイオマグネティズム)と呼ばれた)に関連した実験が最初であろう。患者の身体に触れるか触れないかの距離で施術者が手を前後させることによって知覚が異常に明晰な状態に誘導される。これを夢遊病や催眠状態と混同してはならない。その状態において患者によっては自分並びに他人の身体を透視し、内臓器官を観察してその機能や健康状態を適確に述べることが出来たり、遠距離の土地へ行ってそこで観察したものを叙述したりすることが出来る。
 その結果はドイツ人ヨハン・H・ユングによる「霊知識の理論」 Theorie der Geisterkunde by Johann H. Jung(1809)に反映している。米国の東部からロンドンへの実証性に富む実験的幽体離脱に関する詳しい報告が載っている。その証例は信頼の置ける筋からのもので、ユングは間違いのない歴史的事実と断定している。その論じるところを読むと、この種の問題におけるユングの洞察力の鋭さに感銘させられる。
 時代的に更に新しい幽体に関する研究としてはカール・デュ・プレルによる「魂の一元論的私論」 Die monistische Seelenlehre by Carl Du Prel (1888)が挙げられる。このタイトル自体にやや問題があるが、新旧の諸説を考察し、四肢が切断された後も完全な知覚が残っている問題、各種の幽霊現象、夢遊病、主観的心霊現象、霊視と幽界旅行の違い等々について論じている。
 デュ・プレルの観察では幽体は肉体のその時の状態、例えば着ている衣服や負傷箇所などがそのまま現れる場合と現れない場合とがあり、スイスの医学者パラケルススの次の説、すなわち肉体の欠陥及び知能上の欠陥も物体身体だけに起因した症状であって、死後の幽体にはそれは見られない、という説を引用している。また有名になったサゲーという女性教師にまつわる幽体離脱の例を論じている。サゲー先生は授業中にひとりでに(たとえ抵抗しても)幽体が離脱し、それがその度毎に可視性が異なり、生徒や仲間の教師や事務員がそれを証言している。このケースなどは人間に幽体という別個の身体が具わっていることが紛れもない事実であることを証明している。
 デュ・プレルは更に幽体によってローソクの火が消されたり、スレートに文字が書かれたりした事実を挙げている。所謂リパーカッション現象、つまり催眠状態において遊離した幽体に針を突き刺すと肉体の同じ箇所に痛みを感じ、時には血が出ることもあるという現象も観察している。

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 同一人物が二つの場所において同時に姿を見せる現象をバイロケーションといい、三つの場所で同時に観察される場合をトライロケーションという。いずれも古くからある用語で、最初は聖職者の間で言われ始めた言葉である。所謂〝聖人〟と呼ばれた人にそういう現象が見られたからである。離脱した幽体は肉眼には映じず霊視能力のある者にしか見えないのが普通であるが、バイロケーションの例でその場に居合わせた人全員によって観察され、しかもその幽体で物体を動かし、普通の人間と同じ行動をしたというケースがある。イタリアの研究家E・ボザーノは貴重な著書「バイロケーションの現象」Phenomena of Bilocation by Ernesto Bozzano の中で、バイロケーションという用語を全ての幽体離脱現象に適用しているが、これは間違いである。
 よく引用されるものにスペインの修道女マリヤ・デ・アグレダの例がある。この尼僧は突然昏睡状態に陥り、その間に海を越えてニューメキシコへ運ばれていくのを自分でも意識していて、行った先でインディアンに向かって説教をするといったことが百回以上もあったという。メキシコの修道士ベナビデスは1630年にヨーロッパを訪れてこの現象を確証付ける調査を克明に行なっている。このケースでは肉体はその間死体同然の状態となっていた。
 デュ・プレルが指摘するところによれば、サンスクリット語の majavi-rupa は意図的な幽体離脱を指しているという。そのワザを身に付けたインドの達人は豊富な生命力と意識とを自由自在に操って本当のバイロケーション、つまり同時に二つの場所にいて活動し意識を持ち続けることが出来るということになっている。が、実際問題としてその段階まで到達するのは大変なことであり、多分その用語は確立された現実ではなく、それを理想としたものと解される。
 近代のインドの書 Paramhamsa Yogananda (あるヨガ僧の自伝)にも幽体離脱の例が載っている。瞑想中に幽体が離れて通りにいる友人の所へ行って伝言を授けるのであるが、授けられた友人はそれをヨガ僧本人と思い込んでおり、声を普通に聞こえている。が、その場合も肉体の方に何の動きも見られなかったという。いずれにしても、その事実が正確であるとすれば、実証性をもった意図的な離脱の成功例と言える。
 次の例が示すように、同時に二つの意識が活動する場合の謎を解くカギは、どうやら〝歩行運動〟と同じように潜在意識的な活動と見なすことにあるようである。J・カーナー博士が報告した中の一例であるが、F判事が書記官に隣の町への用事を言いつけた。暫く経ってからその書記官が判事の部屋へノコノコと入って来て、書棚から一冊の本を取り出した。とっくに隣の町へ行っているものとばかり思っていた判事は驚いて、何故直ぐに出掛けないのかと叱りつけた。するとその場で書記官の姿が消え失せ、本が床の上に落ちた。判事がそれを拾い上げて、開いたままテーブルの上に置いた。
 さて、隣の町での用事を終えて帰って来た書記官に事の次第を質問すると、用事を言い付けられた後すぐさま出掛けたが、途中で友人と一緒になり、道中をある植物のことで議論しながら歩いていたという。そして自分の説に確信のあった書記官は、もし事務所にいればリンネの本のどこそこのページにそのことが出ているから確かめられるのにと思ったという。判事が拾い上げてテーブルに置いた本は丁度そのページが開かれていた。
 ここで興味深いのは、幽体が本を取り出して目的のページを開くという物理的活動が出来たということである。更に興味深いのは、その間肉体の方は歩き続けていたと想像されることである。途中で休憩し座ったり横になったりしていないとの証言が欲しいところだが、残念ながらそれは無い。
 このケースのように、近代の例では本人は離脱する瞬間は意識がないのに、幽体の方は物体をいじくることが出来ている。この奇怪な一面は幽体離脱現象の複雑性をよく示しており、同時に離脱のプロセスには意識も記憶も関与していないことを物語っている。
 同じく自然発生的な例でも、ある人がどこそこに行きたいと思い、その場所で確かにその人の姿を見たというケースがあるが、これは〝テレパシー的幻影〟に過ぎない可能性も考えられる。

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 例えば脚が切断された場合、人によってはその脚がずっと残っている感覚を持ち続けることがある。短期間の場合もあれば一生涯続いた例もあるが、大抵の場合は次第に消えていく。これを医学では切断された神経による一種の幻覚としている。大体においてそうであろう。が、感受性の強い人においては超常的な体験をすることがある。
 例えば、切断された手がおがくずの入った箱に入れられて土中に埋められた。そのことを知らない筈の本人が、自分の手がおがくずの中に入れられたような感じがすると言い、更に、その中に入っていた釘が刺さって痛くて眠れないと訴えた。病院側はまさかと思って取り合わなかったが、あまりの強い訴えに、土中から掘り起こして調べてみたところ、確かに釘が指に突き刺さっていたという。
 もう一つの例では、腕を切断された人が、目隠しをされた状態で、その切断された実際には存在しない筈の手の辺りにローソクの炎を近づけると、指に熱さを感じたという。
 切断された四肢の幽体を霊視した例は数多くある。写真に写ったこともあるが、これは実験を重ねる必要がある。片脚を切断されて間もない頃に松葉杖を使うのを忘れて〝幻の足〟で何歩か歩いたという例を幾つかある。信じられない話であるが、この場合は前に紹介した幾つかの例に見られるように、幽体が無意識の内に働いたという説明も出来るし、一種のテレキネシス(念力によって物体を動かす現象)とみることも出来よう。

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 離脱体験の中には多分に主観的性格をもったものがある。その要因は数多くあるが、その一つに病気があり、中でも発疹チフスの患者によくみられる。医学者は、全体のほんの片隅にすぎないその局所的事例だけをもって全ては幻影であると決めつけ、従って幽体なるものは存在しないとして片付けている。それを医学ではHeautoscopy とか Autoscopy とか呼んでいる。その説によると人間は自分の容貌について精神的画像を抱いており、それが病気などが誘因となって幻影となって見えるのだという。
 しかし、その説では到底全てを片付けることは出来ない。幽体の客観的実在は何度も確認されているのである。従って、仮に幻覚による離脱体験というものがあるにしても、それは寧ろ例外に属するものであるに相違ない。
 その他にクロロホルムによる麻酔や事故、激痛、悶絶などでも離脱が生じることがある。
 しかし、やはり健康な心身の持ち主が繰り返し体験し、それを分析・調査した上で公表してくれるのが望ましい。そうした調査をしてくれた体験者の中で最も著名な人を挙げれば-

○オリバー・フォックス。英国人。1914年から記事を書いて、それを纏めて1937年に「幽体離脱」と題して出版。

○イーラム(ペンネーム)。フランス人。1926年に「幽体離脱の実際」を出版。

○C・D・ラーセン。米国人女性。1927年に「私の霊界旅行記」を出版。

○S・マルドゥーン。米国人。心霊研究家のH・キャリントンと共著が数冊あるが、その第一冊目が1929年出版の「幽体の離脱」。

 いずれも貴重な情報・知識が満載されており、共通点が非常に多い。しかし相違点も幾つか見られる。その中から幾つかを要約してみよう。

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