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カテゴリ: ★『自殺の霊的知識』

 以下の文章は、[シルバーバーチの霊訓]という、霊的知識の書物から抜粋した文章です。また、自殺に関するその他の霊的知識は、[自殺してはならない霊的な理由]に書かれています。

-死後の生命なんか欲しくないと、本心からそう思っている人がいます。そういう人達にどう説かれますか。

 地上なんかに二度と生まれたくないと本心から思っている霊がいますよ。しかしそれは、いかんともし難いことなのです。自然の摂理との縁を切ることは出来ません。あなたがどう思うかに関係なく摂理は働きます。開け行く大自然のパノラマが人間の小さな欲求や願望、或いは反抗にもお構いなく展開して行く姿をご覧になれます。

-と言うことは、私達は地上へ来たくなくても無理矢理来させられるということでしょうか。私はその点は自由な選択が許されると思っていました。

 必ずしも強制されるわけではありません。地上からこちらへ来るのにも自由選択が許されるように、こちらから地上へ行くのにも選択の余地が与えられています。是非とも為さねばならない仕事があることを自覚して地上へ誕生する霊がいます。行きたくはないけど、どうしてもしなければならない用事があるので止むを得ず誕生する霊もいます。或いは償わねばならない業(カルマ)があって誕生して来る場合もあります。

-自殺をすることまで計画されていることがあるというのは本当でしょうか。

 とんでもありません!計画というのは母胎に宿る以前に霊自身によって立てられるのです。

-自殺行為によって学べる教訓は何一つ無いということでしょうか。

 あるわけがありません!生命は宇宙の大霊が授けるのです。それを縮める権利は人間にはありません。

 以下の文章は、[シルバーバーチの霊訓]という、霊的知識の書物から抜粋した文章です。また、自殺に関するその他の霊的知識は、[自殺してはならない霊的な理由]に書かれています。

(シルバーバーチの霊訓より抜粋)

 同じく主人を失い、失意のあまり自殺まで考えた婦人が次のような質問を寄せ、それがシルバーバーチに読んで聞かされた。

-自らの行為によってそちらの世界へ行くことは許されることでしょうか。例えば最愛の伴侶を奪われた人の場合です。

 「許されません。あくまでも摂理に従って寿命を完(まっと)うしなければなりません。神の摂理は常にその働きが完璧だからです。完全な愛によって、つまり全存在に宿り全存在を通じて働いている神の意志によって支配されているからです。その摂理の働きに干渉する権利は誰にもありません。もし干渉して与えられた寿命を自らの手で切り上げるようなことをすれば、それに対する代償を支払わされます。
 例えば林檎を熟さない内にもぎ取れば、林檎の美味しさは味わえません。それと同じで、霊的に熟さない内に無理矢理に次の世界へ行くようなことをすると、(地上での悲しく苦しい期間よりも)永い期間に亘って辛い体験を支払わされることになります。おまけに、折角一緒になりたいと思った愛する人にも会えないことにもなります。その摂理に背いた行為が一種の溝を拵えるからです」
 このシルバーバーチの回答がサイキック・ニューズ紙に掲載されたのを読んでその婦人が次のような礼状を寄せて来た。
 「質問にお答くださったことへの私の感謝の気持をシルバーバーチ霊にお伝え頂けるものかどうか存じませんが、もしお伝え頂けるのでしたら、〝後に残された者〟の質問にこんなに明快にそしてこんなに早く回答してくださったことに対する私の感謝の気持をお伝えください。そして、こうもお伝えください-お言葉に大変失望致しましたが、お訓えを信じ神からのお呼びの声が掛かるまで、力の限り〝生き続ける〟覚悟を決めました、と」

 以下の文章は、[小桜姫物語]という、霊的知識の書物から抜粋した文章です。また、自殺に関するその他の霊的知識は、[自殺してはならない霊的な理由]に書かれています。

 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 これは[小桜姫物語]という日本の霊界通信からの引用です。小桜姫物語はこちら

 P113より

 ここで一つ変わっているのは、私達が殆ど少しも現世時代の思い出話をしなかったことで、もしひょっとそれをやろうとすると、何やら口がつまってしまうように感じられるのでした。
 で、自然私達の対話は死んでから後の事柄に限られることになりました。私が真っ先に訊いたのは良人の死後の自覚の模様でした。-
 『あなたがこちらでお気がつかれた時はどんな按配でございましたか?』
 『ワシは実はそなたの声で眼を覚ましたのじゃ』と良人はじっと私を見守りながらポツリポツリ語り出しました。『そなたも知る通り、ワシは自刃して果てたのじゃが、この自殺ということは神界の掟としてはあまり褒めたことではないらしく、自殺者は大抵皆一旦は暗い所へ置かれるものらしい。ワシもやはりその仲間で、死んでから暫くの間何事も知らずに無我夢中で日を過ごした。もっともワシのは、敵の手にかからない為の、言わば武士の作法に適った自殺であるから、罪は至って軽かったようで、従って無自覚の期間もそう長くはなかったらしい。そうする中にある日不図そなたの声で名を呼ばれるように感じて眼を覚ましたのじゃ。後で神様から伺えば、これはそなたの一心不乱の祈願が、首尾よくワシの胸に通じたものじゃそうで、それと知った時のワシの嬉しさはどんなものであったか・・・・。が、それは別の話、あの時は何を言うにも四辺が真っ暗でどうすることも出来ず、暫く腕をこまねいてボンヤリ考え込んでいるより外に道がなかった。が、その中すっかりと光明が射して来て、今日送って来てくだされた、あのお爺さんの姿が眼に映った。ドーじゃ眼が覚めたか?-そう言葉をかけられた時の嬉しさ!ワシはてっきり自分を救ってくれた恩人であろうと思って、お名前は?と訊ねると、お爺さんはにっこりして、汝は最早現世の人間ではない。これからワシの申すところを聴いて、十分に修行を積まねばならぬ。ワシは産土の神から遣わされた汝の指導者である、と申し聞かされた。その時ワシははっとして、これはもう愚図愚図していられないと思った。それから何年になるか知れぬが、今では少し幽界の修行も積み、明るい所に一軒の家屋を構えて住まわしてもらっている・・・・・』
 私は良人の素朴な物語を大変な興味を以って聴きました。殊に私の生存中の心ばかりの祈願が、首尾よく幽明の境を越えて良人の自覚のよすがとなったというのが、世にも嬉しい事の限りでした。
 入れ代わって今度は良人の方で、私の経歴を聞きたいということになりました。で、私は今丁度あなたに申し上げるように、帰幽後のあらましを物語りました。私は生きている時から霊視が利くようになり、今では座ったままで何でも見えると申しますと、『そなたは何と便利なものを神様から授かっているであろう!』と良人は大変に驚きました。又私がこちらで愛馬に会った話をすると、『あの時は、そなたの希望を容れないで、勝手な名前を付けさせて大変に済まなかった』と良人は丁寧に詫びました。その外様々の事がありましたが、なかんずく良人が非常に驚きましたのは私の龍宮行の物語でした。『それはとんでもない面白い話じゃ。ドーもそなたの方がワシよりも資格がずっと上らしいぞ。ワシの方が一方ぼんやりしているのに、そなたは色々不思議なことをしている・・・・』と言って、大そう私を羨ましがりました。私も少し気の毒気味になり、『全ては霊魂の関係から役目が違うだけのもので、別に上下の差がある訳ではないでしょう』と慰めておきました。
 私達はあまり対話に身が入って、すっかり時刻の経つのも忘れてしまいましたが、不図気が付いてみると何処へ行かれたか、二人の神さん達の姿はその辺に見当たらないのでした。
 私達は期せずして互いに眼と眼を見合わせました。

 以下の文章は、[小桜姫物語]という、霊的知識の書物から抜粋した文章です。また、自殺に関するその他の霊的知識は、[自殺してはならない霊的な理由]に書かれています。

 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 これは[小桜姫物語]という日本の霊界通信より、昔の時代の自殺した女性の話です。小桜姫物語はこちら

 [小桜姫物語]P127より

 今度は入れ代わって、或る事情の為に自殺を遂げた一人の女性との会見のお話を致しましょう。少々陰気くさい話で、お聞きになるに、あまり良いお気持はしないでございましょうが、こう言った物語も現世の方々に、多少の御参考になろうかと存じます。
 その方は生前私と大変に仲の良かったお友達の一人で、名前は敦子・・・・あの敦盛の敦という字を書くのでございます。生家は畠山と言って、大そう由緒ある家柄でございます。その畠山家の主人と私の父とが日頃別懇にしていた関係から、私と敦子さまとの間も自然親しかったのでございます。お年齢は敦子さまの方が二つばかり下でございました。
 お母様が大変お美しい方であった為、お母さま似の敦子さまも眼の覚めるような御器量で、殊にその生際などは、慄(ふる)えつくほどお綺麗でございました。『あんなにお美しい御器量に生まれて敦子さまは本当に幸せだ・・・・』そう言ってみんなが羨ましがったものでございますが、後で考えると、この御器量が却ってお身の仇となったらしく、やはり女は、あまり醜いのも困りますが、又あまり美しいのもどうかと考えられるのでございます。
 敦子さまの悩みは早くも十七、八の娘盛りから始まりました。諸方から雨の降るようにかかって来る縁談、中には随分これはというのもあったそうでございますが、敦子さまは一つなしに皆断ってしまうのでした。それには無論訳があったのでございます。親戚の、幼馴染の一人の若人・・・・世間によくあることでございますが、敦子さまは早くから右の若人と思い思われる仲になり、末は夫婦と、内々二人の間に固い約束が出来ていたのでございました。これが望み通り円満に収まれば何の世話はないのでございますが、月に浮雲、花に風とやら、何か両家の間に事情があって、二人はどうあっても一緒になることが出来ないのでした。
 こんな事で、敦子さまの婚期は年一年と遅れて行きました。敦子さまは後にはすっかりヤケ気味になって、自分は生涯嫁には行かないなどと言い張って、ひどく御両親を困らせました。ある日敦子さまが私の許へ訪れましたので、私から色々言い聞かせてあげたことがございました。『御自分同志が良いのは結構であるが、こういうことは、やはり御両親の許諾を得た方がよい・・・・』どうせ私の申すことはこんな堅苦しい話に決まっております。これを聞いて敦子さまは別に反対もしませんでしたが、さりとて又成る程と思い返してくれる模様も見えないのでした。
 それでも、その後幾年か経って、男の方が諦めて、どこからか妻を迎えた時に、敦子さまの方でも我が折れたらしく、とうとう両親の勧めに任せて、幕府へ出仕している、ある歴々の武士の許へ嫁ぐことになりました。それは敦子さまが確か二十四歳の時でございました。
 縁談がすっかり整った時に、敦子さまは遥々三浦まで御挨拶に来られました。その時私の良人もお目にかかりましたが、後で、『あんな美人を妻に持つ男子はどんなに幸せなことであろう・・・』などと申した位に、それはそれは美しい花嫁姿でございました。しかし委細の事情を知っている私には、あの美しいお顔のどこやらに潜む、一種の寂しさ・・・新婚を歓ぶというよりか、寧ろ辛い運命に、仕方なしに服従していると言ったような、やるせなさがどことなく感じられるのでした。
 兎も角こんな具合で、敦子さまは人妻となり、やがて一人の男の子が生まれて、少なくとも表面には大そう幸福らしい生活を送っていました。落城後私があの諸磯の海辺に侘住居をしていた時分などは、何度も何度も訪れて来て、何かと私に力をつけてくれました。一度は、敦子さまと連れ立ちて、城跡の、あの良人の墓に詣でたことがございましたが、その道すがら敦子さまが言われたことは今も私の記憶に残っております。-
 『一体恋しい人と別れるのに、生き別れと死に別れとではどちらが辛いものでしょうか・・・・。事によると生き別れの方が辛くはないでしょうか・・・・。あなたの現在のお身の上もお察し致しますが、少しは私の身の上も察してくださいませ。私は一つの生きた屍、ただ一人の可愛い子供があるばかりに、やっとこの世に生きていられるのです。もしもあの子供がいなかったら、私などはとうの昔に・・・・』
 現世に於ける私と敦子さまとの関係は大体こんなところでお判りかと存じます。
 それから程経て、敦子さまが死んだことだけは何かの機会に私に判りました。が、その時はそう深くも心にとめず、いつか会えるであろう位に軽く考えていたのでした。それより又何年経ちましたか、或る日私が統一の修行を経て、戸外に出て、四辺の景色を眺めておりますと、私の守護霊・・・・この時は指導役のお爺さんでなく、私の守護霊から、私に通信がありました。『ある一人の女性が今あなたを訪ねて参ります。年の頃は四十余りの、大そう美しい方でございます』私は誰かしらと思いましたが、『ではお目にかかりましょう』とお答えしますと、程なく一人のお爺さんの指導霊に連れられて、よく見覚えのある、あの美しい敦子さまがそこへひょっくりと現れました。
 『まァお久しいことでございました。とうとうあなたと、こちらでお会いすることになりましたか・・・・』
 私が近付いて、そう言葉をかけましたが、敦子さまは、ただ会釈をしたのみで、黙って下方を向いたり、顔の色などもどこやら暗いように見えました。私はちょっと手持ち無沙汰に感じました。
 すると案内のお爺さんが代わって簡単に挨拶してくれました。-
 『この人は、まだ御身に引き合わせるのには少し早過ぎるかと思われたが、ただ本人が是非御身に会いたい、一度会わせてもらえば、気持が落ち着いて、修行も早く進むと申すので、御身の守護霊にも頼んで、今日わざわざ連れて参ったような次第・・・御身とは生前又となく親しい間柄のように聞き及んでいるから、色々とよく言い聞かせてもらいたい・・・・』
 そう言ってお爺さんは、そのままプイと帰ってしまいました。私はこれには、何ぞ深い仔細があるに相違ないと思いましたので、敦子さまの肩に手をかけて優しく申しました。-
 『あなたと私とは幼い時代からの親しい間柄・・・・殊にあなたが何回も私の侘しい住居を訪れて色々と慰めてくだされた、あの心尽くしは今も嬉しい思い出の一つとなっております。その御恩返しというのでもありませぬが、こちらの世界で私の力に及ぶ限りのことは何なりとしてあげます。どうぞ全てを打ち明けて、あなたの相談相手にして頂きます。兎も角もこちらへお入りくださいませ。ここが私の修行場でございます・・・・』
 敦子さまは最初はただ泣き入るばかり、とても話をするどころではなかったのですが、それでも修行場の内部へ入って、そこの森(しん)とした、清らかな空気に浸っている中に、次第に心が落ち着いて来て、ポツリポツリと言葉を切るようになりました。
 『あなたは、こんな神聖な境地で立派な御修行、私などはとても段違いで、あなたの足元にも寄り付けはしませぬ・・・』
 こんな言葉をきっかけに、敦子さまは案外すらすらと打ち明け話をすることになりましたが、最初想像した通り、果して敦子さまの身の上には、私の知っている以上に、色々込み入った事情があり、そして結局とんでもない死に方-自殺を遂げてしまったのでした。敦子さまは、こんな風に語り出でました。-
 『生前あなたにも、あるところまでお漏らしした通り、私達夫婦の仲というものは、上辺とは大変に違い、それはそれは暗い、冷たいものでございました。最初の恋に破れた私には、元々よそへ縁づく気持などは少しも無かったのでございましたが、ただ老いた両親に苦労をかけては済まないと思ったばかりに、死ぬるつもりで体だけは良人(おっと)に捧げましたものの、しかし心は少しも良人のものではないのでした。愛情の伴わぬ冷たい夫婦の間柄・・・他人さまのことは存じませぬが、私にとりて、それは、世にも浅ましい、つまらないものでございました・・・。嫁入りしてから、私は幾度自害しようとしたか知れませぬ。私が、それもえせずに、どうやら生き永らえておりましたのは、間もなく私が身重になった為で、つまり私というものは、ただ子供の母として、惜しくもないその日その日を送っていたのでございました。
 こんな冷たい妻の心が、何でいつまでも良人の胸に響かぬ筈がございましょう。ヤケ気味になった良人はいつしか一人の側室を置くことになりました。それからの私達の間には前にも増して、一層大きな溝が出来てしまい、夫婦とはたた名ばかり、心と心とは千里もかけ離れているのでした。そうする中にポックリと、天にも地にもかけ換えのない、一粒種の愛児に先立たれ、そのまま私はフラフラと気が触れたようになって、何の前後の考えもなく、懐剣で喉を突いて、一図に子供の後を追ったのでございました・・・・』
 敦子さまの談話を聴いておりますと、私までが気が変になりそうに感ぜられました。そして私には敦子さまのなされたことが、一応もっともなところもあるが、さて何やら、しっくり腑に落ちないところもあるように考えられて仕方がないのでした。
 それから引き続いて敦子さまは、こちらの世界に目覚めてからの一部始終を物語ってくれましたが、それは私達のような、月並な婦女の通った路とは大変に趣が違いまして、随分苦労も多く、又変化にも富んでいるものでございました。私は今ここでその全部をお漏らしする訳にもまいりませんが、せめて現世の方に多少参考になりそうなところだけは、成るべく漏れなくお伝えしたいと存じます。
 敦子さまが、こちらで最初置かれた境涯は随分惨めなもののようでございました。これが敦子さま御自身の言葉でございます。-
 『死後私は暫くは何事も知らずに無自覚で暮らしました。従ってその期間がどれ位続いたか、無論判る筈もございませぬ。その中不図誰かに自分の名を呼ばれたように感じて眼を開きましたが、四辺は見渡す限り真っ暗闇、何が何やらさっぱり判らないのでした。それでも私は直ぐに、自分はモー死んでいるな、と思いました。元々死ぬる覚悟でおったのでございますから、死ということは私には何でもないものでございましたが、ただ四辺の暗いのにはほとほと弱ってしまいました。しかもそれがただの暗さとは何となく違うのでございます。例えば深い深い穴蔵の奥と言ったような具合で、空気がしっとりと肌に冷たく感じられ、そして暗い中に、何やらうようよ動いているものが見えるのです。それは丁度悪夢に襲われているような感じで、その無気味さと申したら、全くお話になりませぬ。そしてよくよく見つめると、その動いているものが、何れも皆異様の人間なのでございます。-頭髪を振り乱しているもの、身に一糸を纏わない裸体のもの、血みどろに傷ついているもの・・・・ただの一人として満足の姿をしたものは居りませぬ。殊に気味の悪かったのは私の直ぐ傍に居る、一人の若い男で、太い荒縄で、裸身をグルグルと捲かれ、ちっとも身動きが出来なくされております。すると、そこへ怒りのまなじりを釣り上げた、一人の若い女が現れて、口惜しい口惜しいと喚き続けながら、件の男に飛び掛かって、頭髪をむしったり、顔面を引っかいたり、足で蹴ったり、踏んだり、とても乱暴な真似を致します。私はその時、きっとこの女はこの男の手にかかって死んだのであろうと思いましたが、兎に角こんな呵責の光景を見るにつけても、自分の現世で犯した罪悪が段々怖くなってどうにも仕方なくなりました。私のような強情なものが、ドーやら熱心に神様にお縋りする気持になりかけたのは、ひとえにこの暗闇の内部の、世にも物凄い懲戒の賜物でございました・・・・』
 敦子さまの物語はまだ色々ありましたが、段々聞いてみると、あの方が何より神様からお𠮟りを受けたのは、自殺そのものよりも、寧ろそのあまりに強情な性質・・・・一旦こうと思えばあくまでそれを押し通そうとする、我儘な気性の為であったように思われました。敦子さまはこんな事も言いました。-
 『私は生前何事も皆気随気概に押し通し、自分の思いが叶わなければこの世に生き甲斐がないように考えておりました。一生の間に私が自分の胸の中を或る程度まで打ち明けたのは、あなたお一人位のもので、両親はもとよりその他の何人にも相談一つしたことはございませぬ。これが私の身の破滅の基だったのでございます。その性質はこちらの世界へ来ても中々脱けず、御指導の神様に対してさえ、全てを隠そう隠そうと致しました。すると或る時神様は、汝の胸に抱いていること位は、何もかも詳しく判っているぞ、と仰せられて、私が今まで極秘にしておった、ある一つの事柄・・・大概お察しでございましょうが、それをすっぱりと言い当てられました。これにはさすがの私も我慢の角を折り、とうとう一切を懺悔してお赦しを願いました。その為に私は割合に早くあの地獄のような境地から脱け出ることが出来ました。もっとも私の先祖の中に立派な善行のものがおったお蔭で、私の罪までがよほど軽くされたと申すことで・・・・。何れにしても私のような強情な者は、現世に居っては人に憎まれ、幽界へ来ては地獄に落とされ、大変に損でございます。これにつけて、私は一つ是非あなたに折り入ってお侘びしなければならぬことがございます。実はこのお詫びをしたいばかりに、今日わざわざ神様にお頼みして、連れて来て頂きましたような次第で・・・・』
 敦子さまはそう言って、私に膝をすり寄せました。私は何事かしらと、襟を正しましたが、案外それは詰まらないことでございました。-
 『あなたの方で御記憶があるかドーかは存じませぬが、ある日私がお訪ねして、胸の思いを打ち明けた時、あなたは私に向かい、自分同志が良いのも結構だが、こういうことはやはり両親の許諾を得る方がよい、と仰いました。何を隠しましょう、私はその時、この人には、恋する人の、本当の気持は判らないと、心の中で大変にあなたを軽視したのでございます。-しかし、こちらの世界へ来て、段々裏面から、人間の生活を眺めることが、出来るようになってみると、自分の間違っていたことがよく判るようになりました。私はやはり悪魔に魅入られていたのでございました。-私は改めてここでお詫び致します。どうぞ私の罪をお赦し遊ばして、元の通りこの不束(ふつつか)な女を可愛がって、行く末かけてお導きくださいますよう・・・・』

 この人の一生には随分過失もあったようで、従って帰幽後の修行には随分辛いところもありましたが、しかし元々しっかりした、負けぬ気性の方だけに、一歩々々と首尾よく難局を切り抜けて行きまして、今ではすっかり明るい境涯に達しております。それでも、どこまでも自分の過去をお忘れなく、『自分は他人さまのように立派な所へは出られない』と仰って、神様にお願いして、わざと小さな岩屋のような所に籠って、修行に勤しんでおられます。これなどは、寧ろ私共の良い手本かと存じます・・・・。

 以下の文章は、[迷える霊との対話]という、霊的知識の書物から抜粋した文章です。また、自殺に関するその他の霊的知識は、[自殺してはならない霊的な理由]に書かれています。

●自殺した映画女優の警告
1920年にフランスで自殺した映画女優のオリーブ・Tは、アルコールとタバコの中毒症状があった上に、霊的感受性が強かったことが誘因となって、邪霊に唆されたのだった。それから間もなく、まだ精神状態が混乱している中で招霊されて、どうにか真相に目覚めた。
 それから二年余り後に同じく映画女優のバージニア・Rを招霊会場に案内してきたオリーブが、その二年間の反省と体験を元に、特に若い女性に対して、次のような警告のメッセージを述べた。

 1922年4月19日
 スピリット=オリーブ・T

[前回ここでお世話になって以来、霊界で得ることが出来た素晴らしい体験のお礼を述べなければと思って、やって参りました。
 人生についての正しい教訓は幼少時から教え、真実の意味での生命を理解するように導いてあげるべきだと思います。生命の実相を映像の形で説いてあげたらどうでしょう?それをスクリーンに映し、死というものは存在しないことを教え、すべての人を待ち構えている美しい死後の世界のことを教えてあげれば、地上世界はずっと違ったものとなることでしょう。
 私も、女優としての仕事柄、一種の架空の世界に生き、人様を楽しませることを心掛けました。が、近頃の若い女の子が、遊び半分の人生に陥っていくのを見て、気の毒に思います。楽しいかもしれません。でも、束の間のことです。人間には必ず、ささやきかける声、というものがあります。『良心』です。どんなに打ち消そうとしても、どこまでもついてまわります。そういう浮かれた人生を送っている若い人達に、その愚かさを教えてあげられたら、と残念でなりません。
 より高い生命の世界が存在することを教え、その真実味を実感させてあげることが出来たら、と思うのです。自分の為でなく、人の為に生きることが大切なのです。そういう人生の基本原理を教え、間違った教義を教えてはいけません。
 地上世界の障害の一つは、アルコールとモルヒネの乱用です。そうしたものが少年少女を悲劇へと追いやっています。大人達は、ただいけないと咎めるばかりで、有効な手段を講じようとしません。結果的には、ますます彼らを悩みへと追いやっております。なぜかといえば、法律で禁じても、欲しいものはなんとしてでも手に入れるものなのです。禁じられる程、スリルがあって痛快なのです。
 それに付随して、もう一つ別の要素があります。それは、ウィスキーのような度の強いアルコール類には、様々な感情が絡んでくるものだということです。気難しい評論家は一方的にアルコールを目の敵にして魔物扱いしますが、それがかえって過敏な若者を刺激して、酔うと様々な感情が湧いてきて荒れ狂うようになり、ますます悩みへと落ち込んでいきます。
 人間はもっと、神の顕現である森羅万象の素晴らしさを学ばなくてはいけません。神は全存在の背後の生命であり、人間こそ、それを荒廃させている悪魔なのです。私が『人間』と言う時、現在の地上の人間だけを言っているのではありません。過去から現在に至るまでの『人類』のすべてのことを言っているのです。神は自由意志をお与えになったのですが、人間はそれを乱用しているのです。
 キリストの教えの本当の意味を理解しないといけません。アルコール党は『ワインはキリストがこしらえたんじゃないのか』とか、『それをみんなに分け与えたじゃないか』とか言って弁解しますが、ワインとは生命のことだということを理解しておりません。大半の人が、それをワインそのものだと思っているのです。
 神についても正しく理解しないといけません。神を怖がってはいけません。白い玉座に腰掛けた人間的存在ではありません。全生命の根源である霊的存在なのです。身の回りにあるものすべてが、霊的生命の顕現なのです。人間の言う『善なるもの』に存在価値があるように『悪なるもの』にも存在意義があります。悪を知らなければ善を知ることも出来ません。人生の教訓を学び、叡智を獲得し、不滅の生命の存在を悟るのは、現実の人生体験を通してのみ可能なのです。
 私が、死後、霊界へ来て真理を見出し、救われることになったのも、苦しい体験を味わっていたからです。良心の呵責という火の洗礼を受けて、私は霊的に浄化されたのです。私は真理に飢えておりました。だからこそ、いったん真理を見出したら、邪念というものが全てなくなったのです。黄金は火の精錬過程を経て初めて見出せるのです。良心の呵責を経て、私は自分自身の中に神を見出したのです。外にあるのではありませんでした。
 自己の中に神を見出し、そして得心することです。他人を裁く前に自分自身をよく知ることです。そうすれば、他人を裁けなくなります。すべての人を友とし、すべての人に善行を施し、どこにいても善行を心掛けることです。自我(エゴ)の垣根を取り払うことです。
 エゴが頭をもたげ、怒りやアルコール、その他もろもろの愚かなことに負けそうになるごとに、自分に、こう言って聞かせるのですー『絶対に腹を立てまい。いかなる誘惑にも負けないぞ』と。そして、仲間達にはおかまいなく、さっと『回れ右』して、我が道を行くのです。すると怒りもどこかへ消えてしまいます。そのように、言いたいことも我慢するということを繰り返すことにより、心に調和が生まれるのです。
 怒りの情念の中にある時は、後になって言わなきゃよかったと後悔するようなことを、つい言ってしまうものです。そして、その言葉がいつまでも心から消えないのです。ですから、怒りの念が湧き出るのを覚えた時は、そんなものには負けないぞと自分に言って聞かせ、回り右をして、『自分は自分を克服するのだ。もっと高いものを求めるのだ。つまらぬものには負けないぞ。お前(怒り)なんかには入らせないぞ』と言って聞かせるのです。
 あの時の私は怒りに燃えていました。それは私の死を意味していたのです。どういうことをしたかー自殺したのです。本気で自殺するつもりではなかったのです。が、その後の私が怒りの中にあったことが、死に繋がったのです。手遅れにならないうちにエゴを克服することです。度を超えないうちに怒りを抑えるのです。
 あの時の私は、怒りの念に押し流されてしまったのです。その結果はどうなったかー自殺していたのです。目が覚めて、自分のしたことに気づいた時、地団駄を踏んで後悔しました。それが、ただの怒り、つまり利己主義の絡んだ怒りからやってしまったことだったのです。
 自我を克服しましょう。もしも怒りの念に襲われた時は、こう言うのですー『さがれ、サタンめ!
と。そして、心の中で回れ右をすれば、それで、取り憑こうとしていた邪霊を閉め出すことになるのです。私がもしそうしておれば、あのようなことにはならなかったであろうに、と悔やまれてなりません。
 もしも私が、地上の人々に歩むべき正しい道について語り、生命の実相とイエスの教えの本当の教訓、それに、心がけ次第で私達みんながいかに多くの善行を施すことが出来るものであるかを、映像の形でスクリーンに映し出してあげることが出来たら、多くの犯罪者が心を入れ替えて、善男善女となってくれることでしょう。
 オリーブ・Tでございます。さようなら」 

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