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カテゴリ:★『スピリティズムによる福音』 > スピリティズムによる福音 第21章

第二十一章 偽キリストや偽預言者が現れるであろう

果実によってその木を知る

予言者達の使命

偽預言者達の奇蹟

全ての霊を信じてはなりません

◆霊達からの指導

偽預言者

真なる預言者の特徴

幽界における偽預言者達

エレミアと偽預言者達

果実によってその木を知る

一、悪い果実を結ぶ木は善くないし、善い果実を結ぶ木は悪くない。このように、果実によってその木を知ることが出来ます。茨からいちじくは採れないし、野ばらからブドウの房を摘むこともありません。善人はその心の善き宝より善いものを取り出し、悪人はその心の悪しき宝より悪いものを取り出します。故に口は、心を満たしていることを語るのです。
(ルカ 第六章 四十三-四十五)

二、中身は貪欲な狼でありながら、羊の毛を被り、あなた達のもとにやって来る偽預言者達から身を守りなさい。あなた達は、その果実によって彼等を見分けることが出来るでしょう。茨からぶどうを採ったり、あざみからいちじくを集めたりすることが出来るでしょうか。そのように、善い木には善い果実が実り、悪い木には悪い果実が実るのです。善い木は悪い果実を生むことはなく、悪い木が善い果実を生むこともありません。善い果実を生まない木は皆切られ、火に投じられてしまいます。このように、あなた達は、偽預言者をその果実によって見分けるのです。(マタイ 第七章 十五-二十)

三、誰にも誘惑されないように気を付けなさい。なぜなら、多くの者が私の名を語って現れ、「私はキリストである」と言うからです。そして多くの人々を誘惑するでしょう。
 多くの偽預言者が現れ、多くの人々を誘惑するでしょう。そして非道徳がはびこり、多くの慈善が冷めてしまうでしょう。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われるのです。
 故に、もし誰かがあなたに「キリストがここにいる」とか「キリストがあそこにいる」と言っても絶対に信じてはなりません。或は偽キリストや偽預言者達が現れ、大きな奇蹟や驚くべきことを行い、出来れば、選ばれた者達をも誘惑しようとするでしょう。
(マタイ 第二十四章 四、五、十一-十三、二十三、二十四、マルコ 第十三章 五、六、二十一、二十二)

預言者達の使命

四、
一般に、預言者には未来を予見する才能があるとされる為に、預言と予言は同意語のように認識されています。福音上の意味においては、預言者という言葉はより広い意味を持っています。人類を指導する使命を持ち、不可視の事柄や霊的生活の秘密を人類に示す、神より送られた全ての者を指します。故に、未来を予言することがなくとも預言者であり得ます。それがイエスの時代のユダヤ人達の考え方であったのです。そしてそのことから、イエスが最高司祭カイファの前へ連れて行かれた時、書記官や長老が集まって、イエスの頬に唾を吐きかけ、イエスを殴ったり打ったりしながら、「キリストよ、私達に預言し、お前を打ったのは誰か言ってみろ」と言ったのです。しかしながら、直感的、もしくは神よりの啓示として未来を予知し、人類への報せを伝える預言者も存在していました。そして予言された出来事が実際に起きたことから、未来を予知することが預言者に属する能力の一つとして考えられていたのです。

偽預言者達の奇蹟

五、
「偽キリストや偽預言者達が現れ、大きな奇蹟や驚くべきことを行い、出来れば、選ばれた者達をも誘惑しようとするでしょう」。この言葉は私達に、奇蹟という言葉の真の意味を教えてくれています。宗教学的には、奇蹟もしくは奇跡とは、自然の法に反した特別な現象を意味します。それら全てを神だけが行える業としている為、神が望めばそれを取り消すことが出来るということは、疑いようもありません。しかし神が、劣等で非道な者達に神と等しい力を与える筈はなく、ましてや神が成したことをやり変える権利を与える筈はないと、私達の良識は即座に訴えます。こんな原則をイエスが神聖化した筈はありません。もし、この言葉の文字通り、悪の霊が選ばれた者さえも騙すような奇蹟を引き起こす力を持ち、神が行うようなことを行えるのであれば、奇蹟や奇跡は神から送られて来た者達だけの特権ではなくなり、聖人の奇蹟と悪魔の奇蹟を区別するものがないことになってしまいます。よって、これらの言葉の、もっと合理的な意味を見出すことが必要になります。
 一般の無知な人にとって、原因の分からない現象は、全てが超自然で、素晴らしく、奇跡的な現象となってしまいます。その原因が分かれば、その現象は、それがどんなに特異なものに見えても、自然の法則に適合した現象に過ぎないのだと認識するようになります。こうして、超自然的な事柄の輪は科学の輪の広がりと共に狭まっていきます。どんな時代にも、自らの為にその野心や利害と支配欲によって、超人的な力の持ち主という権威を得ようとしたり、自分を神の使いであると思わせようと、所有するある種の知識を悪用した人々が存在しました。こうした人々が偽キリストであり、偽預言者なのです。光が広がることによって、彼等は信用を失い、結果的にそうした者達の数は人類が啓発されるに従って減少していきます。つまり、人々が奇蹟と考えるようなことを行うことは、神からの使いである印とはならず、誰にでも手の届く何らかの知識や特別な肉体的能力を発揮させたことによる結果であり、それに相応しくない者にでも、それに相応しい者と同様にその所有は禁止されていないのです。真なる預言者は、その真摯な態度や道徳性によってのみ知ることが出来ます。

全ての霊を信じてはなりません

六、愛する者達よ、あらゆる霊を信じるのではなく、その霊が神の霊か試しなさい。なぜなら、世には多くの偽預言者が存在するからです。
(ヨハネの第一の手紙 第四章 一)

七、霊の現象は、一部の人達が好んでそう言うように、偽キリストや偽預言者を助長するどころか、反対に、彼等に致命的な一撃を与えます。スピリティズムに奇蹟や奇跡を求めてはなりません。なぜなら、そのようなものが引き起こされることはないと決定的に宣言しているからです。物理学や化学、天文学や地学が物質世界の法を解き明かすのと同様に、スピリティズムは科学にとっての自然の法則のように、その他の知られざる法則、霊の世界と物質世界の関係を支配する法則を解き明かします。今日に至るまで理解されていない現象の一種の法則の解説を提供し、依然として驚異の支配下に存在し続ける事柄を破壊します。このことから、現象を自分自身の利益の為に悪用したいと考え、自分を神より送られた救世主に仕立てようとしても、他人の信用を長い間弄ぶことは出来ず、じきに仮面を引き剥がされることになるでしょう。もっとも、既に述べたように、そうした現象は引き起こすだけでは何を証明することもありません。使命とは道徳的な影響によって証明されるのであり、それは誰にでも引き起こせることではありません。それが、スピリティズムの科学の発展の結果の一つです。ある現象の原因を調べることによって、多くの神秘のベールを剥がすことになります。光よりも闇を好む者だけが、スピリティズムを打ち消そうとします。しかし、真実とは太陽のようなものです。最も濃い霧をも消失させるのです。
 スピリティズムは、偽キリストや偽預言者よりもずっと危険な分類、すなわち生きた人々の間ではなく、肉体を失った死者の間に存在する分類について明らかにしています。それは人を騙す霊、偽善的な霊、高慢な霊、知ったかぶりをする霊達の分類であり、彼等は地上を後にして幽界へ行くと尊敬される名前を名乗り、ありとあらゆる馬鹿げた考えをより容易に受け入れさせようと仮面を被ります。彼等は霊媒の関係について知られる以前は、直感を与えたり、聴覚に訴えたり、無意識の内に話をさせる霊媒性といった、より目立たぬ方法を通じて行動していました。様々な時代において、そして特に最近では、キリスト、マリア、その母、もしくは神とまで、自分を称する者の数は相当なものです。聖ヨハネは人類がそのような者達に気を付けるように、次のように言っています。「愛する者達よ、あらゆる霊を信じるのではなく、その霊が神の霊か試しなさい。なぜなら、世には多くの偽預言者が存在するからです」。スピリティズムは、善霊であることを見分ける、常に道徳的で、決して物質的ではない特徴を示すことによって、私達が霊達を試す手段を与えてくれています。それは悪い霊と善い霊を区別する方法で、特に次のイエスの言葉を当てはめることが出来ます。「悪い果実を結ぶ木は善くないし、善い果実を結ぶ木は悪くない。このように、果実によってその木を知ることが出来ます」。ある木を、そこになる果実の質によって判断するのと同様に、霊はその成す行いの質によってその善悪を判断することが出来るのです。

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