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カテゴリ:★『スピリティズムによる福音』 > スピリティズムによる福音 第20章

第二十章 最後に来た労働者達

最後に来た労働者達

◆霊達からの指導

最後の者が最初になる

スピリティストの使命

主の労働者達

最後に来た労働者達

一、天の国とは、自分のぶどう園で働く労働者達を雇いに、朝早く出かけたある家の主人と同じである。彼は、労働者一人につき、一日一デナリオを支払うことを取り決めると、ぶどう園へ行くように言った。九時頃になって再び出て行くと、広場で何もせず会話をしている者達を見つけた。彼等に言った、「あなた達も私のぶどう園へ行けば、それに見合う賃金を支払いましょう」。彼等は行った。十二時頃と三時頃にも再び出て行き、同じことをした。五時頃となり、再び出て行くと、まだ暇そうにしている者達を見つけたので、次のように言った、「なぜ、あなた達は、働かずに一日中ここにいたのですか」。彼等は自分達を誰も雇ってくれなかったのだと言った。するとその者達に言った、「あなた達も私のぶどう園へ行きなさい」。
 夕方になると、ぶどう園の主人はその仕事を監督していた者に言った、「労働者達を呼び、最後に来た者から順番に、最初に来た者にまで渡るように賃金を支払いなさい」。そして、五時に来た者達が来て、一人一デナリオを受け取った。最初に雇われた者達の順番が来ると、より多く貰えるだろうと思い込んでいたにもかかわらず、受け取ったのは一人一デナリオだけだった。受け取ると、主人に対して不満を言った、「最後に来た者達は一時間しか働かなかったのに、あなたは一日中、暑さと重さに耐えた私達と同じだけ支払うのですか」。
 しかし、主人は答えて彼等に言った。「友よ、私はあなたに対してどんな損も与えていない。あなたは私と、一日一デナリオという取り決めをしたではありませんか。自分に与えられた賃金を受け取り、行きなさい。最後に来た者にも、私はあなたと同じだけ与えたいのです。自分のものを自分が望むようにしてはいけないのですか。それとも、私が善いことを妬ましく思うのですか」。このように、最後の者が最初になり、最初の者は最後になるのです。なぜなら、呼ばれる者は多いが、選ばれる者は少ないからです
(→第十八章 一 結婚披露宴のたとえ話)。(マタイ 第二十章 一-十六)

霊達からの指導

最後の者が最初になる

二、
最後に来た労働者に報酬を受ける権利はありますが、雇ってくれる者の為に働く意欲を抱いている必要があり、又怠慢や意欲が低い為に遅れて来たのであってはいけません。なぜ報酬を受ける権利があるかと言えば、夜明けから、彼を仕事に呼んでくれる人が来るのを首を長くして待っていたからです。働き者でありながら、仕事が不足していたのです。
 しかし、「私達は辛抱強い。休息は私に心地良い。ギリギリになってその日の報酬のことを考えればよい。私が知りもしなければ尊敬もしない雇い主にどうして迷惑をかける必要があるのか。より遅くなってから働けばよい」と言って、もしその日が早い時間に働くことを拒否していたとしたらどうでしょうか。友よ、このような者には労働者としての報酬はなく、怠惰な者に相応しい報酬しかなかったでしょう。
 では、働かずにいるばかりか、労働に充てられるべき時間を下らないことに使い、神を冒涜し、兄弟の血を流し、家族に動揺を与え、その人に託されたものを破壊し、無実の者につけ込み、遂には、人類のあらゆる不名誉を増大させてしまった者達には何と言えばよいでしょうか。又、次のような者はどうでしょうか。最後の時がやって来てから、「主よ、私の時間を無駄にしてしまいました。私を一日が終わるまで雇ってください。そうすれば、ほんの少しではありますが、私は自分の任務を果たすことが出来るので、やる気のある労働者の報酬をお与えください」。いけません。それではいけません。主はこう言うでしょう。「今あなたに与える仕事はない。あなたは自分の時間を浪費しました。学んだことを忘れたのです。もうあなたは私のぶどう園では働けません。だから、意欲のある時に学ぶことを再開し、私に申し出てください。そうすれば、あなたが一日のいつの時間にでも働けるよう、私の広い農地をあなたに解放します」。
 愛する善きスピリティスト達よ。あなた達は皆、最後に来た労働者です。「私は夜明けから働いているのだし、日が暮れれば仕事を終えるまでだ」と言う人は自尊心の強い人です。皆が呼ばれた時にやって来たのであり、ある者は少し早く、ある者は少し遅く、再生に辿り着いたのであり、皆が地上での生活に繋がれているのです。しかし、主は何世紀にも亘って、あなた達をぶどう園に呼び続けていましたが、あなた達はそこへ行こうとはしなかったのです。あなた達には報酬の弁済をする時がやって来たのです。あなた達に残された時間を有効に使い、あなたの一生が、あなた達にどんなに長く感じられても、永遠と呼ぶ時間に比べれば、ほんの束の間に過ぎないのだということを忘れてはなりません。(守護霊コンスタンティーノ ボルドー、1863年)

三、イエスは象徴の簡潔さを好みましたが、その男性的な表現で伝えた最初にやって来た労働者達とは預言者、つまり段階的な進歩の過程で足跡を残したモーゼやその他全ての開始者達のことを指しており、その進歩は後に、使徒達、殉教者達、教会の創設者達、賢者達、哲学者達、そして最後にはスピリティスト達によって記されることになるのです。後から来た者達は、救世主の登場の兆しがあった頃から宣言され予言されており、ここで同じ報酬を、或は、より大きな報酬を受け取ることになるでしょう。人類は集合的に仕事に取り組んでいる為に、後から到着した者は先駆者達の知性的な働きを相続して利用します。神は人類の連帯性を祝福します。とはいえ、実際には、昔の人々の多くが、今日再び生きているか、もしくは明日再び生きることになるのであって、そのようにして昔開始した事業を終わらせることになるのです。一人の愛国者、一人の預言者、一人のキリストの使徒、一人のキリスト教信仰の宣教者以上の者が私達の間に存在しているのです。彼等はより啓発され、より進歩しており、その仕事は最早基礎の仕事ではなく、建造物の棟木を組む仕事に取り組んでいるのです。したがって、受け取る報酬は、その仕事の価値に見合ったものになるのです。
 美しい再生の教義は霊的な従属関係を永遠のものとし、より明確にします。地上における任務の清算に呼ばれ、仕事を中断しても、霊は、継続的に再着手すべき仕事の存在に気付きます。彼はそれを見て、自分より先を行く者達の考えを大まかに理解したと感じると、豊富な経験を生かして更なる前進に挑み始めるのです。最初からいる労働者も、最後に来た労働者も、神の深い正義に対して目をしっかり開いている者は皆、不平を言うことはありません。彼等は仕事を熱愛しているのです。
 これがこの話の真なる意味の一つです。イエスが民衆に話す時に用いた全てのたとえ話と同様に、その中には啓示が含まれており、未来の始まり、あらゆる形と姿において、宇宙の全てを調和する荘厳なる統合力、全ての者の現在を過去と未来に結び付ける連帯性を示しているのです。(ハインリヒ・ハイネ パリ、1863年)

スピリティストの使命

四、
古い世界を奪い去り、地上の非道を消滅させる嵐の音がまだ聞こえないのですか。ああ。主よ、至上の正義にその信仰を託した者達を祝福してください。上から来る預言の声によって示された信仰の新しい使徒達よ、その使命を正しく達成したか、地上における試練に耐えたかに従って起こる霊の向上と再生の教義を説きに行ってください。
 最早驚くことはありません。炎はあなた達の頭上まで届いています。スピリティズムの真なる使徒達よ。あなた達は神に選ばれたのです。神の言葉を説きに出かけて行ってください。あなた達の習慣や労働や無用な従事を、その普及の為に犠牲にすべき時がやって来ました。宣教に出かけて行ってください。高尚な霊達があなた達と共にあります。神の声は絶え間なく自己の放棄を呼び掛けるので、あなた達は必ず、神の声を聞きたがらない人々と話すことになるでしょう。貪欲な人々に無関心を、ふしだらな者には禁欲を、家庭の君主や暴君達には温和さを説きに行ってください。種を蒔く土地にあなた達の汗で水をまくことを仕事としてください。一方で、福音の鍬やくわによって繰り返し耕されることがなければ、その種が育ち実を結ぶことはありません。行って、教えを説いてください。
 善き信心を持った者達よ、無限の中に撒き散らされた世界を前に、自分の劣等を認識する者達よ。不正義と非道に対抗する活動に身を投じてください。行って、日を追う毎に広がる金の子牛の崇拝を禁じてください。行けば神が道を示してくれます。質素で無知な人々よ、あなた達の舌は動き、どんな雄弁家にも真似の出来ない話をすることが出来るでしょう。行って、教えを説いてください。注意深い人々はあなた達の慰安、兄弟愛、希望、平和の言葉を幸せに受け止めるでしょう。
 あなたの行く道に待ち伏せる者のことを気にする必要はありません。狼の罠には狼しかはまることはなく、羊飼いはその羊達を生贄の火から守ることを知っています。
 神の前に偉大なる人々よ、霊媒性を実際に目にすることに拘らずに受け入れる者達よ、それを自分自身の手に入れることが出来なかったとしても、使徒トマスよりも幸せな者達よ、行ってください。行けば神の霊が導いてくれます。
 だから、威厳のある一隊よ、信仰によって前進してください。朝霧が朝日の光に消えていくように、大きな不信心の集団もその前から消えていきます。
 信仰は山をも動かす美徳であることをイエスは言いました。しかし、最も高い山よりも重いのは、人類の心の中に横たわる不純さと、そこから生まれるあらゆる悪癖なのです。ですから、勇気を満たして出発し、あなた達が異教徒の文明以前の時代についてとても不完全にしか知らないのと同じように、未来の世代には昔話としてのみ知られるべき非道の山を取り除きに行ってください。
 もっとも、地球上のあらゆる地点では、哲学的、道徳的反乱が巻き起こるでしょう。神の光が二つの世界に溢れ、こぼれる時が近付いているのです。
 だから、神の言葉を運んで行ってください。それらを軽んじる自惚れた人達のもとにも、証拠を強いる知識人達のもとにも、それらを受け入れる小さく、素朴な人々のもとにも運んで行ってください。なぜなら、特にそうした役割や地上の試練に殉じる者の中に、信仰と熱意が存在しているからです。行ってください。こうした者達は神への感謝と賛美の歌と共に、あなた達が届ける聖なる慰安を受け取り、頭を下げ、地上が彼等に与えた苦しみに対して感謝をするでしょう。
 決意と勇気によってあなた達の隊を武装してください。仕事に取り掛かってください。鍬の準備は整っています。土地が待ち受けています。耕しにかかってください。
 神が託してくれた輝かしい使命を、神に感謝しに行ってください。しかし、注意も必要です。スピリティズムに呼ばれた者達の中でも、多くの者がその道を歪めてしまいました。だから、あなた達の道を修正し、真実に従ってください。

質問 スピリティズムに呼ばれた者達の中でも多くの者がその道を歪めたといいますが、正しい道にあるということを確認することの出来る証とは何でしょうか。

答え 
彼等が教え、実践する真なる慈善の原則によって知ることが出来ます。彼等が慰安を届ける苦しむ人々の数によって知ることが出来ます。その隣人愛、甘受の態度、個人的な利害の放棄によって知ることが出来ます。最後には、その原則の勝利によって知ることが出来ます。なぜなら、神はその法の勝利を望んでいるからです。神の法に従う者こそが選ばれた者達であり、神は彼等に勝利を与えます。しかし神は、その法の真髄を偽り、自分の野望と虚栄心の満足の足掛かりとして利用する者達を消滅させます。(霊媒の守護霊エラストゥス パリ、1863年)

主の労働者達

五、
人類の変革の為に生じることが告知された事柄が成就する時が近付いています。その時、自己放棄と慈善以外の目的なしに主の農園で働いている者は幸運です。その労働の日々は期待していたよりも百倍にして支払われるでしょう。「主がやって来た時には仕事が終わっているように、共に働き、私達の力を合わせましょう」と自分の兄弟に伝える者は幸いです。彼等に主は、「善き使い達よ、私の下へ来なさい。あなた達は自分の妬みやあなた達の不和に対して静寂を強いることを知り、仕事に損害を与えませんでした」と言うでしょう。しかし、自分達の意見の相違によって収穫の時期を遅らせてしまった者は不幸なものです。なぜなら、嵐が彼等の下へやって来て、竜巻の中に巻き込まれてしまうからです。「慈悲を、慈悲を」と叫ぶでしょう。しかし主は、「自分達の兄弟に対して慈悲がなく、彼等に手を差し伸べることを拒んだ者達よ、弱き者達を助ける代わりに圧した者達よ、どうして慈悲を求めることが出来ようか」と言うでしょう。あなた達の報酬を既に地上の喜びや自分達の自尊心を満たすことの中に求めておきながら、どうして慈悲を求めることが出来ましょうか。既に求めていた通りの報酬は受け取ったのです。あなた達に求められるものはなく、天における報酬は、地上において報酬を求めなかった者達のものなのです。
 神は今まさに、その忠実な使徒達を調べに当たっており、献身が単に表面的な者達には既に印をつけ、彼等が活力に満ちた使徒達の報酬を騙し取ることが出来ないようにしています。自分達の仕事を前にして退くことのない者達に、神はスピリティズムによる偉大なる更生の事業の中のより難しい役割を託すでしょう。次の言葉の通りになるのです。「天の国においては、先の者達が後になり、後の者達が先になる」。(真実の霊 パリ、1862年)

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