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心霊治療家ハリー・エドワーズ 目次

心霊治療家ハリー・エドワーズ1

心霊治療家ハリー・エドワーズ2

心霊治療家ハリー・エドワーズ3

シルバーバーチとハリー・エドワーズ

これまでに心霊治療についての記述が幾つか出てきましたので、ここで一番有名な心霊治療家を紹介したいと思います。名前はハリー・エドワーズと言います。それでは、以下に彼の詳細を書きます。ただ、心霊治療については、日本国内に良い心霊治療家が果たしているのか?ということは、私は一切知らない。特に大病も今まで患っていないので、探す理由もないからです。だから、心霊治療についての知識を得ても、日本国内に金儲け目的の詐欺者ではなく、真の心霊治療家がいるのかどうかは、私は知りません。ご病気の方で心霊治療を受けたいと思っていらっしゃる方がいましたら、自己責任で心霊治療家を探すなり、治療を受けるなりしてください。その心霊治療家の真偽の判断は、あなたに任せます。

出典元 [日本人の心のふるさと《かんながら》と近代の霊魂学《スピリチュアリズム》]


 「私が思うに、ヘンリーはイエスが地上時代に行ったことよりも大きい仕事をしていると思う・・・」
 これは、サイキック・ニューズ紙の主筆として大活躍していた頃のモーリス・バーバネルが、ハリー・エドワーズの助手として働いていたレイ・ブランチに語った言葉である。([ハリー]はヘンリーの愛称。[レイ]はレイマスの愛称)
 その時二人は昼食を共にしていた。バーバネルがさりげなく口にしたこの言葉に、ブランチは思わずコーヒーを混ぜていた手を止め、途方もなく大げさなことを口にしたことを照れ隠し、笑い出すだろうと、バーバネルの顔をじっと見つめていた。しかし、メガネの奥の眼にはついに笑みは表れず、その表情は真実を語った者のそれだったという。
 これはレイ・ブランチ畢生(ひっせい)の大著(ハリー・エドワーズ-偉大なる治療家の生涯)の第一章の冒頭を飾るエピソードである。
 これに続けてブランチは、キリスト教界からは冒涜のそしりを免れないかも知れないが・・・と断りながらエドワーズをイエスと対比させ、イエスは死後の蘇りなどの神秘的な現象によってカリスマ的存在に祭り上げられてはいるが、奇跡的治癒力を武器に、時の権力と闘いながら霊的真理の普及に尽力し、最後まで無欲の人間愛を失わなかったという点においては、エドワーズはイエスに勝るとも劣らぬ人物だったと述べている。

生い立ち

 エドワーズは九人の子供の長男として、1893年に誕生している。父親は植字工で、収入は決して多くはなかったが、身なりに気を配る紳士だったようである。
 十四歳で初等教育を終えると、父親はヘンリーを印刷工場への奉公に出した。当時としてはそれが当たり前のことで、ヘンリーも、印刷の仕事は好きではなかったが、父親の言に素直に従った。しかし、十五歳の時に英国の総選挙があり、ふと見かけた自由党のポスターに惹かれてその事務所の中に入り、ビラ配りの仕事を手伝ったりした。
 そのことがきっかけでヘンリーは急速に政治への関心を深めて行き、十六歳の時に青年自由党に入党し、政治活動に夢中になる。当時は英国史に名高い名演説家で自由党党首のロイド・ジョージが健在で、ヘンリーは度々彼の演説を聞きに行っている。その時に身に付けた巧みな演説法が、後に英国霊的治療家連盟の会長として英国中の大ホールで行った講演や、英国国教会や医師会を相手に挑んだ論戦で大いに役に立つことになる。
 今から思えば、それもエドワーズの使命達成の為の準備として背後霊団が計画的に用意した過程であったものと察せられるが、それよりも遙かに重大な準備の過程がこれから始まろうとしていた。

心霊現象の研究

 
二十一歳の時に第一次世界大戦が勃発し、ヘンリーも陸軍に招集されてペルシャ(現イラン)へ派遣される。そしてそこで戦争体験ではなく、後の霊的治療の前兆ともいうべき、現地人相手の奇跡的治病を体験している。
 その頃から既に治療家としてそこそこの仕事はしていたが、仮にもしスピリチュアリズムという霊的基本原理を学ぶことなく続けていたら、日本でいう「拝み屋さん」程度の病気治しで終っていたことであろう。間もなくジャック・ウェバーという物理霊媒との出会いによって運命の歯車が大きく回転することになる。
 エドワーズがウェバーの物理実験に出席したのは1938年で、その現象の凄さに打たれたエドワーズは、ウェバーを使ってその真偽を自分で確認すると同時に、証人として著名人にも立ち会ってもらい、更に各社の報道写真家に撮影してもらうことにした。
 それはほぼ一年間、延べにして二百回にも及び、エドワーズ自身のコメント、ジャーナリストの証言、それに四十枚近い貴重な写真と共に、[ジャック・ウェバーの霊現象]という著書となって出版された。その「まえがき」
てエドワーズはこう述べている。
 ・・・・・この十四ヶ月間には各界から大勢の人に証人として特別に立ち会って頂いた。BBC放送の代表、大手新聞社の代表、英米の心霊関係の新聞や雑誌の編集者、海軍元帥、牧師、科学者、大学役員等々である。特にロンドン及び地方の心霊機関の代表が念入りに霊媒の身体検査を行った。
 疑り深い人間は当然のことながら写真と解説の真実性を問題とするであろう。が、仮に本物でないとすると、右に紹介したような各界の著名な代表を含む何千人もの人々を手玉に取った陰謀が、これといった動機も報酬もなしに、単に人を騙すということの為に大々的に行われたことになる。(中略)
 死後の存続の事実を疑問の余地のないまでに証明するという事は、人類にとって計り知れない価値を有する。この地上生活は更に一段上の明るい生活への準備段階であり、そこには本質的にはこの世と変わらぬ個性をもった生活があり、従ってこの世での行いがその位置づけをすることになるということを認識すれば、自ずとこれまでの生活規範に改革を迫られることになる。(中略)
 本当の平和、本当の四海同胞は、人生の意義と目的を説く確固たる知識に基盤を置いた強力な霊的勢力をバックにしたものでなくてはならない。それによって偏見が影を潜め、死後存続の意義の重要性に一般の人々が目覚めれば、人類の文明はますます霊的価値を伴ったものとなり、社会的規範も、経済的観念も、国家的慣習も、そして国際的通念も、大々的な再構築を迫られ、人間的努力は詮ずるところ人類全体としての平和的で強調的な霊的進化の為に為されるべきであるとの理解に立って生活を発展させて行くことになるに違いない。言い換えれば、究極の目的は世界を霊的に浄化することであらねばならないのである。
 
 最後の「霊的に浄化する」は原語で[spiritualize]となっている。これがspiritualismの語源であり、私が「地球浄化の大事業」と訳す理由はそこにある。同時に、これを「心霊主義」と訳すのは間違いであると主張する理由もそこにある。スピリチュアリズムは単なるismつまり「主義・主張」ではないということである。


基本的原理の学習の大切さ

 この最後の章をまとめるに当って参照した著書はエドワーズ自身のものが三冊、ポール・ミラーという心霊評論家のものが一冊、そのミラーとバーバネルの共著が一冊、そして前出のブランチによる伝記の六冊であるが、エドワーズの最後の言葉となった「じゃ、また明日な」を聞きながらエドワーズの寝室を後にしたブランチが、最大の敬愛を込めて書き上げた渾身の伝記が、一番読み応えがある。
 その伝記の中で私が思わず膝を叩いて「同感!」を叫びたくなった部分がある。先のジャック・ウェバーとの関係を扱った章の冒頭で、エドワーズ自身の著書にもミラーやバーバネルの著書でもこのウェバーとの関係が通り一遍のもので終っているのは重大な手落ちであると明言していることである。ブランチは言う-


エドワーズが治療家的能力を見せ始めたその初期にスピリチュアリズム的人生観に辿り着いたのは決して不思議ではなかった。自分とは全く関係のないエネルギーや知性の働きが存在することについて、疑問の余地のない証拠を手にしたからである。
 霊団側に特定のチャンスないしは媒体を通して成就すべき仕事がある時、その人間の人生のある時期に、一見すると何でもないようで、後に全生涯を振り返った時に、掛け替えのない意義をもつ体験をさせられるものである。
 ヘンリーの場合も然りで、治療家としてこれから伸びようとする大切な時期に避けようにも避けられないチャンスが訪れ、霊団側が強制的といってよい程のパワーで迫った指示に従ったことで、治療家としての能力が大きく花開いたのだった。
 前章で述べた段階でのヘンリーは、霊的な不思議な働きを見せ付けられながら、あれこれと試行錯誤の中で用心深い足取りで治療に当っていた。そこへ霊媒能力をもつ若者の出現でスピリチュアリズム的現象への興味が一気に増幅され、二人の友情と協調作業が、その後のヘンリーの人生に極めて重大な一時期を画することになったのである。


この一節は実に重大な人生のパターンを示唆していると思う。抜きん出た才能に恵まれている人間でも、生まれながらの才能に甘んじてそれに特別の磨きをかける努力を怠ると、例えばピアノが弾けるといっても楽譜通りに弾けるといった程度で終わり、聴く者の心に響くような名演奏家にはなれないように、魂が感動して人生観が一変する程の霊的能力を発揮することは出来ないということである。
 その特殊な体験は個人によって様々な形を取る。黒住宗忠のように三年にも及ぶ闘病生活で体力のギリギリの限界まで消耗しきった段階で、眼に見えないエネルギーで一気に回復すると同時に奇跡的治癒力を発揮するに至ったケースもある。
 浅野和三郎は126日にも及ぶ留置場での精神統一によって審神者としての才能に本格的な磨きが掛けられている。その弟子の間部詮敦は生まれながらの霊能者で、神道流の修業をそこそこ積んでいたが、50歳を過ぎて浅野和三郎との出会いがあり、スピリチュアリズムという名の霊的知識、なかんずく[四魂説]と[四界説]を学ぶことによって本格的なレベルの覚醒に到達した。
 ある日、指導が終った後で浅野氏が独り言のように呟いたという。
 「お前の背後がワイワイ騒いでるぞぉ。凄いのがついたなぁ。これから忙しくなるぞぉ」
 この時から間部氏は本格的な神の使徒となったことを意味していると私は見る。そのことを意味しているのであろう、ある日私に「スピリチュアリズムの仕事に携わるには神の認可がいるんだよ」と言われたことがある。
 このことをさる霊能者に告げたら「その許可証をどうやって受取るのですか」と言って軽蔑的な笑みを浮かべたのを思い出すが、この程度のことが理解できないようではスピリチュアリズムの仕事は仰せつからないということであろう。

英国国教会による偏見

 さてエドワーズが英国各地で公開治療を催して驚嘆と感動の渦を巻き起こしているうちに、国教会と医師会から嫌がらせの横槍が入るようになった。
 一年あまりを掛けて二百回にも及ぶ物理実験を繰り返して死後の生命の実在に不動の確信を身に付けていたエドワーズは、霊的治療の源は霊界にあること、その治癒エネルギーが自分という媒体を通して患者に注入されること、或いは現代医学の医師の眼に奇跡としか思えない結果が生じることにも、それなりの原理・原則があること、つまり霊的治療にも法則があるのであって、決して神が直接関与しているわけではないとの認識に辿り着いていた。
 考えてみると人間は、こうして外的環境との接触の為に感覚が五つ備わっている身体で生活していることを当たり前と思っている。しかし、医学者の正直な告白によると、[見える]ということ、或いは[聞こえる]ということ一つを取り上げてみても、どういう仕組みになっているということは分かっていても、なぜそれで見えるのか、なぜそれで聞こえるのかは、今もって分からないという。
しかも、それがたった一個の直径一ミリ程の細胞が分裂を重ねた結果、現在のような全機能をそなえた統一体となっているのである。その間、親は何の関与もしていない。ただ性欲に駆られて精子と卵子の出会いの場を用意しただけである。全ては眼に見えない何らかの働きかけでそうなったということである。
 その「何らかの働きかけ」をここでは便宜上「神の手」と呼んでおこう。その神の手にとって、自らこしらえた人間の身体の異状、いわゆる病気を治すのは何の雑作もないことであろう。機械を組み立てた技術者が、その故障箇所を発見して修理するのが雑作もないのと同じであろう。
 これを黒住宗忠は「天照大神の御神徳」と表現している。短絡的ながら当らずといえども遠からずである。地球人にとっては太陽神が事実上の宇宙神であるから、そう表現してもあながち間違いとは言えないし、日本人にとって何の抵抗も感じられない。かんながら的な精神構造がそう然らしめるのかも知れない。
 ところが英国に限らずキリスト教国の人間にとってGod(ゴッド)の働きとはキリスト神の働きを意味し、それはゴッドの唯一の御子イエスを通じてしか得られないことになっている。神学でそう規定してある。従って、奇跡的治癒はキリスト教会でしか生じないことになる。
 そうなると、キリスト教徒でもなく聖職者でもないエドワーズが起こしている奇跡的治癒は神の仕業ではないことになる。それは悪魔の仕業であるとの教えを受けているある女性が心配して寄せた忠告(?)の手紙に、エドワーズは次のような返事を書き送っている。

 お手紙を読んだ私の脳裏に、史上最大の治療家がこの地上におられた二千年前のことが浮かんでまいります。そうです、イエスのことです。あのイエスが行った治癒は悪魔の仕業だったのでしょうか。あのイエスが見せた強力な治癒力は今もこの地上に存在し、道具となる人間を通していつでも働きかけるのです。


英国医師会からの嫉妬

エドワーズは初めのうちは自宅で治療するだけで、後に英国中で精力的に行ったデモンストレーション(公開治療)は全く行わず、ただ依頼されてスピリチュアリズムの講演をする程度だった。
 それが、時あたかも日本が敗戦を迎えていた頃のことである、ロンドンのある団体からの要請で、さほど多くない聴衆を前にしてスピリチュアリズムの話をしていた時、ふと、奇跡的治療をみんなの前で実地にやって見せようという[抑え難き衝動]を覚え、次の瞬間には「皆さんの中に関節炎を患っている方はいませんか」と尋ねていた。
 会場のあちこちから手が挙がった。全部というわけにもいかないので、その内の数人に壇上に上がってもらって治療したところ、全員がたちどころに完治してしまった。そしてそのニュースが新聞の大見出しになり、方々から要望が寄せられて、エドワーズも治療を交えての講演を真理普及の絶好のチャンスとして、積極的に打って出ることにした。
 それがやがて医師達の反感を買うことになる。同じく病気を治す仕事である以上、自分達かどうしても治せずに苦慮し、時には「不治」の宣告まで下した患者が、僅か数秒か一、二分で治ってしまっては医師として面子が立たないと思うのは、無理からぬことだった。
 一例を挙げると、フィリップという名の四歳の男の子が、小児麻痺で正常な歩行が困難だった。公開治療の当日もキャリバーという鉄製の支持器を左脚に付けていて、壇上に上がるのに母親の手助けが必要だった。
 エドワーズはフィリップを抱くような格好で背骨に両手を置いた。すると数秒後には左脚を自分で動かし始め、一分後にはエドワーズに両手を持ってもらって歩き始めた。エドワーズは母親にキャリバーを外させた。すると更に歩き方が自然になり、普通の子と変わらない足取りでそこら中を歩き始め、靴の音が五月蝿いので母親が脱がせた程だった。
 このフィリップは三歳の時にポリオに罹ったのであるが、実はその日、先天性のポリオの姉セルマも一緒に来ていた。その姉も一瞬の治療で治ってしまった。何百人もの会衆がその奇跡的治癒にどよめいたのだったが、そうした事実を聞かされた主治医のノエル・スミスは「二人はこれまでいかなる治療にも反応を示していない。小児麻痺の治療法は一つしかなく、それが医学的根拠に基づいたものであることを証明するのが私の義務だ。二人が治ったのは脊柱のズレを叩いて元に戻しただけで、全く医学的根拠のない、古臭いカイロプラクティックの危険な技がたまたま上手くいっただけだ」
と決め付け、心霊治療家はアクの強い性格をしているから、それに幻惑されて治ったかに錯覚しているだけ、と述べたという。
その一部始終を新聞で読んだエドワーズは同じ新聞でこう反論している。

 ノエル・スミス氏はセルマの脊柱が正常になったという事実そのものに何の異議も唱えていない。彼女は生まれながらにして脊椎に障害があった。それが僅か数秒で正常になった。それも衣服を着たまま、そして何の痛みも感じずにである。スミス氏はこの事実をどう説明されるのであろうか。
 そもそも、あれ程の脊椎の異状が、叩いたりカイロプラクティックの技で正常に戻ったとするスミス氏は、明らかに間違っている。衣服をきちんと身に付けた状態で僅か数秒で治るということは有り得ないことである。更に、私は叩くということはしていないし、カイロプラクティックについては一片の知識もない。
 肝心なのは、セルマは医学によって「不治」と見なされていたという事実である。もしも何らかの方法で背骨が真直ぐになるのであれば、なぜこれまでそうしなかったのか。セルマの歩行が改善されたのは全会衆の眼に明らかだった。
 次にフィリップのケースであるが、私の治療を受けるまでの状態は次の通りである。
一、片脚が使えず、歩行が出来ず、従ってベッドに寝たきりで、不治の小児麻痺として入院を断られていた。
二、診断の結果キャリバーが必要とされ、私のところへ来る二週間前からそれを付けていた。
三、それを付けても片脚を引き摺って歩き、もう一方の脚もよじれていた。
 私のもとに連れて来られた時のフィリップは以上のような状態だった。壇上に上がるのにも母親の手が必要だった。それが数秒後には左脚が動くようになり、私が母親に言ってキャリバーを外させた。すると-
一、少年は麻痺していた左脚で立つことが出来た。
二、正常な歩行が出来るようになった。
三、私の手を握り締めながら階段を歩いて下りた。
四、もう一方の脚のよじれも消えていた。
五、その後の一時間ばかりは、キャリバー無しで元気よく跳ね回っていた。靴の音がやかましいので母親が脱がせた程だった。
 以上のことをスミス氏はどう説明されるであろうか。新聞記事によると私の強烈な個性がそうさせたと仰ったようであるが、その程度の学説で、生まれつきの小児麻痺の子と三歳になってから小児麻痺になった子が完治した事実を片付けて、果たして大丈夫なのだろうか。


「病は道の入り口」

 エドワーズの追求はまだまだ続くのであるが、これくらいで十分であろう。
 そもそもエドワーズが事実上ほぼ三十年にも及ぶ治療家としての生涯を通じて、国教会や医師会を相手に論争を挑み続けたことには、別の意図があった。新聞や雑誌での反論にせよ大ホールでの講演にせよ、それがスピリチュアリズムの真理を、その論争の相手よりも第三者の一般の人達に理解してもらうチャンスと考えたのである。
 実は国教会の内部にも、医師会の内部にも、エドワーズに味方する人は決して少なくなかった。従って、いつまでも屁理屈を言って反論する頑迷固陋(がんめいころう)の輩を相手にしなくてもよかったのである。が、エドワーズはその一段上に照準を当てていたということである。
 ここで思い起こすのが黒住宗忠の「病は道の入り口」という言葉である。病気はただ治ればよいというものではない-そこを入り口として神の摂理を学ぶことこそ大切であることを説いているのであるが、これは古今東西を通じて類を見ない、簡にして要を得た明言というべきであろう。
 その為に宗忠は治療は治療として次々と病者に手当をした後で、必ず「講話」をしている。宗忠自身のメモを見ると、毎日どこかに呼ばれて治療と講話をしている。夕方と晩に二度の日もある。もしも前章の古記録にあるような霊的現象が伴っていたら、もっとスピリチュアリズム的な展開があって、話の内容に具体性が加味されていたことであろう。まだ時期が熟していなかったということであろうか。
 ここでスピリチュアル・ヒーリングをスピリチュアリズム的に解剖してみよう。

 奇跡的治癒が意味するもの

 [医学の父]と呼ばれるヒポクラテス以来二千年以上の歴史をもつ医学が「不治」の宣告を下した病気が数分で、時には数秒で全治してしまう-これは、先のフィリップの主治医のような専門家がどう難癖を付けようと、本人や家族はもとよりのこと、数百人、時には数千人の会衆が目撃し、驚嘆し、拍手とどよめきに会場が揺れた程の、れっきとした事実だったのである。
 更には、医学的にはあらゆる生命の兆候がなくなって「死」の宣告を下された人間、つまり「死者」さえ蘇らせた例も少なくない。英語で[シルバーコード]、神道で[魂の緒](たまのお)と呼んでいる生命の糸が切れていなかったから、ということは十分有り得ることである。しかし、そのまま放置しておけば死に至っていたことであろう。一体いかなる力が働いたのであろうか。
 先に筆者は人体の不思議に言及して、人間がいくら不思議に思っても、これを創造した側からすれば別に不思議でも何でもないであろうといった趣旨のことを述べた。人間に限らず自然界には、意識し始めたらキリがないほど不思議なことが幾らでもある。
 卑近な例では、人間にとって不愉快な存在である「蚊」も、生物として観察した時、実に素晴らしい能力と感覚をそなえている。あの羽音は不愉快極まりないが、あれだけの音を出すほど素早く羽根を動かす機能は、一体誰が備え付けたのであろうか。人間の肌に針を突き刺して血液を吸い取ることを誰が教えたのであろうか。叩こうとすると素早く逃げる感覚は誰から教わったのであろうか。私はついそういうことまで考えてしまう。
 蝶の羽化も、見ていると息を呑むほど感動的である。その途中の過程も人間的想像力を絶するが、最後に羽根を広げた時のあの左右対称の絵模様(デザイン)は、見る者を恍惚の境へと誘う。広げた羽根に模様を描くわけではない。広げるとあのような見事な模様になるように、DNAに組み込まれているのであろうが、それを一体誰がするのかということである。
 ノーベル文学賞受賞者のアナトール・フランスの名言に「偶然とは神が署名したくない時に使う偽名である」というのがある。裏返せば偶然などというものは存在しないということで、それはスピリチュアリズムによって完全に立証されたと言ってよい。
 (中略)
 以上の説明でお察しの通り、肉体という物的媒体もこの造化の階層で設計され、DNAに組み込まれ、何億年という歳月をけみして今日の段階まで発達してきた。その設計者達にしてみれば、人体のどこがどう病んでいようと、設計図に基づいて[修理]すればよいのであって、何の雑作もないことであろう。
 問題は、治療家がいかにしてその設計者達と連絡を取り、どこまで確実に適切な治癒エネルギーを受取るか、である。要はその媒体となる治療家の受容力が全てのカギを握っている。

 治らない病気もある

1976年に他界するまでの三十年間にエドワーズの治療所に寄せられた手紙は週平均で9000通、一年間で468000通、三十年間で無慮14040000通にもなる。これを重ねるとエベレストの250倍にもなる。
 内容は様々である。勿論治療依頼が一番多いが、途中経過の報告-完治しましたというもの、変化がありましたというもの、何の変化もありませんというもの-もあった。いずれにしても一つだけ共通していたのは、どの患者も散々医学の世話になった挙句に「不治」の宣告を受けた人達ばかりだったことである。
 しかし、よく考えてみると、治るということだけが大切なことであれば、エドワーズや宗忠のような奇跡的治癒の演出者をどんどん地上へ派遣すればよいことになるが、現実はそうではない。エドワーズもシルバーバーチ霊との対話の中でその点、つまりなぜ治らない病気があるのかについて真剣に質問している。
 その回答についてはこの後お読み頂くことにして、例の加賀の武士が「幽界にも顕界に漏らすわけには参らぬ秘密があるものなり。死後の世界は生前に考えおるものとはいたく異なるものぞ」と述べていることも注目すべきであろう。
 要するに地上の人間の常識的判断や願望は、宇宙的視野から見ると必ずしも通らないものがあるということで、そこには複雑な事情が絡んでいるようである。

《とっておきのエピソード⑦》

いずこからともなく現れて、いずこへともなく消えた謎の治療家

 
フランス系米国人のウソのようなホントの話である。名前をフランシス・シュラターといい、1895年7月にその奇跡的治癒の話が新聞に載った。それを読んだコロラド州デンバーに住むフォックスという人が、試しにと思って治療してもらったところ、持病の腎臓病が一度で完治した。
 その時のシュラターの住んでいた環境があまりにもむさ苦しかったので、篤志家のフォックス氏は、自宅の一室を提供し生活の一切の面倒を見るから、デンバーで治療に専念してみてはどうかと誘った。
 その厚意を受けてシュラターがデンバーに到着したのは9月のことで、それから謎の11月13日までのほぼ二ヶ月間、一日に少ない日でも700人、多い日は実に2000人もの人々を治療し、たった一人を除いて全ての病気が治ったという。その一人とは殺人犯で、そう直感したシュラターが治療を拒否したのだった。
 さて、謎の11月13日のことである。前夜はいつものようにフォックス氏の家族と共に食事を済ませ、お祈りをしてから「おやすみなさい」と言って部屋へ戻って行ったのであるが、次の朝、定刻の六時になってもシュラターの起きている気配がしない。
 疲れて寝過ごしているものと思い七時まで待ったが、やはり起きてこないので、フォックス氏がドアをノックしてみた。が、返答がない。不審に思ってドアを開けて入ってみると、ベッドにシュラターの姿はなく、枕元に書置きがあった。それにはこうあった-

 フォックス殿へ。
  私の使命も終わり、父が迎えに参りました。さようなら。
                              フランシス・シュラター             11月13日

 その日は無論のこと、翌日も、そのまた翌日も、治療を求めて遠路はるばるやってくる人が長蛇の列を作ったが、シュラターの姿はようとして行方知れずのままである。
 これはメカニズムから言えば一種の気化現象で、物質化現象の逆のプロセスが行われたと思えばよい。シュラターの肉体は大気中に消滅したのである。

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 どの道も同じで、初めは簡単に出来たことが次第に難しくなっていくものである。エドワーズも最初の頃は面白いほど簡単に治っていたのが、経験を積むに連れて、手こずる患者やどうしても治らない病気に出会うようになる。
 エドワーズにとって幸運だったのは、丁度同じ時期にバーバネルを霊媒とする交霊会が円熟期にあって、毎週一回、シルバーバーチと名乗る古代霊が出現して叡智に溢れる霊言を述べていたことである。エドワーズも度々協力者のバートン夫妻と共に出席して教えを乞うている。その中からテーマをヒーリングに絞った交霊会でのQ&Aを紹介する。([A]はシルバーバーチ。[Q]はここに掲げた写真の三人で、最初はエドワーズであるが、その後は交互に)

Q「心霊治療によって治るか治らないかは患者の魂の発達程度に掛かっていると仰ったことがありますが、そうなると治療家は肉体の治療よりも精神の治療の方に力を入れるべきであるということになるのでしょうか」
A「あなた自身はどう思われますか。魂に働きかけないとしたら、他に何に働きかけますか」
 (ここでは魂=精神と受け取って構わない-訳者)
Q「まず魂が癒され、その結果として肉体が癒されるということでしょうか」
A「その通りです」
Q「すると私達治療家は通常の精神面を構う必要はないということでしょうか」
A「精神はあくまでも魂の道具に過ぎません。従って魂が正常になれば自ずと精神状態も良くなるはずです。ただ、魂がその反応を示す段階まで発達していなければ、肉体への反応も生じません。魂が一段と発達するまで待たねばなりません。つまり魂の発達を促す為の様々な過程を体験しなければならないわけです。その過程は決して甘いものではないでしょう。なぜなら魂の進化は安楽の中からは得られないからです」
Q「必要な段階まで魂が発達していない時は、霊界の治療家も治す方法はないのでしょうか」
A「その点は地上も霊界も同じです」
Q「神を信じない人でも治ることがありますが、あれは・・・・」
A「別に不思議ではありません。治療の法則は神を信じる信じないに関係なく働きます」
Q「先程治療は魂の進化と関係があるように仰いましたが・・・」
A「神を信じない人でも霊格の高い人があり、信心深い人でも霊格の低い人がいます。霊格の高さは信仰心の強さで測れるものではありません。行為によって測るべきです。
 よく聞いてください。あなた方治療家に理解しておいて頂きたいのは、皆さんは治るべき人しか治していないということです。つまり、治った人は治るべき条件が揃ったから治ったのであり、そこに何の不思議もないということです。あれほど心がけの立派な方がなぜ治らないのだろうと不思議がられても、やはりそこにはそれなりの条件があってのことなのです。
 ですが、喜んでください。あなた方を通じて光明へ導かれる人はいくらでもいます。全ての人が治せなくても、そこには厳とした法則があってのことですから、気になさらないことです。と言っても、それで満足して努力することを止めてしまっては困ります。いつも言う通り、神の意志は愛の中だけでなく憎しみの中にも表現されています。晴天の日だけが神の日ではありません。嵐の日にも神の法則が働いております。それと同じく、成功と失敗とは永延の道ずれですから、失敗を恐れたり落胆したりしてはいけません」
Q「治療による肉体上の変化は私達にも良く分かるのですが、霊的な変化は眼で確かめることが出来ません」
A「たとえ百人の霊視能力者を集めても、治療中の霊的操作を全部見極めることは出来ないでしょう。それほど複雑な操作が行われているのです。肉体には肉体の法則があり、霊体には霊体の法則があります。両者ともそれぞれに複雑なのですからその両者を上手く操る操作は、それはそれは複雑になります。無論全体に秩序と調和が行き渡っておりますが、法則の裏に(別の次元の)法則があり、そのまた裏に(更に別の次元の)法則があって、言葉ではとても尽くせません」
Q「魂の病にも色々あって、それなりの影響を肉体に及ぼしていると思いますが、そうなると、病気一つ一つについて質的に異なったエネルギーが必要なのではないかと思われますが・・・・」
A「全く仰る通りです。ご存知の通り人間は大きく分けて三つの要素から成り立っています。一つは霊(スピリット)で、これが第一原理です。存在の基盤であり、種子であり、全てがここから出ます。次に、その霊が精神(マインド)を通して自我を表現しています。これが意識的生活の中心となって肉体(ボディ)を支配します。この三者が融合し、互いに影響し合い、どれ一つ欠けてもあなたの地上での存在はなくなります。三位一体というわけです」(ここでいう精神には潜在意識も含まれる-訳者)
Q「精神と肉体とが影響し合うわけですか」
A「そうです。霊的な発達程度からくる精神状態が肉体を変えていきます。意識的に変えることも出来ます。インドの行者などは西洋の文明人には想像も出来ないようなことをやってのけますが、精神が肉体を完全に支配し思い通りに操ることが出来ることを示す良い例でしょう」
Q「そういう具合に霊的治療が魂を目覚めさせる為のものであるならば、霊界側からの方がよほどやり易いのではないでしょうか」
A「そうとも言えますが、逆の場合の方が多いようです。と言うのは、死んでこちらへ来た人間でさえ地縛の霊になってしまうケースが多いという事実からもお分かりになると思いますが、肉体をまとった人間は、よほど発達した人でない限り、大抵は物的な波動にしか反応を示さず、私達が送る霊波には全く感応しないものです。そこであなた方地上の治療家が必要となってくるのです。従って優れた治療家は霊的波動にも物的波動にも感応する人でなければなりません。
 治療家に限らず、霊能者といわれる人が常に心の修養を怠ってはならない理由はそこにあります。霊的に向上すればそれだけ高い霊波が受けられ、それだけ仕事の内容が高尚になっていくわけです。そのように法則が出来上がっているのです。ですが、そういう献身的な奉仕の道を歩む人は、必然的に孤独な旅を強いられます。ただ独りで前人未到の地を歩みながら、後の者の為に道標を立てて行くことになります。
 あなた方にはこの意味がお分かりでしょう。特別な才能にはそれ相当の義務が伴います。両手に花とは参りません」
Q「細かい点は別として、私達が知りたいのは、霊界の医師は必要とあればどの治療家にでも援助の手を差し伸べてくれるかということです」
A「霊格が高いことを示す一番の指標は、人を選り好みしないということです。私達は必要とあればどこへでも出かけます。これが高級神霊界の鉄則なのです。あなた方も決して患者を断るようなことをしてはいけません。あなた方は既に精神的にも霊的にも立派な成果を上げておられます。人間的な眼で判断してはいけません。あなた方には物事の裏側を見る眼がないのです。従ってご自分のなさったことがどれ程の影響を及ぼしているかもご存知ないようです」




《とっておきのエピソード8》

イエスと無言の対面をしたエドワーズ

 スピリチュアリズムと関わったエドワーズの人生は、大きく三段階に分けることが出来る。第一段階は物理霊媒のジャック・ウェバーを使ってスピリチュアリズムの本質を理解し、また背後霊団から霊的治療が今生の使命であることを知らされて、試行錯誤の中でヒーラーとしての道を歩み始めるまで。
 背後霊団の指導的役割を担っているのが、英国人外科医で消毒法の完成者といわれるリスターと、フランス人化学者で狂犬病予防接種法の発見者であるパスツールであることは、既にその頃に知らされていたようである。
 第二段階がその頃に巡り合った同じく心霊治療家のバートン夫妻の協力を得て、治療所での治療は無論のこと、英国全土に出向いてデモンストレーションを催した最も実り多い時期で、二十五年間も続いている。
 第三段階がバートン夫妻が私的な事情でエドワーズのもとを離れ、代わってレイ・ブランチが奥さんのジョーンと共に協力者となって、1976年にエドワーズが他界するまで一緒に過ごした時期。
 さて、これから紹介するエピソードはバートン夫妻との出会いの直後にエドワーズが体験した霊的啓示で、エドワーズの生涯を決定づけるものとなった。
 1946年7月のデモンストレーションの日だった。例によって壇上に上がった不自由な体の人達が次々と正常になっていくのを見て、会場からどよめきと拍手が止まなかった。その中にバートン夫妻もいて、奇跡的治癒を目の当たりにしていた。
 その日の予定が終って会場から出て行く途中のことである。奥さんのオリーブ・バートンがエドワーズに声をかけて挨拶して、「あれほどの奇跡的治癒をやってのけながら最初から最後まで《神》Godという言葉をお口になさらなかったのは、何か意図があるのでしょうか」と尋ねた。
 これはエドワーズが生涯にわたって何度も聞かれた質問だった。無論これといって特別な意図はない。クリスチャンでもなくキリスト教について特別の知識もないエドワーズが、そうした奇跡を神の御業とするはずはない。スピリチュアリズム的な原理を十分に理解していたから、当然それを摩訶不思議なことと思うはずもない。
 といってその場でそんな難しい話をするわけにはいかないと思ったのであろうか、直接それには答えずに、「ほかにも色々とお話したいことがあるので一度私の治療所(サンクチュアリ)にいらっしゃいませんか」と誘った。
 それがきっかけで夫妻はその後サンクチュアリを何度か訪ねるようになるのであるが、その度にエドワーズは二人と自分とが霊的近親関係(アフィニティ)であることを感じるようになり、出来れば三人で一緒に仕事をやってみたいと思うのだった。しかし、その頃のエドワーズは既に失望と批判と反抗の嵐の中に立たされており、その大変さを思うと、容易にお願いするわけにもいかないと自分に言い聞かせていた。
 そんな日の続くある午後のことだった。その日の治療の予約を終え、三人は一服する為に治療室に隣接した休憩室に集まり、紅茶を飲みながら、その日届いた手紙に目を通していた。
 その時である。エドワーズはなぜか落ち着かない衝動を覚え始めた。手紙を読んでも紅茶を飲んでも消えない。その内、更に治療室へ行きたい衝動を覚える。それがかつてないほど鮮明なので、素直にそれに従って治療室へ入ってドアを閉めた。
 部屋を見渡すと、先程治療した時のままの椅子の乱れが目に入った。自分の椅子も少しズレている。エドワーズはその椅子に腰を下ろし、一体なぜこんなところへ連れてこられたのだろうと思っていた。その時である。エドワーズが後に語った通りを述べると-
 「・・・・・私の眼の前に白衣をまとった上品な風貌の人物が現れ、その全身から愛に溢れた、それでいて凛然とした意図で迫る、強烈な光輝を放散していた」
 その人物は一言も言わず、何一つ音を立てなかったが、その両手に大きめの金属製の輪の形をしたものを持ち、それに三つのカギが垂れ下がっているのが眼に入った。それを見た瞬間エドワーズは、これは「三人で歩め」との、自分達三人の将来を表したシンボルなのだと直観した。そう悟った次の瞬間、もうその人物の姿は消えていた。
 すっきりしたエドワーズは急いで休憩室へ戻って、今あったばかりのことをバートン夫妻に語って聞かせた。夫妻もそれを啓示と受け止めて、エドワーズの誘いに喜んで同意した。その瞬間こそ、その後大躍進していくことになる霊的治療活動の歴史の幕開けだったと言っても過言ではないであろう。
 エドワーズはその荘厳な人物をthe keep of the keysという呼び方をしていて、敢えて名前を出すことを控えている。「三つのカギの垂れ下がったリングを手に持った人」という意味であるが、紛う方なくイエス・キリストであろう。
 スピリチュアリズムの最高責任者が地上で《ナザレのエス》と呼ばれた人物であることは周知の事実であり、その後そのイエスを凌ぐ程の治療活動を展開することになるエドワーズへの勇気付けだったと見るのが正解であろう。エドワーズ自身の言によると、その後二度と同じ姿を見たことはないが、あの時に受けた感動的衝撃は終生忘れることはなかったという。
 ではなぜ「イエス・キリスト」とか「ナザレのイエス」とかの呼び方を控えたのであろうか。それは想像に難くない。キリスト教会との闘争の真っ只中にあったエドワーズにしてみれば、そうした名前を用いればまた論争のタネを撒くことになることを危惧したに違いないし、それより何より、あの時の神々しいイエスの容姿を自分の記憶の奥に大切に仕舞っておきたかったことであろう。

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