『これが心霊(スピリチュアリズム)の世界だ』M・バーバネル著 近藤千雄訳より

 霊媒が入神状態(トランス)に入り身体を背後霊に預けるというのは一体どういう状態をいうのだろうか。トランスに入るのは原則として自発的行為である。というのは、いかなる霊媒でも、霊媒としての存在よりも一人の人間としての存在の方を優先させるのが、霊媒としての仕事をする上で最も大切な点だからです。
 それ故、自分の存在そのものを背後霊に任せ切るということは、よほど背後霊に対する信頼と尊敬の念がなければ出来ないことをまず理解しなければならない。決して悪いようにはしないという信念があるのである。背後霊と霊媒とを結ぶその尊敬と情愛の深さは第三者には到底分からない。霊媒は何年何十年にも亘って背後霊の加護と援助を受けており、たとえ第三者には見えなくても、霊媒自身には紛れもない現実なのである。
 私はかつてヘレン・ヒューズ女史にトランスに入ったり出たりする時の感じを尋ねたことがある。女史が言うには、トランスに入るのは寝入る時の様子と似ているという。入る時の準備としてまず身心をリラックスさせる。すると次第に意識が麻痺してくる。その感じはクロロホルムを吸わされた時の感じとよく似ているという。
 トランスから回復する時の様子も睡眠から覚める感じと似ているという。トランスが深くて長時間に亘る時は、どこか遠い旅行から帰って来たような感じで、その感じは、トランス中に女史の身体を使用するスピリットが新米でなくて、いつもの背後霊(レギュラー)に限られた時程顕著だという。
 いずれにしても女史はトランスから覚めた時はいつも気持がいいという。例えてみればコップの水を棄てて新たに注いだ時のような新鮮な感じがするそうである。であるから女史はトランス現象は楽しいという。まず身心のリラックス状態が始まって、熟睡から覚めた感じで終わる。従って女史の持論は、トランス現象は霊媒の健康に決して害はないということである。無論過度にやらなければのことであるが・・・。
 時には背後霊の計らいで新しいスピリットに身体を使わせることがあるが、その時は声も身振りも姿勢も変わって、そのスピリットの特徴をみせる。
 私は女史の交霊会には何度となく出席しているが、証拠性の点からみて最も素晴らしいのは、寧ろ即興的にやった場合に多く見られた。つまり急に大切なメッセージが届けられるのをインスピレーション式に感じ取ってトランスに入った場合である。
 いつも決まって出る背後霊(レギュラー)は三人いる。その主任ともいうべき支配霊がホワイトフェザーと名乗るインディアンで、威厳があり、ゆっくりとした落ち着いた話し振りである。「この霊は私にとって哲人であり、教師であり、又慰め役でもあり、私の人生を築き上げてくれた恩人である」と女史は言う。
 次のレギュラーはグラニー・アンダスンというイングランド北部出身の女性で、その地方独特の方言と言い回しに特徴があり、素朴なユーモアと率直な人柄を備えている。
 もう一人はマジータと名乗るインディアンの子供で、その無邪気で罪の無さが会の雰囲気を和らげる作用をしている。
 仮にこの三人の背後霊の声をラジオで聞いたら、これが同一人物の口から出ているとはとても信じられないであろう。それ程三人三様の特徴がある。これをもしも女史が声色で使い分けているのだとしたら、女史はいっそのこと霊媒稼業を辞めて声帯模写を商売にした方が余程生活が楽になるのではないかと思う。
 この三人が、時折、交霊会の冒頭で続け様に話をすることがある。そしてホワイトフェザーとマジータが最後にもう一度出て来る。がグラニー・アンダスンは一回きりである。がその話の内容は簡にして要を得ている。
 ところで、このトランス(trance 失神状態)という用語を霊媒現象に使うのは全くの誤用である。スピリットに支配されている時の霊媒が百パーセント意識を失ってしまうことは比較的少ないからである。トランスにも色々と段階があり、うっすらと意識を失う初歩的なものから、完全に失神してしまうものまである。軽い場合は自分の口をついて出るスピリットの言葉が逐一分かっていながらその内容までは干渉出来ない状態である。
 トランス中の感覚は霊媒によって違うもので、自分の口で喋っているスピリットの話がちゃんと聞こえるのに、自分自身は何だか遠くにいる感じがするという人もおれば、その喋っている自分の身体の直ぐ上の辺りに位置しているような感じがするという人もいる。更には、これは数は少ないが、所謂幽体旅行をして、遠くの場所で見たり聞いたりしたことを意識が戻ってから思い出せる人もいる。
 私が色々考えた挙句の結論として言わせてもらえば、たとえトランスが完全な失神の段階に達したとしても、それは霊媒の潜在意識が完全に排除されたということにはならない。であるから私は、いかなる形式の霊媒現象にせよ、百パーセント純粋な霊通信は極めて稀であると言いたい。スピリットによる支配は一種の憑依現象であるが、どんな場合も必ず霊媒の潜在意識を通じて行われるのである。成果の出来不出来はスピリットがどれだけその潜在意識をコントロール出来るかにかかっているわけである。
 ところでこの霊媒現象を器械にやらせようという試みが色々となされてきたが、今もって霊媒の存在抜きでは上手くいっていない。その中で最も精妙に出来ているものでさえ霊媒が側にいてエネルギーを与えてやらないといけなかった。
 無線電信の権威の一人で、かのマルコニーと共にこの霊媒器の最初の実験に携わったフィスク卿 Sir Ernest Fisk は私に、器械による霊界通信は絶対出来るという確信を述べたことがある。卿が言うには、資金さえあれば必ず考案出来る。霊媒器は要するに霊界からの波長をキャッチ出来ればいいからだ、という。
 果してそんなことが可能かどうか私は知らない。第一そんなものが必要かどうかが異論のあるところであろう。私は、現在の地球人類のような、まだまだ進化の足らない段階で、もしもそんな器械が出来て、ネコもシャクシもまるでテレビやラジオのようにポンとスイッチを押しただけで霊界から通信が入るようになったら果してどんなことになるか、考えただけでゾッとする。
 いずれにしても、当分は生身の霊媒に頼る他はない。となると、ある程度その霊媒の精神的な個性によってメッセージが影響を受けることは覚悟しなければならない。霊媒は電話やテレビとは違う。自分なりの考えとか主義主張、偏見や先入観をもっている。それがある程度メッセージを脚色するに違いない。従って霊界からの通信には多かれ少なかれ霊媒自身の潜在意識が混じり込むことを常に斟酌してかからねばならない。
 ところで、我々の日常生活の行為の相当部分が潜在意識によってコントロールさせていることを知らない人が多いようだ。赤ん坊の頃を思い出してみるとよい。歩くという行為一つをとってみても、赤ん坊は最初その一歩一歩に全身全霊を打ち込む。それを何年も続けることによって殆ど機械的な動作となってしまったわけである。今では歩こうという意識が潜在意識に伝わるその瞬間に、歩く為に必要な筋肉、神経、腱、血行等が一斉に作動する。話すという行為も同じ過程であり、その他身体の機能は皆そうである。
 霊媒がスピリットにコントロールされるに際しても、まず精神的に受身になることが意識を鎮める第一歩である。スピリットは、程度は別として、霊媒をトランスに導く為にはまず意識を抑え、次に潜在意識を支配することによって霊媒を我がものとしてしまう。
 このことに関連して、一体霊媒は教養と学問を積むことがプラスになるかマイナスのなるかが長い間論争の種であった。余計な知識が少ない程潜在意識の抵抗も少ないと主張する一派と、知識が多い程霊媒としての質が良くなるのだと主張する一派とがある。
 私自身の考えでは、やはり知識は広くもつ程独断的にならずに済むと思う。交霊実験会という形で霊媒現象が見られるようになって120年ばかりになるが、その方法に関しては議論百出である。が私自身のかなり豊富な経験から言わせてもらえば、右の二派の意見は、それなりの根拠を挙げようと思えば挙げられるのである。
 示唆に富む例を一つだけ挙げると、第一級の霊媒の交霊会で支配霊がある見解を述べ、その後こんなことを言った。
 「今申し上げたことは実は私自身の意見ではありません。この霊媒の潜在意識を支配している考えなんです。それを私が申し上げたのは、私自身の意見を邪魔されずに述べようと思えば、そういう潜在意識にある支配的な観念を先に吐き出させて、取り除いてしまうしかないからです」
 心霊現象が発生するプロセスについて色々と説かれているが、そのいずれを取ってみても、その説の通りにやったからといって上手くいくものではない。我々人間は居ながらにして霊的存在であり、死後に使用する霊的属性を、未発達ながら、全部具えている。死んで初めて霊魂となるのではない。従って論理的に言えば、スピリットが霊媒を通じてやっていることは、方法さえ会得すれば、我々にも出来る筈なのである。
 それが中々上手くいかない理由の一つとして、地上界と死後の世界との間に時間と空間の違いがあるという点が考えられる。もっとも、ごく稀ではあるが、生者が肉体を脱け出てトランス霊媒を通じて話をした紛れもない例がある。がその場合でも、全責任をもつ支配霊の看視の下に行われる。
 その点ではインドのヨガ僧やイスラム教の行者などには超能力を開発して精神と肉体を完全に克服し、驚異的な芸当をやってみせる者がいくらもいる。そのプロセスには霊媒現象に似た要素が無いわけではない。がもしも交霊会で霊媒の背後霊のやっているようなことを、人間が同じ要領で自在にやれるようになったら、私は大変な混乱が生じるものと想像する。それかあらんか、どうやら交霊会の舞台裏の奥には秘密があり、決してその全ては教えてくれてないように思う。
 スピリットから教えられたある理論をもとに何年も実験して、ある種の現象の演出に成功した人を私は何人か知っている。がその場合も、その得られた結果は、教えられた理論からは出る筈のないものばかりであった。