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 オーエンも、モーゼスと同じく国教会の牧師として出発している。が、モーゼスが病気が原因で辞職せざるを得なくなったのとは対照的に、オーエンは二十年間も司牧した後に霊能が発現し、それが原因で国教会と信仰上の対立をして自ら辞職している。
 まず夫人に自動書記能力が発現し、不思議に思って調査・研究していくうちにオーエン自身にも同じ能力が発現する。モーゼスと同じく、自分の手が綴るメッセージの内容が伝統的キリスト教と異なる為に公表をためらったが、英国の新聞王ノースクリッフ卿の勧めで新聞に連載する。案の定、長老から非難を浴び、撤回を迫られるが、牧師職を返上して連載を継続、その完結後に全四巻として出版され、大センセーションを巻き起こした。
 その内容の概要はオーエン自身の「まえがき」が要領を得ているので引用しておく。

 この霊界通信ー自動書記、より正確に言えば霊感書記によって綴られた通信ーは形の上では四部に分かれているが、内容的には一貫性を持ったものである。いずれも通信を送って来た霊団が予め計画したものであることは明白である。
 母と子という肉親関係が本通信を開始する絶好の通路となったことは疑う余地はない。その点から考えて、本通信が私の母と友人達で構成された一団によって開始されることは極めて自然なことと言える。
 それが一応軌道に乗った頃に新しくアリストリエルと名乗る霊が紹介された。この霊はそれまでの通信者に比べて霊格が高く、同時に哲学的なところもあり、そういった面は用語の中にもはっきり表れている。母の属する一団とこのアリストリエル霊からの通信が第一巻『天界の低地』を構成している。
 この、いわば試験的通信が終わると、私の通信はザブディエルと名乗る私の守護霊の手に委ねられた。母達からの通信に比べるとさすがに高等である。第二巻『天界の高地』 は全てこのザブディエル霊からの通信で占められている。
 第三巻の『天界の政庁』はリーダーと名乗る霊とその霊団から送られたものである。その後リーダー霊は通信を一手に引き受け、名前も改めてアーネルと名乗るようになった。その名のもとに綴られたのが第四巻『天界の大軍』で、文字通り本通信の圧巻である。(中略)
 さて、聖職者というのは何でも直ぐに信じてしまう、というのが世間一般の通年であるらしい。なるほど[信仰]というものを生命とする職業である以上は、そういう見方をされてもあながち見当違いとも言えないかも知れない。が、私は声を大にして断言しておくが、新しい真理を目の前にした時の聖職者の懐疑的態度だけは、いかなる懐疑的人間にも引けを取らないと信じる。
 ちなみに私が本通信を信じるに足るものと認めるまでに四分の一世紀を費やしている。即ち、確かに霊界通信というものが実際にあることを認めるのに十年、そしてその霊界通信という事実が大自然の理法に適っていることを明確に得心するのに十五年かかった。(後略)

 スピリチュアリズムの本来の目的である[地球浄化の大事業]がどのようにして目論まれ、いかにして実行に移されたかが具体的に描写されたのは、この『ベールの彼方の生活』においてである。「イエス」「キリスト」「主」といったキリスト教の用語が大文字(日本語訳では太字)で出てくるので、キリスト教に馴染みのない方には抵抗があるかも知れないが、そこにこそオーエンのイエスへの敬虔な信仰が表れていると見るべきであろう。

 ●『ベールの彼方の生活』から

 膨大な量でしかも多彩なテーマが満載の通信の中から一部だけ紹介するのは暴挙の感を免れないが、関心のある方には全巻に目を通してくださることを期待して、ここでは地上の人間にとって最も興味のある死の直後について語っている部分を引用しておく。

 1917年12月7日 金曜日
 地球を取り巻く暗闇ー光明界から使命を帯びて降りてくる霊の全てがどうしても通過せざるを得ない暗闇ーを通って地球という名の[闘争の谷] から光明と安らぎの丘へと、人間の群れが次から次へと引きも切らずにやってまいります。これからお話するのは、その中でも、右も左もわきまえない霊達のことではなく、[存在]の意味、なかんずく自分の価値を知りたくてキリスト教の愛を人生の指針として生きてきた者達のことです。彼らは地上において既にその暗闇と煩悩の薄暮の彼方に輝く太陽が正義と公正の象徴であることを悟っておりました。
 それゆえ彼らはこちらへ来た時に、過ちではなかろうかと気にしながら生きてきたものを潔く改める用意と、天界へ向けての巡礼の旅において大きく挫折し或は道を見失うことのないように陰から指導していた背後霊への信頼を持ち合わせているのです。
 それはそれなりに真実です。が、彼らにしてもなお、いよいよこちらへ来てその美しさと安らぎの深さを実感した時の驚きと感嘆は、あたかもカンバスの上に描かれた光と影だけの平面的な肖像画と実物との差にも似て、その想像を超えた躍動する生命力に圧倒されます。

ー分かります。でも、何か一つだけ例を挙げて頂けませんか、具体的なものを。
 無数にある例の中から一つだけと言われても困りますが、では最近こちらへ来たばかりの人の中から一人を選んでみましょう。つい先頃壁を突き抜けて来たばかりで、通路脇の草地に横になっていた若者を紹介しましょう。(ここでオーエンがその『壁』とは何かという質問をし、通信霊が詳しく説明しているが、ここでは割愛するー訳者)
 その男は道路脇の芝生に横になっていましたが、その道は男を案内してきた者達の住居の入り口に通じる通路でした。間もなく男は目を覚まして辺りの明るい様子に驚きの表情を見せましたが、目が慣れてくると、彼を次の場所まで案内する為に待機している者達の姿が見えてきました。
 最初に発した質問が変わっていました。彼はこう聞いたのです。
 「私のキットはどうしたのでしょうか。無くしてしまったのでしょうか」(キットは普通、身の回り品のことであるが、ここでは兵士の戦闘用具)
 するとリーダー格の者が答えました。
 「その通り、無くされたようですね。でも、その代わりとして私達がもっと上等のものを差し上げます」
 男が返事をしようとした時、辺りの景色が目に入った。
 「それにしても、こんなところへ私を連れて来たのはどなたですか。この国は見覚えがありません。敵の弾丸が当たった場所はこんな景色ではありませんでしたが・・・」そう言って眼をさらに大きく見開いて、今度は小声で尋ねた。
 「あの、私は死んだのでしょうか」
 「その通りです、あなたは亡くなられたのです。そのことに気づかれる方はそう多くはありません。私達はこちらからずっとあなたを見守っておりました。生まれてから大きく成長されていく様子、職場での様子、入隊されてからの訓練生活、戦場で弾丸が当たるまでの様子、等々。あなたが自分で正しいと思ったことをなさってきたことは、私達もよく知っております。全てとは言えないまでも、大体においてあなたはより高いものを求めて来られました。ではこれから、こちらでのあなたの住まいへご案内致しましょう」
 男は少しの間黙っていたが、その後こう聞いた。
 「お尋ねしたいことがあります。よろしいでしょうか」
 「どうぞ、何なりとお聞きください。その為にこうして参ったのですから・・・・」
 「では、私が歩哨に立っていた夜、私の耳に死期が近づいたことを告げたのはあなたですか」
 「いえ、その方はここにいる私達の中にはおりません。もう少し先であなたを待っておられます。もっとしっかりなさってからご案内致しましょう。ちょっと立ってみてください。歩けるかどうか・・」
 そう言われて男はいきなり立ち上がり、軍隊の癖で直立不動の姿勢をとった。するとリーダー格の人が笑顔でこう言った。
 「もう、それはよろしい。こちらでの訓練はそれとは全く違います。どうぞ私達を仲間と心得て付いて来てください。いずれ命令を授かり、それに従うことになりますが、当分はそれも無いでしょう。その時がくれば私達よりもっと偉い方から命令があります。あなたもそれには絶対的に従われるでしょう。叱責されるのが怖くてではありません。偉大なる愛の心からそうされるはずです」
 男は一言「有り難うございます」と言って仲間達に付いて歩み始めた。今聞かされたことや新しい環境の不思議な美しさに心を奪われてか、黙って深い思いに耽っていた。
 一団は上り道を進み、丘の端を通り過ぎた。その反対側には背の高い美しい樹木の茂る森があり、足元には花が咲き乱れ、木々の間で小鳥がさえずっている。その森の中の小さく盛り上がったところに一人の若者が待っていて、一団が近づくと、やおら立ち上がった。そして彼の方からも近づいて兵士のところへ行き、片腕で肩を抱くようにして一緒に歩いた。互いに黙したままだった。
 すると兵士が突如として立ち止まり、その肩にまわした腕をほどいて若者の顔をしげしげと覗き込んだ。次の瞬間その顔をほころばせて叫んだ。
 「なんだ、チャーリーじゃないか。思ってもみなかったぞ。すると、あの時君はやはりダメだったのか?」
 「そうなんだ。助からなかったよ。あの夜死んでこちらへ来た。すると君のところへ行くように言われた。君にずっと付いて回って、出来るだけの援助をしたつもりだ。が、そのうち君の寿命が尽きかけていることを知らされた。僕は君にそのことを知らせるべきだと思った。というのも、僕が首に弾丸を受けた時に君が僕を陣地まで抱き抱えて連れて帰ってくれたが、あの時君が言った言葉を思い出したんだ。それで君が静かに一人ぼっちになる時を待って(死期が迫っていることを知らせようと)出来るだけの手段を試みた。後で君がどうにか僕の姿を見るとともに、もうすぐこっちへ来るぞという僕の言葉をおぼろげながら聞いてくれたことを感じ取ったよ」
 「成る程『こっちへ来る』か・・・もう『あの世へ行く』じゃない訳だ」
 「そういう訳だ。ここで改めてあの夜の君の介抱に対して礼を言うよ」
 こうした語らいのうちに二人だけがどんどん先へ進んで行った。というのも、他の者達が気を利かして歩調を落とし、二人が生前のままの言葉で気さくに語り合えるようにしてあげたのである。
 さて、我々が特にこの例を挙げたことには色々と訳があるが、その中で主なものを指摘しておきたい。
 一つは、こちらの世界では地上での親切な行為は絶対に無視されないこと、人の為に善行を施した者は、こちらへ来てから必ずその相手から礼を言われるということ。
 次に、こちらへ来ても相変わらず地上時代の言語を喋り、ものの言い方も変わらないこと、その為に久しぶりで面会した時にひどくぶっきらぼうな言い方をされて驚く者もいる。今の二人の例に見られるように、軍隊生活を送った者は特にそうである。
 また、こちらでの身分・階級は霊的な本性に相当しており、地上時代の身分や学歴には何の関係も無いということ。この二人の場合も、先に戦死した男は軍隊に入る前は一介の労働者であり、貧しい家庭に育った。もう一人は世間的には恵まれた環境に育ち、兵役につく前は叔父の会社の責任あるポストを与えられて数年間それに携わった人だった。が、そうした地位や身分の差は、負傷した前者を後者が背負って敵陣から救出した行為の中にあっては関係なかった。こちらへ来てからは尚のこと、何の関係もなかった。