ステイントン・モーゼス『霊訓・上』(PC用)

ステイントン・モーゼス『霊訓・下』(PC用)

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モーゼスは類別すれは自動書記霊媒に入るが、意識は完全に通常意識を維持しながら、手だけが霊の支配を受けて綴るーそれも信じられない速さと達筆さと重厚な文体で、というのであるか、型破りの霊媒というべきであろう。
 厳格さで知られるオックスフォード大学の神学部を卒業して直ぐからマン島へ赴任する程の逸材であったが、間もなく体調を崩してスピーアという医師のもとで療養生活を送る。そのスピーア博士の夫人がスピリチュアリズムに熱心で、夫人に誘われて実験会に出席するうちに、モーゼス自身の周りでポルターガイスト現象が起こり始める。
 最初のうちは室内のもの、例えば新聞紙などが隣の部屋へ飛んで行ったり、モーゼス自身が運ばれてソファーに放り投げられたり、といった物理的なものばかりだったが、そのうち何かを書きたい衝動を覚えるようになり、机に向かうと意味不明の落書きのようなものが書かれ、日を追って纏まったメッセージのようなものになっていった。
 それが、ある日からキリスト教の教説を否定することになる内容のものとなり、モーゼスがそれに反論する(用紙の上の端に質問を書く)と、理路整然とした文章でキリスト教の教えの間違いを指摘する。それに反発を覚えたモーゼスが反論すると、また整然とした文体で、しかも落ち着いた調子で、長文の返答が綴られる、といったことが続いた。

●『霊訓』から

 モーゼスの唯一の著書で[スピリチュアリズムのバイブル]とまで呼ばれている『霊訓』は、そうした形で十年間にわたって続けられた論争を纏めたもので、キリスト教を主題としながらも、宗教の本質、人間生活のあり方、霊界の真相等について極めて普遍的な教訓が述べられている。
 その後、次第に判明したところによると、モーゼスの背後霊団は七名ずつのグループ七つ、総勢四十九名から成り、それぞれに役割分担があって、その総指揮に当たったのは紀元前五世紀の人物で、旧約聖書の『マラキ書』の編者Malachiだという。回答の末尾に署名したImperator(インペレーター)は「指揮者」を意味する仮名である。
 本書の根幹をなす重要な通信は全てこのインペレーターからのものであるが、直接それを筆記したのは初期キリスト教時代の人物で、インペレーターよりは時代が新しいとはいえ現代とはかけ離れている為に、その文体は古文調である。その一部を紹介する。

 不服だったので私(モーゼス)は書かれた通信を時間をかけてじっくり吟味してみた。それは当時の私の信仰と正面から対立するものだったが、それが書かれている間中私は、心を高揚させる強烈な雰囲気を感じ続けていた。
 その反論の機会は翌日訪れた。私はこう反論した。あのような教説はキリスト教のどの教派からも認められないであろう。またバイブルの素朴な言葉とも相容れない性質のものであり、普通なら弾劾裁判にかけられかねないところである。さらに又、あのような何となく立派そうな見解は信仰のバックボーンを抜き取ってしまう危険性がある、ということだった。すると次のような回答が来た。
 「友よ、よき質問をしてくれたことを嬉しく思う。我らが如何なる権能を有する者であるかについては既に述べた。我らは神の使命を帯びて来たる者であることを敢えて公言する。そして時が熟せば、いずれそれが認められることを信じ、自信を持ってその日の到来を待つ。
 それまでに着実なる準備をなさねばならぬし、たとえその日から到来しても、少数の先駆者を除いては、我らの訓えを全て受け入れ得る者はおらぬであろうことも覚悟は出来ている。それは我らにとりて格別の驚きではないことを表明しておく。
 考えてもみるがよい!より進歩的な啓示が一度に受け入れられた時代が果たしてあったであろうか。いつの時代にも知識の進歩にはこれを阻止せんとする勢力はつきものである。愚かにも彼らは真理は古きものにて足れりとし、全ては試され証明されたと絶叫する。一方新しきものについては、ただそれが新しきものなること、古きものと対立するものであること以外は何一つ知らぬ。
 イエスに向けられた非難もまさにそれであった。モーセの訓えから難解極まる神学を打ち立てた者達ーその訓えはその時代に即応した、それなりの意義があったとは言え、時代と共により高き、そしてより霊性ある宗教に取って代えられるべきものであったが、彼らは後生大事にその古き訓えを微に入り細をうがちて分析し、ついに単なる儀式の寄せ集めと化してしまった。
 魂なき身体。然り!生命なき死体同然のものにしてしまった。そしてそれを盾に、イエスを彼らの神の冒瀆者と呼び、モーセの律法を破壊し神の名誉を奪うものであると絶叫した。
 イエスが神の名誉を奪う者でないことは、そなたの良く知るところであろう。イエスは神の摂理を至純なるものとし、霊性を賦与し、生命と力を吹き込み、活力を与え、新たなる生命を甦らせんが為に人間的虚飾を破壊せんとしたに過ぎぬ。
 親への上辺だけの義務を説く侘しき律法に代わり、イエスは愛の心より湧き出る子としての情愛、身体の授け親と神に対する無償の惜しみなき施しの精神を説いた。上辺のみの慣例主義に代わり、衷心よりの施し説いた。
 いずれが正しく、より美しいであろうか。後者は前者を踏みにじるものであったであろうか。むしろ前者の方が、生命なき死体が生ける人間に立ち向かうが如くに後者に執拗に抵抗したに過ぎぬのではなかったであろうか。にもかかわらず、軽蔑を持って投げ与えられた僅かな硬貨で、子としての義務を免れて喜ぶ卑しき連中が、イエスを、古き宗教を覆さんと企む不敬者として十字架に架けたのであった。あのカルバリの丘のシーンはまさしくそうした宗教に相応しき最後であった」(『僅かな硬貨で』とはユダが銀貨三十枚を貰って密告した裏切り行為のこと)

 この『霊訓』の続編に『インペレーターの霊訓』というのがあるが、これはモーゼス自身が編纂したものではなく、モーゼスの死後、スピーア夫人が是非とも公表すべきと思ったものを拾い集めて出版したもので、これには時折催された交霊会における霊言も含まれていて興味深い。
 その中で明かされた事実で注目すべきことは、モーゼスの背後霊団が七人ずつ七つのサークルから構成されていたこと、そしてポルターガイスト的な物理現象を担当したのは地縛霊的な状態から脱したばかりの者七人であったことで、その霊達は霊団の上層部の指導霊の姿は見えなかったという事実である。このことは色々なことを教えている。死後の世界でも各自の霊格を超えた上の世界は見えないし、聞こえないし、分らないものは分らないこと、従って霊が書いたり語ったりすることを無闇に信じてはいけないこと、また、物理的現象はいかに華々しくても、携わっているのは物的波動から抜け切っていない霊が殆どであるから、派手な現象を見せる霊媒が立派であるかに思うのは間違いである、といったこと等々である。コナン・ドイルの言う「心霊現象は電話のベル」とはこのことである。