天使が持っているとされる特質を全て備えている存在があることは、疑いのない事実であろう。霊界通信は、この点に関して、あらゆる民族が持っていた信仰を裏付けている。だが、それだけに留まらず、同時に、そうした存在の本性と始原についても教えてくれるのである。
 魂、或は霊は、最初に創られた時は、単純で無知だった。つまり、何の知識もなく、善と悪の区別が出来なかったのである。しかし、自らに欠けているものは、全て獲得出来るようにも創られていた。
 全ての魂にとって、完成が目標だった。それぞれが、自由意志に従い、努力に応じて、完成を目指していった。全ての魂が、同じだけの距離を踏破し、同じだけの仕事をする必要があった。
 神は、全ての魂を全く公平に扱い、一切のえこひいきをしなかった。
 というのも、魂達は、全て神の子供であったからである。
 神は子供達に言った。
 「さあ、この法に従って生きなさい。この法だけが、あなた方を目的地に導くことが出来る。この法に適うものは、全て善であり、この法に背くものは、全て悪である。この法に従うのも、背くのも、あなた方の自由であり、そのようにして、あなた方は自分自身の運命を形作るのだ」
 故に、悪をつくり出したのは神ではない。神は善の為に法を創った。そして、その法に背いて悪をつくり出したのは神ではない。神は善の為に法を創った。そして、その法に背いて悪をつくり出したのは人間なのである。もし人間が忠実にその法を守ったならば、決して善の道から外れることはなかったのである。
 しかし、その生存の初期において、魂は、幼児と同じく、経験を欠いていた。だからこそ、失敗し易かったのである。
 神は、魂に、経験は与えなかったが、経験を得る能力は与えた。魂が悪の道へ歩を進めるごとに、それは霊的進化の遅れとなった。そして、魂は、その度ごとに報いを受け、避けねばならないことが何であるのかを学んだ。そのようにして、魂は、徐々に進化、発展し、霊的な階層を上っていったのである。そして、ついには、至純の霊、つまり、天使の段階にまで至ったわけである。
 したがって、天使とは、人間が、もともと持っていた可能性を開花させて、ついに完成の域に達した姿、約束されていた至福の境地に至った姿なのである。
 この最終的な境地に至るまでの間に、人間は、それぞれの進化の段階に応じた幸福を享受するのだが、この幸福は、何もせずに手に入れることは出来ない。この幸福は、神から与えられた役割を果たす中で、初めて味わうことが可能となるのである。というのも、そうした役割は、進化の為の手段であるからなのだ。
 人間は、地上での生活だけに縛り付けられているわけではない。空間中に繰り広げられる無数の世界に属するのである。既に姿を消した世界に属していたこともあるし、これから現れる世界に属することもあるだろう。
 神は、永遠の時間の中で創造してきたし、これからも創造し続けるであろう。
 それ故、地球が存在する遥か以前から、地球以外の惑星でも、我々と同じく、数多くの霊が、肉体に宿って修行をしていたのである。そして、比較的新しく生まれた我々が現在辿っているのと同じ行程を踏破し、我々が神の手によって生まれるよりも遥か前に、既に目的に達していたのである。
 それは、地球上の我々にしてみれば、永遠の昔から、至純の霊、つまり天使達が存在していたということになる。つまり、彼らが人間だった頃の時間は無限の彼方に退いているので、宇宙開闢の頃から天使として存在しているように、我々には思われるのである。
 神が、かつて仕事をしないことはなかった。自らの命令を伝え、宇宙のあらゆる領域を方向づける為に、常に、信頼のおける、智慧に溢れた至純の霊人達を従えていたのである。彼らの補佐を受けて、惑星の運営から、最も些細なことに至るまで、実行してきたのである。
 したがって、様々な職務を免除された、特権的な存在をつくる必要などなかった。全ての霊達が、古い者も新しい者も、努力に応じて各々の境涯を勝ち取ってきたのである。全員が、自ら上げた成果に応じて進化してきているわけである。
 そのようにして、神の至高の正義が実現されてきたのだと言えよう。
       
       
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