それから数ヶ月ーそれが私には随分永く感じられたがーベッドに入った後で思い切り受け身の状態に入る練習をし、ついに私は肉体的感覚が消えた後の、覚醒状態と睡眠状態とのギリギリの接点で少しの間意識を保っておくことが出来るようにまでなった。時には宙に浮いているように思えることがあったが、その状態では体重が感じられないので、多分、自分の想像に過ぎないと考えていた。
 ところがある夜のこと、それが現実となった。自分が上昇していくのがはっきり感じられたのである。内心では興奮しながらも、折角の体験を台無しにしたくないので、必死に受け身の精神状態を保とうと努めているうちに、嬉しいことに感覚が極度に鋭敏になり、側に背後霊の一人が存在するのが感じられるようになった。私自身は完全に受け身の状態で自分からどうしてみようという意図をもたなかったせいか、その動きは実にゆっくりとしていた。そのうち突如として私の肉体が激しく振動した。それはしばらくして止み、私は少しの間さらに上昇し続け、そして止まった。
 もう受け身の状態を止めてもいい頃と考えて辺りを見渡すと、私はある部屋のテーブルの後ろに立っていた。そのテーブルの前を若者が一列になって歩きながら私に微笑みかけている。全員が青い服を着ているように見え、私は一瞬、第一次大戦中に私が入院していた陸軍病院で着ていたのと同じ服だと思った。
 そのうち私の視力が良くなってくると、その青色は実に薄い霧状のもので、それが一人一人を包んでおり、皆それぞれの普段着を着ていることが分かった。全員が年の頃23歳程に見え、肌の色と目の色の完璧な鮮明さは息を呑む程だった。実に美しかった。
 私はもしかしたら自分は単に霊視しているにすぎないのかも知れないと思って辺りを見回すと、もう一人の青年がすぐ側に立っているのが分かった。笑顔を浮かべており、その人のオーラから友愛の情を感じ取ることが出来た。そして、これは霊視しているのではなく、私も同じ霊的次元にいること、従って私は今は霊的身体に宿っているに相違ないと思った。そう思うとわくわくしてきて、その状態で霊的なことをもっと知りたいという願望が最高潮に達してきた。霊に触ったら『固い』のだろうか。霊が自分の身体に触ったらどうだろうか。そんなことを知りたいと思ったが、果たしてどうすればよかろうか。
 まさかその青年達のところへ近づいて触ってみるのは失礼であろう。そこで私は一計を案じた。私のすぐ側に立っている霊の後ろをわざと身体に触れるように歩いて『あ、すみません』と、さりげなく言えばいいと思った。そして早速行動に移り、その霊に触れようとした瞬間、その霊の方が私の両手を捕まえて大声で笑い出した。私もつられて笑い出した。と言うのは、二人のオーラが交錯してお互いの心で考えていることが分かったからである。
 これが事実上、霊界の事情についての勉強の始まりであった。同じ次元ないし同じ波長の状態にあればお互いに『固い』と感じられること、心に思ったことが本を読むように読み取れるということがまず分かった。
 二人で笑っているうちに私は自分の身体が後退していくような感じを覚え始めた。私の気持ちは行きたくなかった。楽しかったからである。が身体の方が自分以外の力(背後霊)で肉体の方へ引き戻されているなと感じて、私は抵抗せずに成り行きにまかせた。その動きは穏やかで優しかった。しかも、実に自然に思えたのである。思うにこれは私と背後霊団との関係の親和性のせいであろう。動きが止まっている感じのまま何の感覚もなしに肉体の中へ入った。それから徐々に体重と寝具の軽い圧迫感を感じ始めた。
 その体験を思い返しながら部屋の暗闇を見つめているうちに、私の真上に、美しいデザインをした大きな黄金の線条細工が現れた。それは暫くの間その位置に留まっていて、やがて薄れながら消滅していった。
 その線条細工は天井全体を覆う程の大きさで、これは体験が上手くいった時の、言わば成功のシンボルだった。と言うのは、その後の霊界旅行の度に、上手くいった時は必ずそれが現れたからである。シンボルは白い大理石に彫られた浅浮き彫りであることがよくあった。私はそれをしみじみと観賞し、これは霊界で技術を磨きあげたかつての大彫刻家が彫ったのではなかろうかと考えたりした。
 遊離状態から戻ってきて暫くは、その間の霊的感覚が残っていて霊視能力が非常に強烈である。その為、肉体に戻ってからは、そのデザインが暗闇の中でも肉眼で鮮明に見えたのである。
 それが消えたすぐ後、もう私は、これから先さらにどんなものが見られるかと楽しみで仕方がなく、時にはその晩もう一度旅行出来ないものかと思ったりした。が、間もなく普段の眠りに落ちていた。その最初の霊界旅行は、短さのせいでもあるが、私が肉体から離れて一時間、すなわち幽体離脱ないし体外遊離現象の最初から終わりまで完全に通常意識を維持出来た唯一の体験である。