それ以後、私は毎晩のように床に入ってから受け身の精神状態になるように努めた。すると数日後に身体が静かに浮き上がるのを感じた。今度は、どうなるのだろうかという不安の念は起きなかった。既に一度体験がある。私は楽しい期待をもって次の変化を待った。今回は振動は起きなかった。多分、背後霊が身体からの反応を遮断するコツをマスターしてくれたのだろうと考えた。
 上昇する感じはなおも続き、次第にスピードを増していき、ついに意識が維持出来なくなった。そして次に意識が戻った時は白い石段を上がりつつあった。私のすぐ右を十歳前後の少女が一緒に歩いており、その子の右肩に私の右手を置いている。
 そうした周りの状況が意識されると同時に私は、妻はどうしているのだろうという考えがふと湧いた。すると、まるで受話器を耳に当てて聞いているような響きで妻が『私は大丈夫よ、フレッド。後でお会いしましょうね』という声がした。その瞬間私は何かの本で読んだ『霊的には本当の別れはない』という言葉が事実であることを理解して、それまでの懐疑の念が拭い去られた。多分テレパシーのようなものだったのであろう。
 その頃はもう私は自分の置かれている情況に注意を向ける余裕が出来ていた。少女のオーラと接触するのは楽しい体験で、私は子供らしい屈託のない愉快な気持ちを感じ取ったが、同時にその少女にはもっと年上の子供のもつ落ち着きと成熟度も具わっているように思えた。二人が石段の一番上まで来た時、私はその少女の肩を抱きしめて、骨格があるかどうかを確かめてみた。なんと、ちゃんと骨格があったのである!当時の私は霊的なことに全く無知だったのである。
 石段を上がり切るとホールになっていた。二人で中へ入ると、そこは最近他界したばかりの者ー多分身体上の病気が原因でーが霊界生活での意識に十分目覚めるまで養生するところであるような感じを受けた。ホール一杯にそういう人がいて、その一人一人に縁故のある人やヘルパーが付き添い、意識が回復するのを根気良く待ちながら介抱している。中をぐるっと回ってみた感じでは、まるで午睡を楽しんでいる人達みたいで、目をうっすらと開けている者もいた。
 ホールの一番奥まで来て私は黒のコートと縞のズボンの、がっちりとした体格の男性の前で足を止めた。するとその男はゆっくりと目を開けて私を見つめた。その時である。その男の背後にオルガンの鍵盤が現れ、はっきりした形体を整えた後、すぐまた消えていった。私はその半睡状態の人間から強い想念体が出たことにびっくりした。そして多分この男性は地上でオルガン奏者で、オルガンが最大の関心事だったのだと推測した。
 その位置からずっと先に身体が奇妙な動きをしている女性がいた。あたかも水面に映った映像が波で歪むように、形体が変化しているのである。見ていて私は気味が悪くなって、少女と一緒にその側を急いで通り過ぎた。しかし実際は少しも心配するには及ばなかった。本人はとても穏やかな心の持ち主だったのである。
 その近くの通路を通って私達二人は控え室に入った。そこは照明も明るく、ヘルパー達が大勢いた。すると私の前に一人の若者が連れてこられた。私はすぐにそれが22年前にガリポリ半島で戦死した戦友の一人であることが分かった。顔は青ざめ、やつれ果て、目を閉じたままだった。私には何をしろというのか分からなかったが、ともかくその男を私に合わせることで(彼を目覚めさせる上で)何かの手がかりが得られるのではないかとの期待があったものと思われる。残念ながらその思惑は外れた。故意なのか、それとも不可能だったのかは知らないが、彼は目を閉じたままだった。
 二人は控え室を出て再びホールに入った。が、すぐにホールを出て例の白い石段を下りていった。私のいつもの癖で、下りながら一段一段足下に注意していて始めて気づいたのは、その女の子が素足だったことである。長いドレスを着ていたので、それまで気づかなかったのである。私が驚いて
 「オヤ、何もはいてないじゃないの!」と言うと
 「いいの」と言う。
 「いいことはないよ。何かはかなきゃ」と私が言うと彼女はうろたえた表情で
 「いいえ、これでいいの」と繰り返して言った。
 次の瞬間私は自分がいけないことをしたことに気づいた。と言うのは、地上的感覚で言えば大した問題ではないにしても、そのことが私とその子との間の思念の衝突を生んだのである。思念が全てである霊の世界においては、それは避けられないことだった。
 階段を下り切ってから私はそろそろ今回の霊界探訪も終わりに近いことを感じ取った。私は女の子に地上ではどこに住んでいたかを尋ねると、カナダのオンタリオだという。それを尋ねたのは、その子が私の家系と関係のある子かどうかを知りたかったからである。その直後からその子はスタスタと私から離れていき、反対に私はそのシーンから後退して肉体の方へ戻っていった。
 いつもそうであるが、肉体に戻る時は、意識は残っていても霊視力は消えており、従ってその途中は何も見えていない。が私は安心して受け身の気持ちを保ち、辺りで背後霊が立ち働いているのを穏やかに、そして心地よく感じ取っていた。やがて私の動きが止まり、少しの間じっとしていた。するとベッドに横たわっている身体の感覚が徐々に戻ってきて、それと共に、それまでの体験が一気に思い出させてきた。
 もっとも、それで全てが終了したわけではない。例によって天井一杯に黄金のデザインが現れたのである。その日はことの他美しく見えた。私は心の中で背後霊の心遣いに感謝した。背後霊はかなりの数ではないかと推測した。というのは、離脱のタイミングといい、少女が案内してくれたホールでの用意周到さといい、一人の仕業とは思えなかったのである。
 その時になって私はヘルパーの控え室に連れて来られた戦友に何もしてあげられなかったことを残念に思った。名前まで覚えていたのである。が、あの状態はそう永く続くものではないという確信がある。というのは、辺りの様子がとてもいい感じだったし、部屋の証明が輝きに満ちていたからである。
 この二度目の長い旅行は申し分ないもので、上手くまとまっていたので、心の奥の高揚感と感謝の気持ちが終日消えなかった。ただ一つ妻のことが気がかりで、私は霊界の生活について実感をもって知りたい気持ちが残っていた。それまで心霊書で色々と読み交霊会に出席して霊言でも聞かされてはいたが、矛盾したところや曖昧なところがあった。
 私にとってこの就寝時刻が一日のうちで一番大切な部分を占めることになった。