ある日の真昼に椅子に腰掛けている最中に離脱して、非常に暗い土地へ連れて行かれたことがある。が、なぜか意識ははっきりしない。まるで夢幻界にいるみたいだったー事実私は地上にいるとばかり思い込んでいた。しばらく歩いているうちに幾つかの家に挟まれた広い中庭のようなところへ来た。私は道に迷ったと思い、ある人が家に入るのを見かけたので走り寄って、ここはどこかと聞こうとして家の中まで付いて入った。
 私が呼びかけると、振り向いて私を見るなり、まるで地上の人間が幽霊を見たように仰天して腰を抜かしそうになった。多分私の姿が十分にその界層の波長になり切っておらず、本当に幽霊のように見えたのであろう。不愉快そうな陰気な笑い方をしながら、その人は『脅かさないでくださいよ』と喘ぎながら呟いた。あまりに狼狽しているのを見かねて私はすぐにその家を出た。
 家を出て初めて私は、もしかしたら幽体離脱をしているのかも知れないと思い、辺りの環境を注意深く観察した。が、地上と少しも変わったところはない。そこでふと霊界の土地は乾燥していてザラザラしており、手で握ると砂のように指の間からこぼれ落ちるほどであることを思い出した。そこでしゃがみ込んで土を握ってみようとしたが、その中庭は石で舗装してあって土が見当たらなかった。
しかしその石に触ったことで急に意識がはっきりしてきた。その土地の波長に調整されたからである。それに気をよくした私は、これから待ち受ける新しい体験に期待した。ところが数歩も行かないうちに地上の隣り合わせの家の台所で大きな音がした為に椅子に引き戻されてしまった。時計を見ると離脱していた時間は一時間半程で、確かに霊界を歩き回った時間とほぼ一致していた。
 一時間半も霊界にいて明瞭な意識は僅かの間しかなかったというのは要領を得ない話であるが、その後、私は霊視現象や交霊会と同じく幽体離脱現象においても、一つ一つの体験が新しい実験であり、こうすればこうなるという保証された結果は一つもないことを悟らされた。いついかなる時も背後霊の指導を受けているが、その体験をどう自覚するかは背後霊の関与するところではなく、本人の内部から生まれ出てこなければならない。