初期の頃の離脱は決まって夜中にベッドに横になって行ったが、その後、日曜日の午後などに肘掛け椅子に座った状態で離脱出来るようになった。そしてさらにその後は時間と条件が揃えばいつでも出来るようになった。 
 そんな時私はただ背後霊に離脱の希望を念じるだけでよいのであるが、それが必ずしも全て叶えられるとは限らない。これまでどう念じても離脱できない日が何日もあった。ある時は私もしびれを切らして自力で離脱してやろうと思ったが、どうしても出来ないことがあった。その事は誰にも口外しなかったのであるが、ある日霊媒をしている友人のところにいた時に、その友人が突然真顔になって『もしかして最近自力で離脱しようとしたんじゃない?』と聞いた。私が正直に認めると、厳しい口調で、二度とそういうことをしてはいけない、とたしなめられ『背後霊が一番いい時を知っているのだから』と諭された。
 たしかに、私が離脱している間は背後霊の誰かが肉体を監視してくれているようである。そして私の家庭内での出来事を逐一確認してくれている。肉体に戻れなくなったことがないのはそのお陰である。万一家庭の用事で私が必要になった時は穏やかに連れ戻され、やがて私を呼びに来る足音が聞こえてくる、といった具合である。
 背後霊による保護は他にもある。霊的身体が傷つけられることは有り得ないが、肉体が受けた不快や苦痛は玉の緒を通じて霊的身体の同じ箇所に感じられる。肉体が咳をしたり、いびきをかいたり、しびれを切らしたり、窮屈な思いをした為に旅行先から連れ戻されたことが何度かある。大きな音がしても戻されることがある。みな自力で動けない肉体の防御本能がしからしめるところであるが、時として次のような奇妙な体験もある。
 ある時霊界のある通りを歩いていると大きないびきをかき始めた。変だなと思いながらも止めることが出来なくて困ってしまった。その困ったという感情が霊的法則に従って私を肉体へ引き戻してしまった。戻ってみると仰向けになって寝ており、風邪の影響で大きないびきをかいていた。
 またある晩ベッドで離脱して妻が働いている療養所へ行った。そして廊下を横切って妻の部屋へ行こうとしたところでむせるように咳き込み、それが原因で一気に肉体に戻された。戻ってみたら肉体はまた咳き込んでいた。
 もう一つ例をあげると、霊界の工場を見学した後外を歩いていると突然、両足が交差して動かなくなった。私はかがみ込んで無理矢理引き離した。そして歩き出すとまた交差し、またかがみ込んで引き離した。これを数回 繰り返し、それに戸惑ったことが自動的に肉体へ引き戻される原因になった。戻ってみると両足を交差させた状態で腰掛けたまま離脱した為に痺れが切れたのだった。
 時には、地上に残した肉体に異常が生じていることが分かることもある。例えば、ある時霊界で軍服を着た男と話をしていた。話の内容から私はその男が未だに自分が死んだことに気づいていないことを知った。こんな時いきなり『あなたはもう死んでるんですよ』と言って聞かせることは必ずしも感心しないので、私はその男に地上の最後にいた土地を思い出させようとしていた。その時である。突然私の幽体の右腕に痛みを覚え始めたので、これは肉体がベッドの上で右を下にして寝ていて右腕が圧迫されているなと察した。私はそれを無視しようとして話を続けたが、その相手の男が突然『おや、お体の輪郭がぼやけて見えますよ』と言った。明らかに私の幽体が彼の目にぼやけて見え始めたのである。
 腕の痛みがますますひどくなってきた時、私の脇にまた例の少女が現れた。私はその子の肩に手を置き、肉体に意志を集中したところ、ベッドに戻った。早速起きて右腕をさすったら痺れが取れたので、もう一度離脱しようとしてみた。が、さすったりした動きで肉体の呼吸と血行が盛んになった為に、もはや無理だった。
 少女は私が二度目の離脱の時に例の他界直後の人を介抱するホールを案内してくれた子である。あの時私は形体がゆらゆらと揺れている婦人を見て気味悪く思ったが、今回の軍服姿の男の目に映った私の姿もそれと同じだったのだろうと思うと興味深い。
 幽体が傷つくことはないことは既に述べた。それを自分で体験してみたことはないが、背後霊によって無理矢理体験させられたことがある。
 ある時明るい境涯へ案内され、地上の年齢でいうと二十三から二十五歳程度に見える若者の一団と話をしていた。霊界では進化した霊は大抵その程度の年齢に見える。容貌はとても上品で、オーラからの放射物が私の幽体に心良さを感じさせるので、そういう人達と一緒にいるのは私にとって大きな楽しみの一つである。
 そのうちの一人が突然私の手のひらにナイフを突き刺した。一瞬びっくりしたが、少しも痛みを感じないので、今度は笑い出した。みんなも笑っていた。そのうちの一人が『よくご覧なさい』と言うので見ると、手のひらに穴が開いている。が、私の方で何の意志も働かせないのに自然に穴は塞がっていった。