●霊界の『家なき子』
 それから一週間後に、同じような身の上のスピリット、いわば霊界の『家なき子』が出現した。同じくR・Gの母親のオーラに引っかかっていたスピリットである。


 1922年8月9日
 患者=G夫人
 スピリット=エラ


 全員で歌を歌っている間、霊媒(に乗り移っているスピリット)は黙りこくっている。
博士「なぜ一緒に歌わないのですか」
スピリット「ここにいる人達は、あたしの知らない人ばかりです。一緒に歌わないといけないのですか」
博士「どちらからおいでになりました?」
スピリット「知りません」
博士「あなたのことをもっと知りたいのです。こんなところにいるのを変だとは思いませんか」
スピリット「どうなってるのか分かりません。調べてみないと・・・」
博士「あなたがどういう身の上の方で、名前を何とおっしゃるのか、教えてください」
スピリット「ここに来たら家が見つかると誰かに言われたのです」
博士「それまで、何をしてたの?」 
スピリット「当てもなく歩き回り、身体を横たえるところがあったら、どこでも寝ました」
博士「男ですか女ですか、大人ですか子供ですか」
スピリット「あたしが女の子だってこと、見て分からないのですか」
博士「年齢はいくつですか」
スピリット「多分・・・よく分からないけど・・・十六か七だと思います」
博士「どのあたりを歩き回ったの?」
スピリット「分かりません」
博士「よく考えて思い出してみてごらん」
スピリット「色んなところを歩き回っていました・・・・。家が欲しくて・・・」
博士「お父さんもお母さんもいないの?」
スピリット「いません」
博士「小さい頃は、どこに住んでたの?」
スピリット「子供が大勢いる大きな施設です。みんな一緒でした。喧嘩と悪口の言い合いばかりだったわ。あたしには、もともと母さんなんかいなかったみたい。その大きなホームで生まれたのだと思う。いくら思い出しても、それ以外にいたところはありません。大きいホームで、男の子と女の子がいっぱいいました。いい子もいたし、悪い子もいたし、色々だった。
 あたしは何でもやりました。言いつけられたことは何でもやりました。一日中、まるで機械みたいに仕事をしました。『おい、エラ、あっちだ!』『エラ、今度はあっちだ!』と言われて、ホーム中で仕事をさせられました。まるで母親みたいに、大勢の子供の面倒を見さされました」
博士「あなたのことを、みんな慕ってたんだ?」
スピリット「みんなあたしのところに来るものだから、やってあげないといけなかったのです。それがあたしの仕事で、出来るだけのことはしてあげたつもりです。十何人もの子をお風呂に入れたり、着替えさせたりするのは、楽じゃなかったわ。とってもやかましくて、よく叱りつけたわ。頭にきたこともあったわ。一生懸命やってあげてるのに、人の足を踏んだり蹴ったりされると、腹が立つわよ」
博士「それは、どれくらい前の話?」
スピリット「そんなに昔の話ではないと思う。そのうち、迷子になっちゃったの。ある日ホームを出て歩いているうちに、帰り道が分からなくなったの」(ここで多分事故で死んだ)
博士「それから、どんなことがあったの?」
スピリット「別に何もありません。ホームに帰ろうとして歩き続けました」
博士「事故に遭ったんじゃないの?」
スピリット「いいえ。とにかくホームが見つかるまで歩かなくちゃと思って」
博士「いくら歩き続けても、住む家が見つからないのは、なぜだと思う?」
スピリット「誰かが、ここに来たら家が見つかるよと言ってくれて、あたしを何かに押し込んだの。気がついたらここにいて、歌が聞こえたの。
 そう、あたしが泣いていたら、女の子が来て、自分を救ってくれた人のところへ連れてってあげるーそこへ行ったら幸せになれるって言ってくれたの。それまでは暗いような明るいようなところを歩き回っていました。とにかく、家を見つけたかったの、ホームで子供の面倒を見るのは辛かったけど、何もすることがないよりは、あの子達と一緒の方がいいわ。あたしの子供みたいに世話をしてあげたいです」
博士「みんな、あなたと同じ孤児だったの?」
スピリット「あたしのことをみんな、頭が変だなんて言ってたけど、あたしは誰にも負けないくらい、しっかりしていたつもりよ」
博士「今、あなたは、こうして私達と話をしているけど、本当を言うと、私達の目にあなたの姿は見えていないのです。見えているのはあなたではなくて、私の奥さんなのですよ」
スピリット「あなたの奥さん!冗談じゃないわ!(思い切り笑う)あたしは笑い上戸なの。みんなが泣いている時でも、あたしは笑って笑って笑い続けるの。すると、みんな泣き止んで、黙ってあたしを見つめるの。泣いている人を泣き止ませるには、そうするのが一番だった。それでみんないい子になっちゃうの。
 あなたも試してみたら?誰かが泣いていたら、カラカラ笑ってみせるの。すると泣き止んで、その人も笑い出すはずよ。あたしのことを『笑い上戸のエラ』なんて呼ぶ人もいたわ」
博士「(手を取って)この指輪は、どこで手に入れたの?」
スピリット「指輪なんて、あたし、つけたことないわ」(そう言って、愉快そうに笑う)
博士「この手は、あなたの手じゃありませんよ。この身体も、あなたのではありませんよ」
スピリット「(笑いながら)それ、どういう意味?」
博士「あなたには馬鹿げた話に思えるかもしれないけど、でも、本当にそうなんです。馬鹿にすると後悔しますよ。ここにいる人達に聞いてごらんなさい」
スピリット「(みんなに向かって)これ、あたしの身体ですよね?」
一同「違います」
スピリット「そうよ!」
博士「この身体は、ウィックランド夫人のものなのです」
スピリット「(笑いながら)ウィックランド夫人!」
博士「あなたは、自分の無知を笑っているのと同じですよ。今、あなたは、一時的にウィックランド夫人の身体を使っているのです」
スピリット「そんな馬鹿げた話、聞いたことないわ」
博士「私が言っていることは、あなたが思う程馬鹿げた話ではありませんよ。あなたには以前のような身体はもうないのです。多分、病気か何かで、身体を失ったのです。今いる世界は、まったく新しい環境の世界なのです」
スピリット「身体がなくて、どうして生きられるのです?」
博士「霊体という身体があるのです」
スピリット「あたしが『身体を失ってる』ということは、あたしは『死んでる』ということかしら」
博士「その通りです。みんなそのことを知らないのです。人が身体を失うと『死んでしまった』と言いますが、それは間違いなのです。肉体から霊体が抜け出ただけなのです。そのスピリットが本当の自分なのです。身体は『宿』に過ぎません。死んでしまう人は一人もいません。見た目にそう思えるだけです」
スピリット「いいえ、みんな死ぬのよ!あたし、死んだ人を大勢見てるわ。あたしが知ってるちっちゃな子も、死んで天国へ行ったわ 」
博士「あなたはその子の『死んでしまった身体』を見ただけです。この世に生きていられるのはホンの短い期間だけで、いつかはみんなこの地上を去って行かねばならないのです」
スピリット「どこへ行くの?」
博士「霊界です」
スピリット「見て、やっぱりあたしはレディじゃないですか!首にネックレスをつけてるわ」
博士「それは、私の奥さんのものです。あなたはもう、肉眼に見えないスピリットになっているのです。そして、これまでずっと暗いところを彷徨っていたのです。住む家が欲しければ、ちゃんと用意してもらえますよ」
スピリット「天国で、と言いたいのでしょう?」
博士「イエスは『神の国は自分の心の中にある』とおっしゃいましたよ」
スピリット「イエス様は、あたし達の罪を背負って死なれたのです。真面目に生きていれば、死んだ時に天国へ行って、天使様と一緒に暮らすのです。ホームでいつもそう祈ったわ。(R・Gの姿を母親の側に見つけて)あたし、あの子が好きなの。前に見かけたことがあるわ」
G夫人「あなた、リリーを知ってる?先週ここに来た子で、あなたと同じように、もうスピリットになってるのよ」
スピリット「(R・Gに向かって)この間、あなたはずいぶん生意気だったわね。なぜ、あんなにつっけんどんにしたのよ?」
G夫人「だから、あれはリリーのせいなの」
スピリット「あの子は、ずいぶんいじわるだったわ。ひっぱたいてやりたいほどだったわ。あの子が近づいてくると、その子(R・G)の顔つきが変わったわ」
博士「リリーは、スピリットで、この子に取り憑いていたのです。あなたもスピリットで、今、私の妻の身体に取り憑いて喋っているのです。リリーも、あなたと同じように、この子の身体に取り憑いて喋っていたのです」
スピリット「誰かがここに来るように言ったの。家も見つかるし、あたしには特別の仕事があるんですって。これ、どういう意味ですか」
博士「この子をあなたが守ってあげるというということでしょうね、多分」
スピリット「あたしが、見張り役になるんですって。誰にも取り憑かれないように・・・何のことだか分からないけど」
博士「そのうち説明してくれますよ。もうすぐここにインディアンの少女が来ますから、その子の言うことをよく聞きなさい。霊界のホームへ連れてってくれます」
スピリット「みんなあたしを可愛がってくれるかしら?ホームにいた時は、あたしがみんなをよく笑わせるものだから、みんなあたしのことを好きになってくれたわ。誰かが言ってるわーあたしが、この子の周りにいて守ってあげないといけないんですって」
博士「悪いスピリットから守ってあげなさいと言ってるんですよ」
スピリット「どんなふうにするか、よく見てなくちゃ」
博士「その前に、ものわかりのいい子にならなくちゃ。他に誰か、こっちへ来るのが見えませんか」
スピリット「女の子が大勢やってきて、楽しそうに跳び回ってるわ。ここに、素敵な女の子がいます。『プリティガール』という名前ですって。とても奇麗な人よ。一緒にいらっしゃいと言ってます。あたしをここに連れて来たのも、この人ですって。あたしがホームでよく世話をしたことを褒めてくださってる。今度はこの方があたしの世話をしてくださるんですって」
博士「さあ、ここに来ている大勢のお友達と一緒に行かなくちゃ」
スピリット「ものわかりが良くなったら、あたしも人助けが出来るようになるんですって。あたしが(R・Gの)守り役になったら、誰にも取り憑かせないんだからー絶対よ!」
博士「住んでたのはどこ?」
スピリット「カンザス州よ(G夫人は、以前カンザスに住んでいた)。あたしは、ホームで十人から十二人くらいの子供の着替えをさせられたわ。身体を洗ってやることから寝かせつけるまで、全部よ。学校へ通う子もいたし、遊びに行っちゃう子もいました」
博士「何という町だったの?」
スピリット「ええっと・・・H市の近くよ」(後で確認された)
博士「Kーという名前の人を覚えてる?」(H市のホームの管理人)
スピリット「覚えてるわ」
博士「Mーさんは?」(女の孤児の世話係)
スピリット「別の部屋の係だったわ。あの部屋の子はわんぱくばかりで、Mさんも、手に負えなかったみたい。ぶってもダメなの。それであたしがよく助けに行ってあげたわ。あんまりぶってばかりいたら、良くないわ。
 Mさんにぶたれて、小さい子がよく泣いてたわ。それで、Mさんがいなくなってから、あたしが行って笑わせるの。笑ってるうちに、ぶたれたことも忘れちゃったみたい」
G夫人「小さい頃のあたしに見覚えがあるかしら?」
スピリット「(じろじろ見つめてから、興奮気味に)ある、ある、見覚えがあるわ。思い出した!でも、いつもはいなかったわ(G夫人は時折ホームを訪問する程度だった)。よく来たけど、すぐに帰っていった。髪がきれいで、ドレスも素敵だった。パラソルを手にして、貴婦人みたいに歩いていたでしょ?」
G夫人「そんな格好で、あたしがドブに落ちたの覚える?」
スピリット「覚えてる、覚えてる。大騒ぎしたわ。ズブ濡れになって、おばあさんに叱られて・・・。あたしはあなたのことは好きだったから、ドブに落ちた時は、とてもかわいそうに思ったわ。素敵なドレスが台無しになっちゃって・・・ずいぶん昔の話よ。
 色んなことが分かってきたわ。目が覚めたみたい!ひどい風邪をひいて、ひどく咳をして、それから眠り込んじゃった」
G夫人「私は今は結婚して、子供もいるの。この子がそうよ。ここのところ何人かのスピリットに邪魔されてたの」
スピリット「これからはあたしが力になってあげる。インディアンのシルバー・スターが、あたしがその子を守ってあげないといけない、と言ってるわ」
博士「まずは、スピリットの世界へ行って、色々と勉強しなくちゃ。人助けはそれからだね?」
スピリット「一生懸命やってみます。では、これから行きます。でも、また来ます。『笑い上戸のエラ』を忘れないでね」