スピリット=ジミー・ハンチントン
患者=バートン夫人


霊媒に乗り移るとすぐ両足の靴を蹴って脱ぎ捨て、ひどくイラついている様子。
博士「どうなさいました?何か事故にでも遭ったのですか。(霊媒の両手をしっかりと押さえて)靴を履いていませんね?」
スピリット「今脱いだんだ!」
博士「お名前を聞かせて下さい」
スピリット「名前なんか知らんよ」
博士「どちらからおいでになりました?」
スピリット「そんなこと言う必要ないね」
博士「ぜひお名前を窺いたいものですな。どうなさったんですか。どうもご機嫌がよろしくなさそうですな」
スピリット「よくないね」
博士「このところ何をなさってましたか」
スピリット「何もしてないよ。ただ歩き回っているだけだ」
博士「その他には?」
スピリット「そうさな、特にこれといって、別に・・・・どこかに閉じ込められたみたいな気がするな」(バートン夫人のオーラの中のこと)
博士「どんな具合に?」
スピリット「それは分からんが、とにかく出られなくなってしまった」
博士「もっと詳しく説明してくれませんか」
スピリット「説明なんかできんよ」
博士「誰かが話をしているのが聞こえましたか」
スピリット「ああ、大勢の人間が喋ってたな」
博士「どんなことを言ってましたか」
スピリット「あれこれ、好きなことを言ってたね。みんな自分が賢いと思ってるんだよな」
博士「あなたにも話すチャンスはあったのでしょ?」
スピリット「あったけど、いつも一人の女がいて、そいつが俺の言おうとすることを全部先取りするもんだから、頭に来たよ。俺にだって喋るチャンスをくれてもいいと思うんだ。みんなが喋ると、その女が喋り出すんだな。いったん女が喋り出すと、男には口を挟むチャンスはないよ」
博士「結婚はなさってましたね?」
スピリット「勿論さ。結婚してたよ」
博士「うまくいってましたか」
スピリット「どう言えばいいのかな・・・・ま、言い訳はよそう。あまり幸せだったとは言えないね。女はいつも喋り過ぎるんだよ。男をそっとしておくということが出来ないんだな」(ここでいう『女』とは憑依霊のこと)
博士「何のことを喋っていましたか」
スピリット「例の女はよく喋る奴でね。のべつ喋りまくるんだ(バートン夫人はいつも独り言を言い続けていた)。少しの間も黙ってはいられないんだな。大人しくさせてやりたい気持ちに何度かなったけど、そのうち新参者が入ってきて、また喋りまくるんだ。もう嫌になってね。それで俺は出て来たんだ。あんなひどい連中はいないよ」
博士「何か変わったことでも起きたんですか」
スピリット「頭のまわりで稲光がして、それきり自分がどこにいるのか分からなくなった(バートン夫人に電気療法を試みた)。遠くで光ったと思ってたんだが、それが見事にこの俺様に命中しちゃってさ!」
博士「その瞬間どうしようと思いましたか」
スピリット「稲妻を取っ捕まえて、俺の頭に当たらないようにしてやろうと思ったんだけど、ことごとく命中するんだな。一度も当たり損ねがないんだ。稲妻というのは、そういうもんじゃなかったーそう滅多の当たるもんじゃなかった。が、今度のは、みな当たるんだ。こんなの初めてだ。今もあんたの目の前にチラチラするものが見えて、おっかなくて仕方が無いが、あの女は稲光がしている時でも平気で喋り続けるんだから・・・・」(バートン夫人は電気治療を受けている間でも独り言を言い続けていた)
博士「どんな話をするんですか」
スピリット「下らんことさ。あの女はボスでありたいだけで、俺もボスでありたいから、結局二人が一緒にいることになってしまう」
博士「その女性はどんなことを喋るのですか」
スピリット「女がどういうものか、あんたもよく知ってるはずだ。とにかくよく喋るんだなぁ。どうしようもないよ」
博士「その人からあなたに話しかけることがありますか」
スピリット「もう、のべつ悩まされ通しさ。なんとかして黙らせたいんだけど、これ以上俺には力が出せそうにないよ。そう思ってるうちに別の女が出て来て、同じように喋り始めるんだ。もう、うんざりだよ。女を黙らせるいい方法を知らんかね?たとえご存知でも、手こずるだろうよ」
博士「あなたのお名前は?」
スピリット「永いこと呼ばれたことがないね」
博士「どちらから来られましたか。今カリフォルニアにいらっしゃるんでしたかね?」
スピリット「いや、テキサスだ」
博士「子供の頃、お母さんはあなたのことを何と呼んでましたか」
スピリット「ジェームズが本当なんだが、みんなジミーって呼んでた。それにしても、この俺は、一体どうなってるんだろうな、まったく!あの雷が俺の膝から足へ、頭から足へと当たりやがる。とにかく合点がいかんのは、必ずこの俺に命中するってことだ」
博士「今、おいくつですか」
スピリット「ま、五十ばかりになる男性と言っておこう。ただ、この年齢になるまで、あんな稲妻は見たことが無いし、なんとしても理解できないのは、その稲妻が当たっても、何一つ燃えたためしがないということだ。
 それにしても、昨日もいつもの寝所に入ったんだが、あんなにひどい夜はなかったね。どいつもこいつも、悪魔ばかりだった(憑依霊のこと)。今もあそこに一人立ってるが、あれは、昨日来た奴だ」
博士「ジミー、死んでどのくらいになりますか」
スピリット「それはどういう意味かね?」
博士「つまり肉体を失ってからどのくらいになるかということです」
スピリット「肉体を失ってなんかいないよ」
博士「どうも感じが変だということを感じたことありませんか」
スピリット「ずっと変だよ」
博士「テキサスで石油関係の仕事に携わったことはありませんか」
スピリット「どこで働いていたかよく分からん。とにかく何もかも変なんだ」
博士「どういう仕事場で働いていましたか」
スピリット「鍛冶屋だ」
博士「今年は何年だかご存知ですか」
スピリット「いや、知らんね」
博士「この秋の選挙はどうしますか。誰に投票するつもりですか」
スピリット「まだ分からんね」
博士「今の大統領をどう思われますか」
スピリット「好きだね。なかなかやるんじゃないかな?」
博士「大統領について何か特別に知ってることがありますか」
スピリット「彼はいい。ルーズベルトは一点非のうちどころがないよ」
博士「では、ルーズベルトが大統領なんですね?」
スピリット「無論、そうさ。当選したばかりだ。マッキンレーも中々の人物だったんだが、マーク・ハンナが彼を牛耳ってたな。が、俺はもう随分永いこと政治のことには関心がないよ。それに、あの女に黙らされてるしね。四六時中喋りやがって、俺はもう気が狂いそうだよ」
博士「そんなに喋るのは、一体どういう女性なんでしょうね?」
スピリット「あんたにはその女が見えないのかい?」
博士「ここにいないのでは?」
スピリット「いや、いるとも。ちゃんといますよ。その人だよ」(バートン夫人を指差す)
博士「どういう話をするのですか」
スビリット「下らんことばかりさ。もう、うんざりだよ」
博士「特にどんなことを言ってますか」
スピリット「これといって、特にないね。あいつにはセンスというものがないんだよな。時折この俺を小馬鹿にすることがある。いつか仕返しをしてやるつもりだ。それにしてもしぶといよ、あいつは・・・・」
博士「ところで、あなたは今どういう状態にあるのか、その本当のところを知って頂きたいと思うのですが。実はあなたは肉体を失って、今はスピリットになっておられるのですよ」
スピリット「俺にはちゃんと肉体はあるよ」
博士「その肉体はあなたのものではありませんよ」
スピリット「じゃあ、誰のだ?」
博士「私の妻のものです」
スピリット「冗談も休み休み言ってくれよ!俺があんたの奥さんだなんて!男がどうして女房になれるんだよ。バカバカしい!」
博士「あなたは今はもうスピリットなのです」
スピリット「スピリット?幽霊(ゴースト)だって言うのかい?馬鹿もいい加減にしてくれよ!」
博士「スピリットもゴーストも同じことです。」
スピリット「ゴーストがどんなものか、スピリットがどんなものか、俺はちゃんと知ってるよ」
博士「どちらも同じです」(と霊媒の手を取りながら言う)
スピリット「おい、おい、男が男の手を握るのは、やばいよ。どうせ握るのなら、どこかのご婦人にしなよ。男同士は手を握り合わないものだ。ぞっとするぜ」
博士「その女性は何と言ってるんでしょうね?」
スピリット「ただ喋りまくるだけで、ロクなことは言ってないよ」
博士「若い方ですか、年を取っていますか」
スピリット「そう若くはないね。俺は見ただけで胸がむかつくんだ」
博士「あなたが今はもうスピリットであると私が言ったのは、ありのままの事実を申し上げてるんですよ」
スピリット「では、この私がいつ死んだというのだね?」
博士「かなり前のことに相違ないでしょうね。ルーズベルトが大統領だったのは、もうずいぶん前の話ですから。ルーズベルトも今ではあなたと同じスピリットになっています」
スピリット「俺と同じ?おい、おい、彼は死んだと言うのかい?」
博士「あなたも死んだのです」
スピリット「こうしてここにいて、あんたの言うことが聞こえている以上、死んでるはずがないじゃないか」
博士「あなたは肉体を失ったのです」
スピリット「おい、おい、そんなに手を握らんでくれよ。気持ちが悪いよ」
博士「私は、私の妻の手を握っているのです」
スピリット「奥さんの手を握るのは勝手だが、俺の手は離してくれよ」
博士「この手があなたのものだと思いますか」
スピリット「これは俺の手じゃない」
博士「私の妻の手ですよ」
スピリット「でも、俺はあんたの奥さんじゃないからね」
博士「あなたは私の妻の肉体を一時的に使用なさっているのです。ご自分の肉体は、とうの昔になくしておられるのです」
スピリット「どういう具合にしてそういうことになっちゃったのかね?」
博士「私には分かりません。あなたはここがカリフォルニアのロサンゼルスであることをご存知ですか」
スピリット「冗談じゃない、どうして俺がカリフォルニアなんかに来れるんだ?まったくの文無しだったのに。
 あのね、今ここに二人の女性がいるんだが、一人はあまり喋らない。どうやら病気らしい(バートン夫人に憑依している別のスピリット)。多分もう一人の女がやたらに喋るもんだから、あんたもこんがらがっちゃったのだろう。
 頼むから、俺の手を握らんでくれんかな。窮屈で仕方が無いよ。どこかのご婦人と二人きりというのなら話は別だけどな。両方の手を握らないと気が済まないのかね?」
博士「大人しくしないから、両手を握らざるを得ないので。さ、これ以上時間を無駄にするのは止めましょう」
スピリット「俺も、時々、両手を遊ばせておれないほど忙しくなりたいと思うことがあるよ」
博士「では、仕事をあげましょう」
スピリット「ほんとかね、それは?そいつは有り難い。何でもいいから仕事をくれれば嬉しいね。馬に蹄鉄を打つ仕事なんかどうかな?俺は昔は蹄鉄を打つ仕事をやってたんだ」
博士「どこの州で?」
スピリット「テキサス。でかい州だよ」
博士「ずいぶん放浪したんじゃないのですか?」
スピリット「うん、相当な。ガルベストン、ダラス、サンアントニオ、その他随分行ったな」
博士「あなたは今はもうスピリットとなっていて、少しの間だけ私の妻の身体に宿って話をすることが許されているのです。私達には、あなたの身体は見えてないのです」
スピリット「おい、おい、あの鬼みたいな連中を見ろよ。まるでいたずら小僧みたいに跳ね回ってるよ(憑依霊のこと)。みんなあの婦人(バートン夫人)を取り囲んでいるよ」
博士「あなたがどいてくれれば、連中もみんな一緒に片付くのですがね」
スピリット「ご免だね、それは。(ネックレスに触りながら)何だ、こりゃ?」
博士「私の妻のネックレスですよ」
スピリット「あんたの奥さん?」
博士「このたびは、あなたにぜひ知って頂きたいことがあってお連れしたのです。あなたは例のご婦人から火であぶり出されたのです」
スピリット「いかにも。稲妻でな。あんなにひどいのは見たことが無い。テキサスでもアーカンソーでも、雷と稲妻のお見舞いはよく食らったものだが、今度みたいに、光る度に直撃を食らうことはなかったんだが・・・」
博士「もう、これからは雷も稲妻もありませんよ」
スピリット「本当かね?そいつは有り難い」
博士「お母さんはテキサスにお住まいでしたか」
スピリット「そうだ。だが、もう死んじゃったよ。葬式に立ち会ったから間違いないよ」
博士「それは、お母さんの肉体の葬式に立ち会ったということで、お母さんの霊、魂、ないしは精神の葬式ではありませんよ」
スピリット「母は天国へ行ったと思うね」
博士「見回してご覧なさい。お母さんの姿が見えませんか」
スピリット「どこに?」
博士「この部屋にですよ」
スピリット「ここは、一体どこなんです?俺があんたの奥さんだと言われても、俺はあんたには一度も会ったことがないからね」
博士「あなたは私の妻ではありません」
スピリット「でも、さっき俺のことをそう言ったじゃないか」
博士「あなたが私の妻だと言ったのではありません。あなたは今、一時的に私の妻の身体を使用していると言ったのです」
スピリット「まいったね、これは。一体、どうやったら奥さんの身体から出られるのかね?」
博士「私の言うことをよく聞きなさい。いたずら小僧達は何と言ってますか」
スピリット「このまま留まりたいと言ってるね。だが俺は、みんな一緒に出るんだと言い聞かせてるんだ、大声でね」
博士「やっぱり一緒に出てほしいでしょう?」
スピリット「まあね」
博士「彼らに心を入れ替えさせて、自分が今どんな状態にあるかを分からせることによって、あなたは彼らを大いに救ってあげることになるのです。彼らは助けが必要なのです。あなたも含めて、みんな本当の事情が分からずに、あの婦人に迷惑をかけていたのです。みんなスピリットの世界へ行って、どんどん向上できるのです」
スピリット「あのご婦人も行くのかな?他にも随分いるよ。まるで集団だよ。でも、俺はそのうちの一人として知ってる奴はいないね」
博士「誰か顔見知りの人が見当たりませんか。少し落ち着いて、じっくり見てご覧なさいよ」
スピリット「(興奮ぎみに)おや、ノラがやってきた!」
博士「どういうご関係ですか」
スピリット「ノラ・ハンチントンー俺の妹だよ」
博士「あなたの名前がジミー・ハンチントンじゃないか、尋ねてみなさい」
スピリット「そうだと言ってる。ずいぶん久しぶりねとも言ってる。(急に戸惑いながら)待てよ、妹は死んだはずだが・・・・」
博士「妹さんに事情を聞いてごらんなさい」
スピリット「一緒においで、なんて言ってるけど、一体どこへ行くんだろう?」
博士「何て言ってますか」
スピリット「霊界だとよー信じられんな、あいつの言ってることは・・・・」
博士「妹さんは嘘をつく人だったんですか」
スピリット「そんなことはないよ」